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鈴風との再会

 俺は電車とバスを乗り継いで、二年前中大路家が交通事故に遭った場所へと向かった。

 そこに行ったから何かがわかるというわけでもないのだろうが、俺はすべての始まりとなった事故、それが起こった場所を、見ておきたいと思ったんだ。

 最近どうも俺らしくない行動が続いているな。鈴風と一緒にいたことで、なにか影響を受けたんだろうか。


 バスをいくつか乗り継いだのち、しばらく歩く。そして陽がだいぶ傾いたころ、俺は中大路一家が事故に遭った交差点へとたどり着いた。


 なんの変哲もない普通の十字路。たくさんの車が、当然のように速いスピードで行き交っている。車の通りは多いが、人通りは少ないらしい。新聞に掲載されていた写真では、かなりひどくひしゃげていたガードレールも、さすがに今となってはちゃんと補修されており、二年経った今ではこの場に事故の面影などどこにもない。


 あの事故のことだって、きっと世間はとっくに忘れ去っているだろう。きちんと覚えているのは、鈴風をはじめとした、身近な人たちだけだ。

 俺は新聞に載っていた写真と目の前の景色を照らし合わせ、どうやらちょうど今俺がいる場所から見て交差点における対象の位置、対角線の向こう側が事故現場らしいと気づく。


 どうやら信号がスクランブル方式にはなっていない交差点らしいので、対角の場所に移動するには二回横断歩道を渡る必要がある。


 一度道路を横断した後、ふと行先を見ると、そこには一人の少女が花束らしきものを持ち、道路側をじっと見つめて立っていた。


 そして俺は、すぐにその少女の正体が鈴風であることに気付く。


 今鈴風がいるのは、ちょうど中大路一家が事故に遭った場所。母親が死

んだ場所にお供え物をしに来ているのだろうか。


 二年以上経っても、まだ。


 早く声をかけなければ。部室での誤解も、まだ解けていないのだ。


 もどかしさを感じつつ信号が青になるのを待ち、やや見切り発車ぎみに俺は走り出す。


「鈴風!」


 半分渡ったあたりから、俺は大声で叫ぶ。鈴風は俺の声にびくんと驚いた様子で、こちらに視線を向けた。


「諒さん……っ!」


 俺の姿を見つけ、鈴風は慌てて逃げ出そうとしていた。


「待ってくれ!鈴風!」


 ここで鈴風を逃がしたくない。なんとしてもここで誤解を解きたい。その一心で俺は必死で走る。

 そして横断歩道を渡り終え、俺の足が歩道に乗り上げた、その瞬間だった。

 ドクン、と。鼓動が高鳴る。

 突然胸を襲う激しい痛み。俺は激痛に耐えきることができず、歩道にうずくまり、そのまま倒れこんでしまう。

 胸が苦しい。俺は呼吸すらままならなくなり、うめき声をあげて空を見上げる。


「諒さん!?どうしたんですか!?」


 俺の様子がおかしいことに気付いたのか、鈴風が俺のもとへと駆け寄ってきた。


「諒さん!しっかりしてください!ねえ!」


 鈴風の声すらあまり耳に入らないほどの痛みに、俺は返事することもできず、ただうめき声を出すことしかできない。


 どのくらい痛みに耐えていただろうか。体感では1時間を超えているが、おそらく一分も経っていないだろう。

 しばらくすると徐々に痛みが治まってきた。泣きながら俺を揺する鈴風に、そんなに揺らされたら余計に苦しくなるんだが、と文句を言いたくなるほどの余裕も出てきた。

 俺は呼吸を整えながら、鈴風の手を借りてゆっくりと起き上がる。


「大丈夫なんですか? 救急車呼んだほうがいいですか?」

「いや、いい。親に話して、あとでちゃんと病院に行く」


 この会話をする頃には大分胸の痛みは消え、自力で立ち上がれる程度には回復していた。


 もちろんあとで病院で詳しく検査する必要はありそうだが、しかし今はそれよりもっと

 大事なことがあるんだ。

 鈴風に、言わなきゃいけないことがあるんだ。


「鈴風。よく聞いてくれ」


 俺は鈴風の肩をつかむ。


「今日お前が見たものは、誤解なんだ。俺と優奈は、そんな関係じゃない」


 俺は鈴風に、今日部室で起こった出来事の真実を説明する。

 最初は訝しげな表情をしていたが、そのうち信じてくれたらしく、「そうなんですね……」とつぶやいて、俺に頭を下げる。


「すみませんでした。つい、早とちりしてしまいました。申し訳ありません」

 

 俺に謝ってくる鈴風。こちらとしても、誤解が解けて本当によかった。


「ところで、お前は何しに来たんだ?やっぱり、母親へのお供え物か?」

「はい。その通りです。普通はこういうときは菊を持ってくるんですが、私はいつもお母さんの好きな花を持ってくることにしています」


 そして鈴風は、持参してきた花束を俺に見せる。

 紫色のきれいな花だ。花びらが筒状になって先端が少しだけ開いている。


「これは花束を作るのには向いておらず、普通は花束という形では販売していないのですが。ここの近くにあるお花屋さんが、私だけのために特別に作ってくれてるんです」


 そして鈴風は、この花の名前を言った。


「カンパネラ。日本だとそう呼ばれることが多い花です。和名は風鈴草。カンパネラとは、イタリア語で小さな鐘のこと。風鈴も小さな鐘といえることから、風鈴に似ているこの花も、カンパネラと呼ばれています。お母さんの好きだった花。そして、私の名前の由来となった花です」


 鈴風は、花束を道路に向けて置きながら、そう言った。



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