一人捜査
そりゃあそうだろう。まさか俺が「悪霊に憑かれている」と言い出すなんて、思いもしなかったに違いない。
だが、これでいい。良い形で解決するには、こう言う他ないんだ。
「あなた方は、なにか伊藤さんに恨まれることした覚えはありますか?」
「は? なんもしてねーし。ねえ?」
デブが他の二人に向けて言う。二人は不満げな顔でうなずいた。
「そうそう。あの程度で被害者面すんなって。死なれただけでも迷惑なのに、死んだあとにもいろいろしてくるなんて、ほんとウザい」
「そんなんだから軽くいじめられるんだよな」
俺は三人の回答に吐き気を感じる。今すぐぶん殴ってやりたい気分だ。だが今それをしたところで何の得にもならない。俺は怒りの感情を表に出さないようぐっとこらえる。
「じゃあ、そこまで恨まれる筋合いはないと」
うなずく三人。
「伊藤さんの逆恨みだと言うのなら、除霊まではできなくても、呪いの対象から外させることは簡単だと思います。なあ、中大路」
「え? あ、はい。そのくらいなら」
中大路はうろたえる様子を見せたが、俺の睨みに気づいて慌てて話を合わせる。
「俺にはできないんですが、彼女なら大丈夫です。明日、この中大路が四人まとめてお祓いをしたいと思いますのでまたこの場所に来てください」
俺の言葉を聞いて、安堵した様子で帰っていく三人。部室棟から出て行って、聞かれる心配がないのを確認してから、中大路は大層嬉しそうに。
「渡辺さんもやっぱり伊藤さんの霊の仕業だと思うのですね!」
「なわけあるか。怨霊なんてバカらしい」
「え!? さっきと言ってること全然違うじゃないですか!」
「あの三人にはあくまで伊藤の怨霊っていう体で話しただけだ」
それが、きっとこの事件を一番いい形で解決する方法だ。
ただ事件を解決するだけじゃダメなんだ。それだと誰も幸福にならない可能性が高い。多くの人が幸せになれるような形で、解決しなければならないんだ。
俺は前の学校でのことを思い出し、暗澹たる気分になりながら、草壁に言う。
「除霊だかなんだか知らないが、明日はあの4人にその儀式をやれ」
「はい……。わかりました」
「いいか。そのあと、絶対に言ってほしい言葉がある」
俺はある言葉を言うことを指示する。中大路は頭に疑問符を浮かべながらも「まあ、わかりました」と承諾してくれた。
「けど、昨夜の出来事が怨霊の仕業でなくてなんなんですか。どう考えても人間業じゃないですよ」
ああ、その謎についてはとっくに解けてる。犯人はもうわかってるし、動機もトリックも大体察しがつく。
あとは証拠。完璧な証拠とまではいかなくても、自白を引き出せる程度の強さを持つ状況証拠がほしい。
これについても、大体のあてはある。ちょっと面倒だが、用意しておいたほうがいいだろう。
「じゃあ今日は俺はこれで」
「え。渡辺さんもう帰っちゃうんですか」
「これも依頼を解決するためだよ。じゃあな」
俺はそう言い残して、先ほど四人の家の位置を書き込んだ地図を持ったうえで、不満げな顔をする中大路を放置し部室を後にした。
俺はまず、薬局に行ってあるものを購入する。
「領収書、お願いできますか?」
「かしこまりました。宛名はどういたしましょう」
「中大路鈴風。中と大きいと路地の路、鈴に風です」
依頼をこなすための必要経費だ。当然、自腹なんてまっぴらなので、明日鈴風に請求することにする。
買い物を終えた俺は、その足で自転車をこぎ、伊藤に対するいじめを行っていたという三人の家を巡ってみることにした。
まずは最初にその伊藤の霊が家にやってきたという、ミニスカ、いや、平野の家を探すことにする。
地図で場所に大体のあたりをつけ、適当に表札を見ながら住宅街を歩き回った。
