表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/65

脳以外も物を考える、そういう仮説もある

 次の日は普通に学校へと向かった。

 そして俺は、何やら教室がざわついていることに気付く。

 どうしたんだ、一体。まだこの時間は教室が騒がしくなるはずがないのだが。


「それで、私は諒さんに抱き着いたんです!そしてそっと胸に顔をうずめて。すると諒さんは私のことを抱きしめてくれました!」

「おおー!まじか!」「あいつも隅に置けないなあ」


 教室では、なぜか俺のクラスメイト数人に鈴風が囲まれており、真ん中で鈴風は自慢げになにかを語っていた。


「お前はなにをやってるんだ!?」

「あ、諒さん。おはようございまーす!」


 鈴風は俺の姿を見て、嬉しそうに手を振る。


「よう諒。お前もやるじゃんか。転校してきてたった2 週間。もう彼女を作るなんてなあ」


 持田が馴れ馴れしく肩を組んでくる。

 あれ。別に付き合うと言った覚えはないんだが。いや、俺も付き合うつもりではいた、しかしまだお互いに好きだと言っただけで、別に交際を正式に宣言したわけではないと思うのだが。


「まあまあ。昨夜は私の家で抱き合った仲じゃないですか。これで付き合ってると言わなかったらなんというのでしょう」

「お前かなりひどいまとめ方したよな今!?」


 しかしそんな俺の叫びは、鈴風はおろか持田たちにすら届かない。


「中大路、続き聞かせてくれよ」

「はい。わかりました」


 クラスの男子に促され、鈴風は俺の言葉を無視して語りだす。


「私は諒さんにしばらく抱き着いていました。そしたらおつかいを頼んでいた妹が帰ってきまして。そしてコンドームを置いて行ってくれました。そこからは……、ご想像にお任せします」

「お前なんでそこで話切った!もうちょっと先まで話せ!」

  

 そこからお前の妹の誤解を解くパートがあるんだろうが!


「え。だって諒さんがもう話してほしくなさそうでしたから」

「だからってそこで終わられると余計傷深くなるんだよ!」

「すげえな。お前付き合ったその日にヤるなんて」


 にやにやした顔で言ってくる持田。


「だから違うって言ってんだろ!」


 皆の誤解を解くためには、なかなかの時間と労力を要した。

 そのころ部屋の隅では、優奈がほっと安堵の表情を見せていた。

 放課後、俺はいつものように部室に向う。


「さて、また以前と同じように、部活を始めようではありませんか!」


 こうやって部室に集うのは2日ぶりなのだが、なんだか随分と久しく感じてしまうな。

 昨日の部室でのことは、特に問題にならなかった。鈴風も優奈も蒸し返す気はないらしく、お互い普通に接しているようだ。


「嵯峨根さんに説明しておきますが、これからはみんなで私のお母さんの霊と出会う方法を、探していくことになりました。ですがまずは、今日はこの数日間放置していたせいで溜まった投書を解決していこうと思います」


 鈴風は投書BOXをひっくり返す。十通以上の手紙がばさばさと出てきた。

 案外多いな。どうやらこの部活の評判はけっこう広まっているらしい。


「では行きますよ!まずスカイフィッシュと呼ばれる空飛ぶ魚なんですが……」


 鈴風が投書を読んでいき、俺が否定するという、いつも通りの流れが続く。

 まさか酢を飲むと体が柔らかくなる、焦げたものを食うと癌になるという迷信が未だにみんな信じられているとは思わなかった。あとマイナスイオンって科学的な根拠全くないからな。

 なんでそんなことも知らないんだよ。鈴風。そんなに落ち込むな。最近マイナスイオンを発生させる金出して買っちゃったのか? あと水素水はなんの意味もないぞ? ゲーム脳も医学的なエビデンスはないからな?


 その後もすったもんだあった末に投書を捌き終え、鈴風は「ふう。やっと終わりましたね」と息をつく。


「とりあえず投書はさばき終えました。諒さんはいつも通り蘊蓄を無駄に垂れ流してくださって結構ですよ」


 なんという無礼な言い方だ。


 まあいい。せっかくわざわざ調べて手に入れたネタがあるんだ。これを話すことにしよう。

 俺は昨日家に帰って調べたことについてを二人に話すことに決めた。


「お前ら『臓器記憶』っていう仮説は知ってるか?」

「知りませんね。臓器が起こった物事を記憶するというんですか?」

「ああ、まあ大雑把に言うとそんな感じだな。記憶転移という呼び方もあるんだが」


 簡単に言うと、「臓器が移植されたとき、ドナーの記憶が移植先の人間に移ることがある」という仮説のことだ。


 有名な事例として、クレア・シルヴィアというアメリカの女性の事例がある。彼女は先天的に、俺のものより悪い病気を持っており、心肺両方の移植手術を受けることになった。

 ドナーとなったのは、バイク事故で死亡した少年。

 無事移植手術は成功し、彼女は無事普通の暮らしを手に入れることができた。

 しかし、その時から彼女の嗜好や仕草が大きく変化したらしい。

 突然これまで嫌いだったピーマンやチキンナゲットが大好きになり、さらに仕草や性格が突然男っぽく変異したようだ。

 これらはすべて、ドナーの少年の特徴だったらしい。

 ドナーの少年はかなりバイクが好きで、死因もバイクの運転中の事故死だ。バイクなんざ全く興味のなかったクレアは、術後バイクに興味を持つようになったのだという。

 さらには彼女の夢には、その少年が出てきて、彼女に自分の名前を言った。これによって彼女は、知らないはずのドナーの名前を知っていたんだそうだ。


 まさに、これは俺の件に近い。嗜好や性格の変化はないが、ドナーのその人が夢に出てきたという事例は一致している。


 クレアほどわかりやすい事例は世界でも稀だそうだが、軽いものだと、移植事例の中ではさほど珍しい話ではないらしい。


 そう。例えば、夢の中にその人が出てくるような。

 その人の顔を、夢の中で見てしまうような。

 その程度の事例なら、普通に起こりうる。特に心臓のような中核とも言える臓器を移植してしまえば。


 この問題は、とどのつまり『人間の意識とはなにか』という問いに帰着される。

 人間の意識は、根本的にはどこにあるのか。脳か、心臓なのか、全身の細胞なのか。

 それとも、魂などというものがどこかに存在しているのか。

 それはまだわからない。それはまだ人智の及ぶ範囲ではない。

 しかし、可能性として、そんなものが存在しているのであれば。


「ここを足掛かりに、鈴風の目的は達成できるかも、しれない」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