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鈴風の成長、そして俺より早いトリック看破

「こちらへ。くれぐれも、霊媒師の体にだけは触れないよう、お願いいたしますす」

 老婆がふすまを開き俺たちを中に招き入れる。すぐに男はふすまを閉じて、部屋には俺たちだけが残される。

 中は六畳ほどの和室となっており、窓は一つもない。手前に座布団がいくつかおかれている。オレンジの蛍光灯による弱い光だけが頼りだ。


「ここに座れってことでしょうか」


 まあそうするしかないだろうな。

 俺は念のため一度手で何度か座布団を叩き、足で数回踏みつけて、これは普通の座布団だと確信してから、そこに座る。

 しばらくして、部屋の奥のふすまが開き、一人の背中が曲がった白装束の老婆が、足を引きづり気味にゆっくりと歩いてきた。

 年はわからない。いかにも体が悪そうな老婆だ。目はほとんど開いておらず、皺が深く刻まれ、常に苦しそうな顔をしているようにも見える。手はひしゃげたように曲がっており、頭に付けられた数珠が不気味だ。


「こんばんは」


 座布団なしで畳の上に正座した老婆は、しゃがれた声でそう言いながら頭を下げる。


「あ、どうも。こんばんは。予約していた、中井鈴風です。今日はお母さんの霊を口寄せしていただきたくて、来させていただきました。こちらは特に事故死の霊が得意分野だと聞いたので」


 鈴風はそう言いながら頭を下げる。

 事故死の霊を呼び出すのが得意、そうこの店は言っているらしい。一体どういうことなのか。この事実は頭の片隅に置いておいたほうがよさそうだ。なにかひっかかる。


「事前にお話ししていた通り、お母さんは交通事故で死にました。トラックと追突し、死んでしまったんです」


 そこから老婆は黙ってぴくりとも動かない。しばらく待ち、そろそろ「おい、聞いてるのか」と問いかけようとしたところで、老婆が口を開く。


「あなたから霊を辿ろうとしましたが、その事故から日が経っているようで直接辿ることができませんでした。事故の起こった場所と日付を教えてください」


「えっと。場所は京都市上京区三丁目の北大路に向かう交差点のあたりで、日付は……」


 鈴風は婆さんの質問に答えていく。

 俺も注意してその質問を聞いていたが、どうやらコールドリーディングらしき言葉はない。いったいどういう手口を使っているんだろう。

 また老婆はしばらく黙り、やがて口を開く。


「かしこまりました。今から口寄せを始めさせていただきます」


 そして老婆はいきなり強い口調で、なにやら呪文をものすごいスピードで唱え始める。

 聞いたことのない文言だ。どういう意味があるのかもわからない。こういうとき、嵯峨根がいてくれたら便利だったのに、などと鈴風みたいなことを考える。


 しばらくして、老婆は「あ…… 。あ…… 。痛い…… 。胸が、痛い…… 」と声を漏らし始め、苦しそうに悶え始める。


「大丈夫ですか!?」


 鈴風が老婆にかけよる。老婆は顔をあげてものすごい剣幕で。


「鈴風!来ちゃだめ!」

「え……?」


 その言葉に、鈴風はその場で立ち留まる。


「鈴風、こないで!逃げて!」

「お母さん……?」


 老婆はその鈴風の言葉を聞いて、激しくうなずく。


「お母さん!大丈夫だよ!落ち着いて!」

「鈴風……」


 老婆の呼吸は少しずつ緩やかになっていく。そして少しばかり涙を流しながら。


「鈴風……、大きくなったね」

「お母さん、胸大丈夫なの?痛くない?」

「痛いけど、大丈夫。それより、鈴風に会えたことが、嬉しくて…… 」


 婆さんはしくしくと涙を流し始める。なかなかの演技力だ。


「そうですか……」


 鈴風は突然冷め切った口調になり、老婆にゆっくりと近づく。

 そしていきなり老婆の耳に、指を突っ込んだ。


「さ、触ってはなりません!」


 突然素に戻って狼狽する老婆。鈴風は老婆の左耳から、何やら小型のスピーカーのようなものを取り出してきた。


『おい、どうした。何か起こったのか!?』


 鈴風がそこについていたボリューム調整らしきスイッチをいじると、男の声が部屋中に響き渡った。


「……なんですか。これは」


 鈴風は、これまで見たこともないような怒りに満ちた顔で、老婆を見下ろす。


「や、それは、その……」

「答えられないんですね! じゃあ私が代わりに答えてあげます! この通信機を使って、さっきの男の人が私のことを調べた情報を聞いていたんでしょう!」


 怒り心頭の様子で怒鳴る鈴風。

 俺はわけがわからず、声をかけることすらできなかった。

 廊下からドタドタと音が聞こえ、襖が開き、先ほどの男と婆さん二人が部屋に入ってきた。


「なにがあったんですか」


 鈴風が男に小型スピーカーを見せ、「これはなんですか」と男に問い詰める。男はそれを見てさっと青ざめる。


「なるほど……」


 俺はお概ねの事態を理解した。一つだけわからないところがあるが、そこは後で鈴風に教えてもらえばいいだろう。

 

「あなた方は、この部屋のどこかに盗聴器を仕掛け、俺たちの会話を聞いていたんだ。そして事故のことをネットで調べて、この霊媒師を名乗る婆さんに報告する。そうすることで、この口寄せの儀式なんていうインチキを成り立たせていたんだ」


 俺の言葉に、みるみる表情をゆがませる老婆たちと男。

 こんなのがインチキであることは知っていた。俺を驚かせたのはそんなことではない。



「鈴風、どうしてお前はこのトリックに気づいたんだ」



 いつも俺の隣で俺の推理を聞いていた鈴風。

 いつも俺の後ろで犯人に突き立てる推理を聞いていた鈴風。

 そんな鈴風が、俺よりも先にトリックを解明した。

 無論、なにか鈴風だけが持っている母親の情報を利用したのだろうが、それでも鈴風が俺より早く看破したことに、俺は驚きを隠せない。

 鈴風は、俺との活動を通して成長している。

 俺は、そう、気づいた。

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