鈴風の敗北宣言
鈴風は「実は」と語りだす。
その理由を。
「お母さんは多臓器不全や心臓の問題で死んだのではなく、脳挫傷による脳死だったんです。そこをなぜか勘違いしたマスコミは、心停止と報道していました。訂正なんてしてる余裕もなかったので、特に抗議しませんでした。それがそのまま放置されていたんです」
なるほど。そういうことか。
確かに、家族からすれば、報道されている死因が脳死か心停止かなんて、家族が死んだことに比べれば、まったくもってどうでもいいことである。
それでさっき鈴風は、このイタコの老婆に心臓が痛むのか確認していたのか。
「お母さんは頭や首はひどいことになっていましたが、心臓は無事でした。にも関わらず、あなたは心臓が痛いって言った。これは紛れもなく、あなたが霊を呼び出してなどおらず、霊媒師としての力は嘘だという証拠です!」
鈴風は老婆たちに怒鳴りつける。
俺の頭に浮かんだ、更なる疑問
それだけの大事故に遭えば、死因とは直接関係なくても、心臓がダメになっていたところで何ら不思議はないじゃないか。
なぜ鈴風は、知っていたんだ?
なぜ鈴風は、母親の心臓が無事だったことを知っていたんだ?
俺はその疑問の答えを突き止めることができなかった。「こんなの時間の無駄です。諒さん。帰りましょう」と俺に告げた。
この疑問の答えなど聞ける空気ではなかった。一応、帰る前に、念のため自衛策を講じておくことにした。
「先に言っておきますが、変な気を起こさないでください。俺は携帯をずっと通話状態にしています。何かあったら、すぐ外にいる仲間から警察に連絡がいきます」
「しかし、今帰られては困ります。どうか…… 」
「安心してください。私はあなたたちのことなんてどうでもいいです。ネットや口コミで悪い噂を流したりなんかしません。今日の不快な出来事は、すぐに忘れることにします」
そう言って鈴風はさっさと階段を下りて行ってしまった。俺も慌ててそのあとをついていく。
鈴風はまるでこれまでの俺のように、オカルトのトリックを見破った。
あの鈴風が、だ。
これは、どういうかぜの吹き回しなんだ。
……考えても仕方ない。早く鈴風のもとへ向かおう。
俺が門をくぐり表通りに出ると、そこでは鈴風が泣いていた。
電柱の前でうずくまり、目を真っ赤にして、むせび泣いていた。
これまで俺に見せたことのない、悲愴に満ちた顔だった。
なんてことだ。
いつも煩わしいほどに明るい鈴風が、怒り、そして泣いた。
その事実が俺に重くのしかかる。
「諒さん……っ。せっかく着いてきてくれたのに、ごめんなさい。うっ」
俺は黙って鈴風の背中に手を当てる。
そのまま俺たちは、無言でバス停まで歩く。バスの中で、鈴風は口を開いた。
「許せなかったんです。どうしても」
帰宅ラッシュの時間も過ぎ、疎らな車内。鈴風はそう切り出した。
普段からは想像もつかないような弱弱しい声だった。
「相手の死んでしまった大切な人を利用して、インチキでお金を稼ぐ人のことが、どうしても」
ああ。
そうか。
こいつが、以前持田祖母の前で、インチキ占い師への怒りを爆発させたのも、そういう理由だったんだ。
持田の祖母も、夫が亡くなったのを期に、霊感商法に引き込まれた。
その姿に、鈴風は自らの怒りを重ねていたのかもしれない。
「……諒さんには感謝しています。諒さんがいろいろ教えてくれたお蔭で、今回はついにインチキのトリックを自分で見破ることができました」
その後、バスを降りて電車に乗る。鈴風は車内で「大事な話があるんです」と、いつになく真剣な目つきで俺の目を見た。
「どうした?大事な話だと?」
「超常現象研究会の今後についてです」
「今後の話?なんだ?」
鈴風は一度大きく深呼吸をし、そして言う。
「あの日に言っていた諒さんの主張を認めます。この世に超常現象なんて存在しない。それらはすべてインチキか勘違いであり、私のお母さんに会いたいという意思でオカルトを追い求める行動に意味などないと」
「え……?」
俺は鈴風の言っている言葉の意味が分からず、「ど、どういうことなんだ?」と思わず聞き返す。
「そのままの意味です。私は負けを認めます。よって私たちの勝負は、諒さんの勝ちです」
そして、鈴風はさらにとんでもない言葉を口にした。
「超常現象研究会は、今この瞬間を持って廃部、解散とします」
そう一方的に言い残し、鈴風は途中の駅で電車を降りてしまった。
「おい、待てよ。鈴風!どういうことなんだよ! 」
「手続きはすべて私がやっておくので、諒さんは面倒な手続きは要りません」
そういう問題じゃねえよ。
「鈴風!」
しかし、そんな俺の声は鈴風の耳には届かない。俺と鈴風の間を断ち切るかのように、電車の扉が閉まって、電車はゆっくりと動き出す。
その時、駅のホームに立つ鈴風の口が少しだけ動いた。
読唇術なんか知らない俺でも分かるほど、はっきりとした動きだった。
『ごめんなさい』
鈴風は、そう言っていたんだ。




