説得
「あなたの助手さんは、なかなか優秀な人のようですね」
「そうでしょう! これが我が部の実力です」
中大路はない胸を張ってふんすと鼻息を漏らす。
そもそも部活に入った覚えなどない。
「いや、だから俺は助手じゃないって。何度言えばわかるんだ」
そこを勘違いされては困る。
「やっぱり、渡辺さんの言うとおりなんですか。草壁さん」
「はい。わたしはあなたを利用しようとしていました。ごめんなさい」
中大路に向かって頭を下げる草壁。
「それは別にいいですけど……。どうしてこんなことしたんですか」
「伊藤さんをいじめ、死に追いやった三人への復讐、ですよね」
俺の問いに対し、草壁は「はい……」と答える。
やはりそうだった。
「さすがは渡辺さん。動機までも見破られていたんですね」
「あなたの前でだけ暴いたのは、その復讐を応援したいと思ったからなので」
あの三人が伊藤の件でまったく悪びれていないのは明らかだ。きっと草壁は、三人に自分が呪われたと思い込ませることで、少しでも苦しみを味あわせようとしたのだろう。
呪いというのは、要するに思い込みによって起こる精神の不調、それに伴う身体の不調なのだ。自分が呪われたと思わせれば、その時点で呪いの目的は達成される。
「ど、どういうことなんですか?」
「お前は黙っていてくれ。また今度の機会に詳しく解説してやるから」
呪いの詳しいメカニズムの解説は、なかなか長くなりそうだ。わざわざ来客がいるときにやる必要もないだろう。
あそこまでやれば、あの三人の心には、拭いきれない不安感が植えつけられているだろう。
そこに、俺が指示して中大路に言わせた「あなたたちが本当に伊藤さんに悪いことしてないなら大丈夫」という言葉。これが草壁の復讐における、強い手助けになるはずだ。
「あなたのやったことは、それなりに効果があるでしょう。ご安心ください」
三人はわざわざ中大路による除霊を受けにきた、ということはあいつらは怨霊の存在に不安を感じ、中大路を頼ったということ。
そんなあいつらにとって中大路の発言はかなり重いものになっている。病気で弱ったときには医者の発言を簡単に信じてしまうアレだ。
その状態で、中大路に「本当に伊藤さんに悪いことをしていたらヤバい」と言われたら。
「精神に深いダメージを追うのは、疑いようもありません」
だが、あいつらにもまだ救われる道はあった。草壁が仕込んだ伊藤の「呪い」を受けない道は、まだ残っていたのだ。
それは中大路の言葉に対し、やはり自分たちがいじめを行い同級生を自殺にまで追いやっていたことを認めて、心から悔いることだ。
その上で、恥を忍んで、本当に伊藤が恨んでる場合に対応した除霊を依頼することだ。
こうすれば、自らを伊藤の怨霊という思い込みから解放することができたんだ。
しかしあいつらはあくまで、伊藤を自殺に追い込んだのは自分たちではないというスタンスをとった。それがきっと後々あいつらの深手になる。
先程見ていた様子から察するに、そのダメージは相当なものになることに疑いようはない。
「あの三人が、どこまで辛い思いをするか、一緒に楽しみに待ちましょう」
草壁は涙を流し、「うん、うん……」と呟く。
「ありがとうございます。私の思っていた結末とは違いますが、ここに来て、ほんとによかったです」
草壁はずっとありがとうと呟く。
俺は続けて、草壁に対する懸念を吐く。
「草壁さん。次あなたは学校に対して同じことをしようとしているのではないですか」
「なんでもお見通しですね」
草壁は苦く笑った。
「わたしは自殺といじめの因果関係を認めない学校にも腹を立てています。なので学校関係者にも似たようなことをしてやろうと思っていたのですが……」
「さすがにやめておいたほうがいいです。規模が大きくなると、さすがに警察が本腰を入れて動きます」
そうなると、すべてが暴かれるのは時間の問題。せっかくいじめた張本人である三人に対しての復讐も順調に進んでいるというのに、あれも全部無駄になってしまう。
「……どうですか、腹立たしいのはわかりますが、欲張らずあの三人を苦しめる段階で手を打ちませんか。精神を病む可能性も、それなりに期待できると思います」
復讐はなにも生まない、伊藤さんはそんなことを望んでないないなどと、そんな誰も救わない、ただ加害者が得するだけの綺麗ごとを言うつもりはない。
しかし、せっかく一番の悪であるあの三人を、ある程度苦しめることに成功したのだ。これ以上、草壁がリスクを負う必要もないし意味もない。
もちろん、そんなものは伊藤が受けた苦痛に比べれば微々たるものだろうが、それでもこれ以上深追いすると、すべてを失いかねない。
草壁はふうと息を吐く。
「わかりました」
「わかってもらえて嬉しいです」
「正直、私は三人への復讐をしたら、きっと気が晴れると思ってました。けど……、あるのは罪悪感と、喪失感だけでした」
だろうな。俺はそう思った。
草壁は、いくらあの三人組が相手でも、苦しませて病ませて楽しむような人間には見えなかった。これまでは、伊藤のための復讐という想いがあったから、疑問に蓋を出来ていたのだ。
今の草壁は、それを失っている。
「だからって、あの三人にことを教える必要はありません。そうなると、次に殺されるのはあなたです」
「です、よね……。あなたたちに会えて、本当によかったです」
「そうですか!? じゃあぜひこの入部届くぇふが」
俺は慌ててせっかくのムードをぶち壊そうとする阿呆の口を塞ぐ。
「すみませんね。こんなときに。こいつのことはきつく叱っておきますから」
「いえ、いいんです。私、今回のお礼に、この部の良さを周りに広めようと思います」
俺はぽかんと口を開いて草壁をみる。大層間抜けな表情をしていただろう。
その隙を突かれて、ふぐふぐ言っていた中大路が俺の手を振りほどく。「ぶふぁあ!」と大きな声をだし、息を切らせていた。
「草壁さん! ほんとですか!? ありがとうございます! これで我が部も百人所帯になる日は近いですね!」
過度な期待をしすぎだと思う。いったい草壁にどれほどの力があるというのか。
まあ、友のために頭を捻り行動する力は、それなりにあるようだがな。
そこで俺はふと気づく。
「もうひとつ、忘れちゃいけないことがあります」
この事件、解決しきったと言うためには、まだやらなくてはいけないことが、あることに。