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嵯峨根優奈の告白

 しばらくして、嵯峨根が部室に入ってきた。


「あれ。中大路さんは?」


 俺は嵯峨根に昨日の顛末を説明する、嵯峨根は「そんな…… 」と呟いて、


「中大路さん、そんな事情があったんだ……。それで、この部活を……」

「らしいな。あいつは死んだ母親に会いたくて、こんなことをやっていたらしい」

「……………………」


 嵯峨根は何やら考え事をしている様子だった。

 そして何かを決意したように、俺の目をしっかりと見て。


「ね、ねえ。渡辺くん。ちょっと話があるんだけど、いいかな」

「なんだ?部活の話か?」

「ううん。部活のこととはあんまり関係ない、かな」


 なぜか嵯峨根は呼吸が荒くなっていた。緊張しているのだろうか。

 そして、嵯峨根は大きく息を吸い込んで。



「私ね。諒くんのことが好き」



 その瞬間、部室の時間が静止した。


「え……?」


 目を見開いた俺は、じっと無言で嵯峨根と目を合わせ続ける。

 嵯峨根は、真一文字に口を閉じ、まっすぐ真摯な目で俺を見つめ続けた。

 どのくらいそうしていただろう。


「本当、なのか?」


 俺の口から漏れたのは、そんな言葉だった。

 嵯峨根は、それを聞いて黙ってうなずく。


「本当だよ。だって、私はあなたと一緒にいるために、この部活に入ったんだから」


 ちょっと待ってくれ。頭がついていかない。


「おかしいと思わなかったの?本職の私が、オカルトを一見面白半分で探してるだけの、ただの部活に入ろうとするなんて」

「ただの部活っていうんじゃない!」


 あいつは、本気なんだ。

 遊びじゃなかったんだ。

 本気で、母親に会いたくて、けど今の科学でそれは不可能だってわかりきってるから、だから超常現象を追い求めるしかなかったんだ。


 嵯峨根はうろたえた様子で「ごめん…… 」と呟く。


「俺のほうこそ悪かった。怒鳴ったりして」


 そういいながら、俺は嵯峨根に向かって頭を下げた。


「それで……、諒くんは、中大路さんとは、付き合ってないの」

「ああ、あいつとはそういう間柄じゃない」

「じゃあ、なんで名前で呼び合ってるの?」

「それは……」


 俺は嵯峨根の言葉に返答することができず、口ごもる。

 言ってしまえば「鈴風にそうしろと言われたから」だ。しかし、それを言うと間違いなく、なぜそれに素直に従ったのかを問われる。それに対する論理的な回答を、俺は用意してはいなかった。


「ごめん。昨日、用事があるって言ったのは嘘なの。本当は、二人がいつの間にか家に行くような仲になっていたことがショックで 。ついそこにいられなくなったの」


 そして嵯峨根は俺の手をつかみ、自分の顔の前へと持ち上げる。


「お願い。諒くん。私のことも、優奈って呼んでくれないかな」


 そして懇願するようにそういった。

 別に名前で呼ぶくらい大したことじゃない。以前名前呼びを強制されて以来、これまでなにかとこいつのことを三人称で呼ぶのは避けていたが、それで嵯峨根の気が少しでも晴れるのであれば、それ自体は何の問題もない。


 だが、なぜか。

 俺の心には、引っかかるものがあった。

 その正体はよくわからない。ただなんとなく、そうすることに抵抗を感じていた。だが、ここで断ったらさらに厄介なことになりそうなので、俺は意を決して口を開く。


「ゆ、優奈…………。これで、いいか?」


 少しばかりの罪悪感を感じながら、俺は言った。


「ありがとう」


 優奈は少しだけ笑顔を見せる。

 そしてそのまま俺に抱き着き押し倒す形で、ソファに向かって倒れこんだ。

 背後に感じるソファの湿った匂い。優奈は俺に跨る形で俺の顔を見下ろしていた。

 俺は何が起きたかわからず、ただただ狼狽してしまう。


「ねえ。本当は神社の娘がこんなことしちゃいけないんだけど、私もう我慢できないの。諒くんにないがしろにされ続けるのに、耐えられないの。これで諒くんが振り向いてくれるなら」

「優奈!?お前何を言って……!」


 優奈は俺の腕を掴み、自分の胸にあてがう。初めて感じる柔らかい感触が、手のひら一杯に広がった。

 そして優奈は、俺のベルトに手を伸ばし、ガチャガチャといじって取り外そうとする。


「お、おい! 優奈! お前なにしてー」


 その時だった。

 部室の扉が開かれる。

 鈴風が暗い顔で部室に足を踏み入れてきた。

 そして俺たちの姿を見て、数秒の間があったのち呆れたようにため息を吐く。


「何をしてるんですか」

「あ、いや。これは……」


 俺はすぐに答えることができず、口ごもる。


「私が今日休んでいたのをいいことに、いったい何をしてるのかって聞いてるんです!」


 怒り狂った様子で、怒鳴り声をあげる鈴風。その目には、また涙が溢れていた。


「違うんだ。鈴風。これは」

「何が違うっていうんですか!よくもまあここでそんなふしだらな行為に及べましたね! あなたたちは二人とも最低です!」


 鈴風は俺の言い訳を聞くこともなく、泣きながらどこかへと走って行ってしまった。



 追いかけないと。



 俺は躊躇なく跨る優奈を押しのけて、鈴風の後を追おうとした。


「待って!」


 優奈が俺の手を掴んで引っ張る

 そして目に涙を浮かべながら。


「いかないで。ここにいて。お願い…… 」


 俺は数秒の逡巡の後、優奈の手を振りほどく。


「そんな……」


 後ろから聞こえる、優奈の絶望に満ちた声。

 俺はそれに構うことなく、鈴風の後を追うべく部室を飛び出した。


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