告白
風鈴草。風鈴を逆から書いて訓読みする。
鈴風。
「その名前は、母親が?」
「そうです。お母さんがつけてくれました。花言葉は、いい意味だと『感謝』、悪い意味だと『後悔』なんかがあります」
そして鈴風は、悲しそうな笑顔を俺に向ける。
「感謝、しないといけませんね。諒さんのおかげで、私はオカルトなんか存在しないんだって、お母さんには、どんなに後悔したって、もう、会えないんだって、そう気付くことができましたから」
これは、俺の望んでいたはずの結末。
なのになぜか、まったく喜びを感じることができなかった。
目の前の鈴風の、今にも泣きだしそうな顔。
こんな表情をさせておいて、喜ぶことなんて、できるはずがない。
「やっぱり、部活を畳む決意は変わらないのか?」
「はい。こんなことをやっていても無駄だって、そう結論が出たわけですから。当然部は廃部です」
どうすればいい。
俺は、鈴風になんと言えばいい。
どうすれば、一番いい形で事を解決できるんだ。
こんなの、俺の望んでいた結末じゃない。
こんな風に鈴風を絶望させて、それで終わっていいはずがないんだ。
そして、俺の頭の中に浮かぶ、一つの道。
うまくいけば、鈴風の涙を拭うことができるかもしれない方法。
これは、俺の信念に大きく背くやり方だ。俺のプライドは、過去の言葉との整合性は、なにもかも木端微塵に砕け散る。
それでも、
鈴風が笑顔になってくれるのなら、俺はそれでもかまわない!
そう、思った。
そう、思えた。
だから、
「鈴風!」
俺は鈴風の手を引いて、ぐいと引っ張る。
「ど、どうしたんですか」
「俺と一緒に、オカルトを探求しよう。今度はお前が持ってきて俺が否定するという形じゃない。積極的に、超常現象を探し求めるんだ。それで、今度こそお前が母親に会うための方法を、見つけ出そう!」
これが、俺の考えた方法だった。
もう一度、きちんと超常現象を二人で追い求めるんだ。
俺も斜に構えず、積極的に見つけていきたい。その方法を。
荒唐無稽に見えるかもしれないが、きっとこれが一番いい道なんだ。
「い、いったいどうしちゃったんですか。諒さんがオカルトを肯定するようなことを言うなんて。自分からオカルトを探そうと言いだすなんて」
鈴風は狼狽した様子で言う。そりゃあそうだ。これまでの俺と、言っていることが全然違うんだもんな。
けど、そんなくだらない俺の信念なんかで、鈴風を泣かせたくない。鈴風が笑ってくれるなら、俺はこんな考え曲げてやる。
超常現象を自ら望むことだって、厭わない。
俺は鈴風が母親と会える、そんな奇跡を願ってやる!
「け、けど、勝算はあるんですか? 諒さんは、オカルトを否定する知識に関してはかなりのものを持っています。そんな諒さんが納得するような話なんて…… 」
「あるんだ。実は、一つだけ」
俺はポケットから、一枚の紙を取り出す。
「この絵に描かれている人。この人に、見覚えはあるだろ」
「え……? なんで、諒さんがお母さんの似顔絵を持ってるんですか」
「これは、数日前、夢に出てきて『鈴風をよろしく』と言ってきた女性の姿を描いたものだ。印象深い夢だったが、夢の記憶はあまりに変質しやすいから、一応描いておいた。そしてネットでお前が遭った事故のニュースを見て、夢に出てきたのはお前の母親だって知ったんだ」
「そんな、馬鹿な…… 」
「確実になにかがあるんだよ。今も、お前の母親と、お前の間には。だからあの人は、俺に夢でお前を頼むって言ってきたんだ。赤の他人の俺ですら、会話ができたんだ。なら、親子のお前が、もう一度会うくらい、あり得ない話ではないと思わないか?」
もちろん、それはとてつもなく難しい話だろう。しかし、その奇跡を欲することは、決して意味のないことではないはずだ。
「鈴風。もう一回。もう一回だけ、お前の母親に会う方法を探そう。俺はオカルトを否定することしかできないが、これまで通り偽物に気付くくらいには役に立つはずだ」
鈴風は黙って俺の言葉を聞いていたが、やがてわなわなと口を開く。
「ほんとに、いいんですか?私なんかのために。そんなことしてもらって」
俺は黙ってうなずく。鈴風は安堵したように、ふうと息を吐いた。
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
そういいながら、頭を下げた。
鈴風は少しばかりこぼれた涙を拭い。
「じゃあ、また部活を再開しましょう。これまで通り、いっしょに」
「ああ。そうだな」
ようやく、鈴風の部活を畳むなどという言葉を撤回させることができた。
しかし、これはゴールじゃない。スタートだ。
ここから俺たちは、鈴風の母親に出会える、そんな都合のいい超常現象を見つけ出さなければならないのだ。
間違いなく、それはこの鈴風の説得よりもはるかに難しいだろう。
「あ、そうそう。ついでに諒さんに言っておくことがあります」
「ん?なんだ?」
そして鈴風は、とんでもない言葉を口にする。
「私、諒さんのことが好きです。恋愛的な意味で、大好きです」