こっくりさんの匂いの謎
「嵯峨根。アイシャドウって持ってないか?」
「持ってるけど……、なんで?」
「ちょっと。なんで私には聞いてくれないんですか?」
どうせお前化粧なんかしないだろ。
「決めつけはよくないです!」
「じゃあ鈴風は持ってるのか?」
「持ってません」
じゃあ黙っててくれ。頼むから。
「指紋を取るんだ。このスピーカーに触れた人間を当てるために」
そう。そのために俺はわざわざゴム手袋をつけてこのスピーカーに触れ、中大路にも触らせないようにしておいたんだ。
俺は嵯峨根からアイシャドウを借りて、ハケを使いながら粉を振り掛けた。
そしてティッシュを使い軽くはたいて粉を落とす。
「あっ…… 」
鈴風が驚嘆する。
粉が残った部分。それは明らかに人間の指紋の形をしていた。
俺はセロハンテープでその指紋の形をした粉の塊を全てはがし、黒い画用紙に張り付けた。こっちのほうが見やすいだろう。
「諒さん。すごいです!これであとは四人の指紋を取れば簡単に解決ですね!」
鈴風が興奮した様子でいうが、ことはそんな簡単じゃない。
人間の指紋というのは、なんだかんだ言って非常に似ている。よほど四人ともバラバラな形をしていれば別だが、普通はこの程度の簡易検査で見分けられるほどの差異はない。
警察だって、専用の粉とパソコンによる画像解析を使って指紋照合を行っているのだ。
「とはいえ、これは確実に犯人を追いつめるには役に立つはずだ。犯人はこんな簡単なやり方じゃ指紋照合できないことを知らない可能性のほうが高いからな」
「なんというか、諒さんってほんとにハッタリが得意ですよね。っていうか犯人追いつめるのは大体ハッタリじゃ」
「うるせえ」
現実は推理小説のように容疑者がそこまで絞られることは少ないんだ。警察のように捜査の設備が整ってるわけじゃない。ある程度はハッタリで追い詰めて、犯人に自白させる手段を使わないと、どうにもならないことだってあるのだ。
「けどよ。渡辺。オレの前でそんなこと言ってしまっていいのか?お前からすれば、オレが犯人の可能性だってあるだろう?」
「ああ、それはない。この部活に鈴風しかいない状況とは違って、俺と嵯峨根がいる今、心霊現象の自作自演をした奴が、わざわざこの部活にこっくりさんの話を持ってくるのはデメリットしかないだろ。お前は事件が起こって最初にこの部室に来た。犯人の行動とは思えない」
こいつの祖母の事件を俺たちが解決してやったこともあるし。
さて、ここまでの状況を整理しておこう。
持田が犯人の可能性はかなり低いとして。残るは三人、倉橋、左右田、岡村。
左右田はスピーカーが仕掛けられていた箇所を気にするそぶりを見せた俺を、しきりに俺のほうを見ていた。犯人である可能性はかなり高いと考えられるが、こっくりさんに乗り気じゃなかったという証言もある。
こっくりさんをやろうと言い出したのは倉橋。こいつはもともとオカルトに傾倒していたらしい。
岡村が犯人である可能性は低い。犯人はスピーカーを一刻も早く回収しなければならないのだから、下校して病院に行くのは都合が悪い。
きちんとした物証ではないが、スピーカーについた指紋は自白を強要する段階で役に立つはずだ。
考えられるのは、倉橋と左右田が共犯という可能性。この場合、立証がけっこう面倒なことになるのだが。
「あと、問題はこっくりさんの匂いだ。今朝教室に充満していたあの獣臭い匂い。獣の毛が教室にばら撒かれていた様子もなかったし、一応ヤスデなんかの一部の虫をつぶせばあんな匂いがするが、それらしいものも教室に置かれていなかった」
カプロン酸や酪酸や脂肪酸の類をばらまいてもあんな感じの匂いを作れる。これは化学実験室や生物実験室に忍び込んで材料を集めればできないことはない。
だがさすがにそれはばれるリスクが高すぎるし、なにより化学物質をばら撒いたなら教室にも痕跡が残るはずだ。
そう。あれだけ教室に匂いを充満させようと思ったら、なんらかの痕跡が残ってしまうのだ。あの匂いを再現する方法は数多くあるが、そのあとの段階が難儀だ。肝心の教室に何も残さずに匂いをひろげる、それを実行する手段なんて……。
「あ……っ!」
その瞬間、俺は思い出した。教室に今朝起きていた異常について。
後にあまりにも大きな騒ぎが立て続けに起こり、この小さな異変のことはすっかり忘れていたが、今朝の教室ではもう一つ異常なことが起きていたじゃないか。
「今朝、なんだか教室が肌寒くなかったか?」
「え…… ?うん。まあちょっと寒かったかも」
「言われてみれば、少し寒かったな」
二人ともそう言っているということは、あれは単なる俺の気のせいなんかじゃなかった。
「こっくりさんの冷気だとか言われてたが、真相は単純だったんだ。今朝の教室は、本当に気温が低かったんだ」
やっとわかったぞ。匂いをばら撒いたトリックが。
「エアコンだ。犯人はエアコンの冷房を使って、その風で教室中にあの匂いを充満させたんだ」