幸いなことに、平野の家は数分で見つかる。地図に書かれている家の位置は正確だったようだ。
二階建てのごく普通の一軒家。石の壁が敷地を取り囲んでおり、白いペンキが塗られていた。
そして俺は見つける。
門の付近、コンクリートの地面に、なにやら血痕が付着しているのを。
壁を見ても特に血痕は見つからないが、それは掃除を行ったからだとみていい。コンクリートはその材質の問題で、血が付くとかなり落ちにくい。まず間違いなく文字が書かれていた場所はここと考えて間違いないだろう。
壁はともかく、コンクリートに付着した血痕は、非常に落としにくい。都合よく誰かがここで怪我したというのなら話は違ってくるが、それはまずないと考えていいだろう。
おそらくこれは、血文字を書く段階で血が落ちてしまってできた血痕だ。
いちおう、絵の具などで書いたものでないことを確かめるために、俺は道中薬局で買った過酸化水素水 (いわゆるオキシドールである)が入ったボトルを取り出して、その血痕に向かって垂らした。
オキシドールは、青い光を放ちながら泡立ち始める。
ルミノール反応。血液に過酸化水素水をかけると起こる反応のことだ。警察の捜査でも、簡易式のものとしてだが用いられている。
厳密には血液でなくても、鉄や銅などでも同様の反応がおこるが、ここで刀の鋳造をしたとかでなければ、まず間違いなくこの赤いシミは血液だと考えて間違いないだろう。
問題は、犯人がどこから血液を入手したか。まさか自分の血を使ったとは考えにくいだろう。血は案外延びないので、染料としては効率が悪い。自分の血で四件も血文字を書いていたら、間違いなく失血死してしまう。
俺の考えが正しければ、間違いなくこの辺に、アレがあるはず……。
「あ……っ」
道路を挟んで平野家の反対側。側溝が集まる角の部分で、俺は予想していたものを見つける。
「あった……」
あって欲しいが欲しくなかった証拠。
間違いない。これは犯人が捨てたものだ。
見るのも辛い光景だが、俺は携帯のカメラで、それを撮影する。
犯人が犯行のためにしたことは、かなりひどい行為だ。とてもではないが、あの人がそんな残酷なことできるようには見えなかった。
犯人はここまで、こいつらのことを恨んでいたんだ。
俺はそう確信した。
その心の痛みは、想像を絶する。
ただ謎を解くだけでなく、みんなが幸せになれる結末を作るのが名探偵。
大昔に読んだ児童小説に出てきた、大食漢で黒サングラスの名探偵はそう言っていた。
しかし俺は、この事件でどうしても許せない相手が現れてしまった。そいつらの不幸を願ってしまっていた。
「あなたのようには、なれなさそうです」
俺はそう呟き、過去に憧れていた創作の中の名探偵に謝罪した。
平野家はこれで用済みだ。次の家を見に行こう。
デブとぱっつん、じゃなかった。徳田家と鈴木家の周辺の状況は、平野家と同じようなものだった。血痕反応があり、付近の側溝で平野家のときと同じものが見つかる。
しかし、草壁家、つまり三人の家から離れたところにある、依頼人の家は別だった。
すでに陽も落ちていたので、血痕を探すのも大変だったが、なんとか見つける。しかし、スマホのライトも活用し、電池が切れるまで家の付近をどれだけ探しても『それ』は発見できなかった。排水溝を覗いてライトを当てる男子高校生の図。傍から見たらかなり不審な光景だったかもしれないが、気にしたら負けだ。
草壁家に関しては、家の付近だけでなく、けっこう広い範囲を周って『それ』を探したが、どこにも見つからない。
どうやら俺の考えていたもので、間違いなさそうだ。
すべてわかった。犯人も、トリックも。
証拠はないが、証拠の在処に関しては、ほぼ想像がついている。
明日は犯人を強請って、その証拠について捜査することを了承させればいい。