こっくりさんとの対決
俺の言葉を聞いて、左右田はふっと鼻で笑う。
「一体何を言い出すかと思えば。君たちはそんなくだない妄想を語るために、僕をここに残したのかい?」
草壁や田中と違って、犯人だと指摘されても左右田は全く動じる様子を見せない。こいつは、これまでの連中ほど簡単にはいかなさそうだ。
「こっくりさんの声。あれはスピーカーでモスキート音を流したものだ。昨日の二限は担当教師が爺さんだったから、若者にしか聞こえないモスキート音が、生徒には聞こえて教師には聞こえなかったんだ。こっくりさんの匂いは、薬品の合成や虫をすりつぶしたりなんかの方法で作った匂い元を、エアコンの吹き出し口付近にセットすることで振りまいた」
俺はそこから、こっくりさんの呪いを演出した方法についての解説を行った。
全部暴かれても、左右田はまったく狼狽する様子を見せない。
「……ほう。面白い考察だね。君はあくまで一連の現象はこっくりさんの呪いなどではない、と。そう言いたいわけかな」
「その通りだ。こっくりさんの呪いなんてあり得ない。呪いなんてものは所詮は思い込みで、もし怪奇現象が本当に起きたのだとしたら、それは勘違いか偶然か、それとも何者かによる自作自演でしかありえない」
「まさか超常現象研究会に所属する君がそんなことを言うなんて」
俺は部員じゃないんだが。まあ今はそんなところを突っ込んでる場合じゃない。
左右田は「やれやれ」と呆れたように呟く。
「なるほどね。君の言い分はよくわかる。もちろん、呪われてた僕としては、そのほうが嬉しいけど。だけど君の説、こっくりさんの怪奇現象に関する考察を信じたとしても、どうしてそれが僕の自作自演ということになるんだい?」
予想していた質問だ。ここはいきなりだが、切り札を持ち出させてもらおう。
俺はゴム手袋をはめたのち、昨日教室で発見したスピーカーを見せる。
「これが教室の後ろから見つかった。付着していた指紋と、お前の指紋を照合すれば、お前が犯人であることは確定になる。お前の指紋を取らせろ」
佐藤はしばらく自分の人差し指を見つめる。そして、
「別に指紋を取るのは構わないけど、君たちに本当に正確な指紋の照合ができるのかい? 一介の高校生が手に入れられるような設備じゃ、到底それができるとは思えないけど」
ハッタリが効かない。
その事実に、俺は一瞬うろたえたが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「確かにそうだ。俺たちの設備じゃ、指紋の照合なんてできやしない。だが警察ならどうだ。実際に病院に運ばれた奴もいる。傷害事件として被害届を出せば、捜査は始まるさ。そうなれば、重要な証拠として、このスピーカーに付着した指紋もとられる」
「愚かしいね。こんな不明確な話が刑事事件として立件できると思ってるのかい? 岡村が被害届を出したとしても、警察だって暇じゃないんだ。無理に決まってる」
まずい。こけおどしはこいつに対して全く通用しないようだ。
これまでとは比較にならないほどの難敵。今までの攻め方では、到底勝つことはできない。
こうなるんだったら、もう少し容疑を固めてからやるべきだったと俺は悔いる。
だが、なんとしても今日止めなければならなかった。そうでないと、またこいつは次の呪いを繰り出してくる可能性があるのだから。
「諒さん……。どうしましょう。まずいですよ」
鈴風。俺は今必死で頭を働かせてるんだ。黙っててくれ。
「そもそも、僕がどうしてそんなことしなくちゃいけないんだい?自作自演の呪いをでっち上げて、クラスを混乱させ、いったい僕に何の得がある?」
「それは、わかりますよ」
鈴風が言った。
「なに……?」
「あなたが犯人かどうかは、私からははっきりとは言えません。ですが、あなたが犯人だった場合の動機は、私には察せます」
「なんだい。言ってみなよ」
俺は鈴風を前に立たせた。
もともとこのアイデアは鈴風の手柄だ。ならその本人に語らせるべきだろう。
「あなたは、倉橋さんのことが好きなのではありませんか?クラスの人からインチキだといわれてる倉橋さんのために、あなたはこっくりさんの呪いを演出したのではありませんか?」
その言葉で、これまで薄気味悪い笑みを崩さなかった左右田の顔が、初めてこわばる。
そう。これが昨日鈴風が説として語った、左右田の動機だ。
鈴風もオカルトが大好きで、クラスメイトから奇異な目で見られてきたわけだから、何かしら思うところがあるのだろう。
とにもともかく、俺には想像もつかなかったような動機。俺のいかなる案よりも尤もらしいのは明白だった。
「何を言い出すんだ。君たちは。僕を勝手にこっくりさん事件の犯人だと決めつけて、さらには僕の恋愛感情まででっち上げる気かい? どこまで僕を侮辱するつもりだ!」
初めて声を荒げる左右田。そのときだった。
「左右田君……?」
教室の入り口から聞こえる声。俺たちはそちらに視線を向ける。
そこでは、倉橋が茫然と立ち尽くしていた。