さあ、謎解きだ
今日、三年の教室に行ってみると、どこも今日は伊藤の呪いに関する話題で持ちきりだった。不安に思い、苦しんでいる者もいた。
この状況だ。
これこそが、草壁の狙いだったんだ。これが、草壁が回りくどい自作自演をした理由なんだ。この状況を作り出すのに、中大路は一役買っているといえる。
「お前なら、確実に騒ぎ立てて喧伝してくれるからな。お前はいつも校内で騒ぎ立ててる有名人。草壁さんにとって、復讐を手伝わせる相手としてはうってつけだ」
「そんな……有名人だなんて……。えへへ」
照れるな。俺は微塵も誉めてない。
「さっきから言わせておけば。なんなんですか。被害者のはずのわたしの自作自演であるかのようなことを言うなんて。失礼が過ぎませんか」
草壁はイラついた様子で俺に言う。
「あなたの言うことは、すべて『こう考えれば辻褄が合う』という程度のことじゃないですか。ほんとにわたしがそうしたという根拠にはなっていません」
予想していた反論だ。こうなると、昨日集めた証拠が生きそうだ。
これは本当は完璧な証拠ではないのだが、なんとか草壁本人から自白を引き出せれば問題ない。あとは話術と脅し次第だ。
「根拠ならあります」
俺は部室のプリンターに歩み寄り、スマホを繋いで昨日撮った写真を印刷した。
そしてその三枚の写真をテーブルの上に置く。
「ひっ……」
写真を見て怯えた様子を見せる中大路と、焦った様子を見せる草壁。
写真に撮られていたのは、袋に入れられ排水溝にはまっている猫とカラスの死体。いずれも体が切り刻まれている。
「短時間で四人の家を巡った方法については、草壁さんが嘘を言っていると考えれば解決します。あとは血文字を書いた方法。もっと言うなら、血液を入手した方法です。俺はそれだけがどうしても思いつかず、現地に行ってなにかないか探そうと思いました」
俺は一枚目の、排水溝の奥に捨てられた、明らかに鋭利な刃物で全身を刻まれたカラスの死体写真を掲げる。
「そしたらデブ……、じゃなかった、鈴木聖奈の家付近の排水溝で、滅多刺しにされた烏の写真を見つけました。ほか二人の家付近でも同様です」
俺はさらに二枚目三枚目の写真を見せる。
「これは、今回の件が伊藤さんの霊の仕業などではなく、まぎれもなく人間のやったことである証拠です」
ここまで根拠を挙げれば、さすがに中大路も霊の仕業などと世迷い言を吐くことはできないはずだ。
ふと横に目線を向けると、中大路はすっかりこの残酷な写真に怯えていた。こいつ、オカルト大好きな割には案外臆病だな。
「こんなもの持って歩いていたら怪しいなんてもんじゃないですからね。血文字を書いた後、近くの排水溝に捨てたんでしょう」
さらによく見ると、どの写真にも血まみれの筆が映っている。明らかに同じものだ。おそらく、安い筆を必要な本数揃えたのだ。
草壁は大層焦りの色を出していたが、すぐになにかに気づいたように「なるほど。一理あります」居直る。
「麻衣の霊の仕業じゃないっていうことはわかりました。けど、どうしてわたしなんですか。他の三人には不可能だとしても、わたしたち四人以外が犯人だっていう可能性もあるはずじゃないですか」
俺は内心拳を握る。計画通りだ。
ここから先は、証拠もない。推測とはったりで押すしかない。だが、完全に人間の仕業だと認めさせたのは大きい。このまま押していける可能性は高そうだ
「そう考えると不可解な点があるんです。草壁さん。あなたの家の付近の排水溝を調べて回りましたが、どこにもそれらしき動物の死体が見つからなかった」
スマホの電池がなくなるまで探し続けたが、そんなものはどこにもなかった。
「同じ手口でやったのであれば、排水溝に捨てていそうなものなんですが。どうしてでしょうか」
「知りませんよ! そんな犯人のやることなんて!」
草壁は激昂する。
「あなたが答えないなら俺が答えます。あなたはそれを家に持ち帰ったんです。家庭ゴミとして安全に処理するために!」
家の近くに捨てるより、その場で持って帰った方が安全だ。自分の家の前でだけ可能なやり方だ。
「幸い、伊藤さんの霊が来た、と言っていた日以降、あなたの家がある地区の燃えるごみ収集日はまだ来ていません。あなたがやったのでなければ、調べさせてください。あなたの家のゴミを」
「そ、そんな。人の、ましてや女性の家のゴミを漁るなんて……」
「じゃあ中大路が調べます。それなら文句ないでしょう」
「え!?」
突然話を振られた中大路が、あからさまに嫌そうな顔を見せる。俺はこいつが余計なことを言わないように思い切り中大路を睨みつけた。
いいんだ。別に俺は本気でお前にゴミ漁りをやらせるつもりはない。
ここで草壁に自白させられるかが大事なんだ。
「おかしな話です。伊藤さんの霊が直接姿を現したのはあなたの前だけ。三日前の件はあくまで伊藤さんの霊と主張し、一昨日の話は人間の仕業と認めるなんて、おかしいとおもいませんか。もし認めないのなら、建造物損壊であなたを警察に突き出します」
ここで万が一、「麻衣の霊が見えたのは間違いない。クラスの誰かがわたしからその話を聞いていたずらしに来たんだ」と開き直られたら少し面倒だったが、その心配はなかった。
「ばれちゃいましたか……」
全てを諦めたような、はたまたほっとしたような表情で草壁が呟く。自嘲気味な笑みを中大路に向けた。