目覚め
「……さん!」
ぼやける意識の中、俺は自分の体がゆすられていることに気づく。
なんだ。俺は眠っているというのに。最近鈴風の見舞いで疲れてるんだよ。寝かせてく
れ。
「諒さん!起きてください!」
耳元で怒鳴られて、ようやく俺は完全に目を覚ます。そして周囲を見回し、自分の置か
れた状況を思い出す。
そうか。俺は見舞いに来ていて、鈴風のベッドに寄りかかる形で寝てしまったんだった。
「ああ、おはよう」
眠い目をこすりながら、俺はいまだに胸元に抱えていた鈴風の手を開放する。
「まったく。目が覚めたら、諒さん私の手を握ってるんですから。驚きますよ」
「ああ、悪い。……って。え!?」
俺は目の前の光景を、思わず二度見してしまう。
そこでは、普通に鈴風がベッドから身体を起こし、俺のほうを呆れたような目で見てい
た。
「お前。目が覚めたのか?」
「そうみたいですね」
俺は先ほどの夢の内容を思い出す。
そうだ。俺は夢の中で鈴風とその母親に出会って、話をしたんだ。
しかし、あれはやはり普通の夢だったのではないか。それを確かめるために、俺は鈴風
に確認してみることにした。
「鈴風。今日の日付わかるか?」
「え? 10月の16日ですよね。さっき諒さんが教えてくれたじゃないですか」
平然とした顔で、俺から教わったと言い出す鈴風。
まさか、俺と鈴風は本当に同じ夢を見ていたというのだろうか。
それから、俺は鈴風と、夢の内容を確認する。相手の言葉を聞いて記憶に影響が出ると
いけないので、同じ問に対する答えを相手に見せずに紙に書き、答え合わせをするという
形をとった。
その結果、俺と鈴風は全く同じ夢を見ていたことが判明する。
「じゃあ、私たちは、本当にお母さんに会った、んですね」
そういうことに、なるのか?
信じられないが、この紙に書かれた俺と鈴風で一致している回答が、あれが普通の夢ではないということを示していた。
「ということは、私は。ついに目的を果たせたんですね。お母さんと、もう一度会うという目的を」
「ああ……。そうかもしれないな」
鈴風は、俺を近くに呼び寄せ、以前と同じように俺の胸に耳を当てる。
「どうだ?」
「聞こえません。お母さんの音が。これはもう諒さんの鼓動であって、お母さんの鼓動では
ないようです」
夢の中で、鈴風の母親が「こんな奇跡はこれっきり。私はもういかなきゃ」 などと言って
いたのを思い出す。
そうか。もう鈴風は俺の鼓動から母親の音を感じることができなくなってしまったんだ。
鈴風の好きなオカルト的に考えるとするなら、この心臓を依り代にして現世に残っていた鈴風の母親の意思が、鈴風の目を覚まさせるために力を使い果たし消えてしまった、という感じだろうか。
正直なところ、同じ夢を見ていたのが本当だからと言って、鈴風の母親に会えたことまで本当だとは限らない。魂と呼ばれるものがあったとして、ここにあるのはあの人の心臓だけ。心臓が魂を持つことができるのか。魂がなかったのだとしたら、いくら臓器記憶の理屈で心臓にその人の記憶があったとしても、それとの対話でその人自身と会話したと言えるのか。
しかし、どうでもいい。
そんなことはどうでもいいのだ。俺たちは夢の中で同じ会話をして、少なくとも鈴風は母親に会えたと思っている。
こんなに、晴れやかで涼しげな顔をしている。
なら、十分じゃないか。
それで鈴風が満足できるなら。
それで、鈴風が笑顔になれるなら。
俺は、ただただこの奇跡に感謝しよう。
病室の隅、窓際に置かれたカンパネラが、ひっそりと一輪の花を咲かせていた。