鈴風の謎が、ついに
その後、俺と鈴風は電車に乗ってたどり着いた河原町の商店街から、さらに北へと向かう市バスに乗って、比叡山のほうへと向かう。
バスを降りて、閑散とした住宅街を歩く。山の麓あたりまで来ると、人気はあまりない。延暦寺への参拝客が通る場所でもないようだ。
田んぼや川に囲まれた田舎道。夕暮れの中を二人で歩く俺たち。俺は、ふと気になったことを鈴風に聞いてみることにした。
「なあ、鈴風。霊媒師に会って、お前はどうしたいんだ。霊魂を呼び出してほしい人でもいるのか?」
「もちろんです。呼び出してもらう人は決まっています」
そうなのか。俺はてっきりろくにあてもなくイタコに会いに行くと言っているのかと思っていた。
「へえ。で、だれの霊を呼ぶんだ? 聖徳太子か? 織田信長か? それともマイケルジャクソン?」
「もう、そんなんじゃありませんよ。もっと身近な人です」
ほう鈴風は誰か身近な人を亡くしているのだろうか。それで今回霊媒師にその人の霊を呼び出してもらおうとしている、と。
なかなか意外だ。もっとおちゃらけた理由だと思い込んでいた。
「私は霊媒師さんに、お母さんの霊を呼び出してほしいんです」
「え……?」
俺は一瞬その意味が分からず、思わず聞き返す。
「ど、どういうことだ?」
「そのまんまの意味ですよ?私はお母さんともう一度だけでいいから話がしたいんです」
「するとなんだ。お前の母親は、もう死んでいるのか」
そういえば、以前さらっとうちは父子家庭だと言っていた気がする。
あのときは、まさか本当に母親が死んでるなんて思いもしなかった。
「失礼ですねー。いくら私でも、そんな不謹慎な嘘はつきません」
そう鈴風は言った。
「そうなんですよ。実は、二年前に私たち一家全員が交通事故に巻き込まれまして、お父さんと妹は命に別状はない程度のけがで済んだんですが、私とお母さんは重体でした。私は一命を取り留めて、数ヵ月後には退院できました。しかしお母さんはそのまま死んじゃいました」
あっけからんとした様子で語る鈴風。俺は予想していたよりもずっと真摯な理由に、驚きを隠せずにいた。
「どうしたんですか?諒さん」
「い、いや。お前がそんな真剣に考えて霊媒師に会いに行こうとしてたなんて、思ってもみなかったんだ」
「あ、ひょっとして諒さんは、私がただの遊びでオカルトを追い求めてると思ってました?」
思ってた。
「全然違いますよ。いくら私でも、そんな無駄なことはしません」
その時、俺の頭の中でバラバラだったピースが、次々とつながっていく。
なぜ鈴風はオカルトを探求しているのか。
なぜオカルトに対して否定的な俺なんかを誘ったのか。
なぜオカルトを全部否定する俺に対して、何の怒りも抱かず、むしろ歓迎するようなことを言うのか。
なぜ?
俺の頭の中にあった疑問が、次々とつなぎ合わされて、一つの形を作っていく。
「そうか……」
そして俺は気づく。
鈴風の目的がなんなのか。
なぜ、鈴風はこんなことをしているのか。
「……お前は、母親に会うために、『本物の超常現象』を探し求めていたのか」
「正解です。さすがは諒さん」
鈴風は哀しそうに笑う。
「私、その事故の直前に、お母さんとちょっとした喧嘩をしちゃってるんです。まあ今思えば些末な理由で起こった諍いなんですけど。そのときにお母さんに、けっこうきつい言葉投げちゃいました。さすがにこれはまずいと思って、謝ろうと考えたんですが、謝る前にその例の事故が起きちゃいまして……」
鈴風は夕闇に染まりかけた空を見上げる。俺は何も言えない。
「だから、私はお母さんにもう一度だけ会いたいんです。もう一度会って、お母さんに謝りたい。それが、私の望みです」
「じゃあ、俺にオカルトの真相を解明させようとしていたのも」
「『本物』を見極めるためです。偽物の超常現象なんかに興味はありません。諒さんのように優秀な人が近くにいてくれたら、私は偽物のオカルトにだまされることがなくなります。私がほしいのは、死んだお母さんに本当に合わせてくれるような、本物の超常現象だから」
「………………」
言葉が出なかった。
何も言えなかった。
まさか、鈴風がそんな事情があって、超常現象を追い求めてるなどとは、思いもしなかった。
だとしたら、俺はこれまで鈴風に対して、かなりひどいことを言ってきてしまったんじゃないだろうか。
オカルトだとか超常現象だとか、そんなものあるはずがない、というのは、鈴風に対して「お前は絶対に母親に会えたりなんてしないんだ」と突きつけていただけじゃないか。
真実を告げるにしても、知らなかったとはいえ。
あまりに無神経だったと反省せざるを得ない。
驚きおののく俺に、さらに鈴風は追い打ちのように語りかけてくる。
「諒さん。実は私は、その事故の寸前までは、今の諒さんのような、オカルト全否定派だった、って言ったら、驚きますか?」
当たり前だ。お前からそんなことを言われて、驚かない方がどうかしているだろう。




