運命を呪う
俺と優奈と持田は、大急ぎで鈴風が搬送されたという大学病院へと向かった。
登下校中の怪我だったからということで、養護教諭が俺たちを病院まで送り届けてくれた。
交通事故、だったらしい。
道路を渡ろうとしたところを、トラックに撥ねられ、挽かれた。
どちらの不注意とも言えない、不幸な事故だったようだ。
そして今は意識不明の重体。
なんなんだ。
どうしていきなり、こんなことが起こるんだ。
これからなのに。
これから、本格的に一緒に頑張っていこうって、そう考えていたのに。
これから恋人同士として、うまくやっていこうと思っていたのに。
どうして。なぜ。
俺たちは地元の有名な大学病院にたどり着き、慌てて車から降りる。病院のロビーから案内され、手術室の前のソファで待機させられる。
そこには、すでに鈴風の父親らしき男性と、鈴風の妹が重い表情で座っていた。
「渡辺、諒さんですね」
男性が俺に向かって声をかけてくる。俺は「はい…… 」と返した。
すると鈴風父は、俺に向かって頭を下げる。
「ありがとうございます。鈴風は母親が死んでから、ずっと元気がなくて…… 、けど、最近になって、あなたのことを話すときだけ、昔のような明るさを取り戻していたんです。うちの娘の相手をしてくれて。本当に、感謝しています」
鈴風父は少しばかり嗚咽混じりの声で、俺に言う。
「いえ、そんな…… 。それより、鈴風の様態はどうなんですか」
「あまり、思わしくないようです。意識不明の重体。二年前の事故よりも、ずっとひどい状況になっているらしくて」
一体なぜだ。
なぜ鈴風は、こんなにも大きな事故にあってしまうんだ。
これも、縁だとか、運気ってやつの仕業なんだろうか。
昔の俺ならただの偶然だろうと一笑に付していたが、今の俺はふとそんな風に思ってしまう。
「ねえ。お姉ちゃん、死んじゃうの?お母さんみたいに、また」
今にも取り乱しそうな鈴風の妹。鈴風父は、「そんなことない。きっと、お医者さんも鈴風も頑張ってくれる」と言いながら、娘をなだめる。
この家族は、二年前交通事故で母親を失っている。
それでまた、娘が交通事故で重体となれば、最悪のケースを想定してしまうのは当然といえるだろう。
「お姉ちゃん。お願いだよ!目を覚まして!」
鈴風の妹が、涙を流しながら手術室の扉をバンバンと叩く。すぐに周囲の職員に止められ、扉から引きはがされた。
「やめるんだ。鈴花。そんなことをしたら、鈴風が助かるものも助からなくなる」
中大路父が必死で鈴花を宥める。鈴花は「だって、だって…… 」と泣きじゃくりながら声を漏らした。
そこで俺は、ふと昨夜の出来事を思い出す。
俺の胸に顔をうずめた鈴風。
……もしかしたら、これは使えるかもしれない。
俺は黙って鈴花の手をつかみ、自分の胸に当てた。
「鈴花。この鼓動。聞こえるか?」
「え……?」
鈴花はわけがわからない、といった様子であっけにとられていたが、しばらくして少し
ずつ表情が落ち着いてきた。
「鈴花。落ち着いてくれたのか。えらいぞ」
父親にそういわれた鈴花は、ソファに座りながら俺のほうを見上げる。
「なんか……、お母さんの音、思い出した」
どうやら、効果はあったらしい。中大路家の娘姉妹二人にだけ通用する、とっさの鎮静剤のようなものだ。
単純に、単調なリズムに集中するだけでも、人間はリラックスする効果がある。とはいえこの鈴花の反応はそんなもので説明がつかない早さだ。まず間違いなく、鈴風の母親の鼓動だからこそできたことだろう。
その後手術は夜遅くになっても終わらず。優奈と持田は先に帰ることになった。
「じゃあ、私は神社のほうで鈴風ちゃんが助かるように、お祈りしてくる。私の権限でやれる儀式にどの程度意味があるのかはわからないけど、ないよりはましだと思うから。持田くん。手伝って」
「おう。わかった。いこう」
そういって、養護教諭と持田と優奈は、病院を去って行った。
俺はまだ帰るわけにもいかず、ただただ手術室の前で祈って待ち続ける。
どのくらい、そうしていただろうか。
時間の感覚もすっかり喪失するくらい待ち続けたとき、手術室のランプが消えた。
「どうなんですか。娘は、鈴風は!」
扉から出てきた医者に、鈴風の父親がすぐに問い詰める。
医者は表情を変えず、淡々と説明する。
「とりあえず、危険な状態は脱しました。おそらく、命は助かるでしょう」
それを聞いてほっと息をなでおろす俺たち。医者は「しかし…… 」と付け加える。
「今のままでは、意識が戻る保証は、ありません」
目の前が真っ暗になり、足場が急に不安定になったような気がした。
「どういうことですか。植物状態、ということですか」
鈴風の父親が、焦った様子で尋ねる。
「いえ。まだそこまでひどい状態ではありません。しかし脳もそれなりにダメージを受けているようでして。今のところは、まだなんとも言えません。普通に数時間後にひょっこり目を覚ますかもしれないし、一生このまま目が覚めないかもしれない。我々としても、わからない、としか答えようがないのです」
手術室から、全身のあちこちに包帯を巻かれた鈴風が、ストレッチャーに乗せられて出てきた。
まるで眠っているような、安らかな表情。もしかしたら、このまま目覚めないかもしれないなんて、到底思えなかった。
「これからは、集中治療室に移動します。ご家族の方は、どうぞこちらへ」
鈴風父と鈴花は、医者に促され歩き出す。俺は黙っていられず、鈴風の父親に声をかける。
「俺も……、ついていかせてもらえませんか。鈴風を、見守っていたいんです」
中大路父は「ぜひ来てください」と言ってくれて、俺は二人と一緒に集中治療室へと向かった。
このとき俺は、まだことを楽観的にとらえていた。
どうせ鈴風のことだ。きっと明日には目覚めて、また元気で少しばかりやかましい姿を、俺に見せてくれるに違いない。
そう、思っていた。
このときの俺の考えは、あまりにも甘かったと、まもなく思い知らされることになる。