呪いについての解説をすることにした
俺と鈴風と嵯峨根は、教室をあとにして部室へと向かう。
「そういえば、鈴風ちゃん。さっき何か言いかけてたよね。なんだっけ」
「え?なんのことですか?」
「なんか、うちの神社を調べてどうこうって」
「あ、その話ですか。嵯峨根さん家の森船神社って、調べてみると『丑の刻参り』の名所になっていると聞いたんですが…… 」
鈴風の口からその言葉が出たとき、嵯峨根の表情が明らかに曇った。
「あれは…… 、ちょっと本当に困らされてるの。夜間警備員や監視カメラを増やしてはいるんだけど、それでもなくならなくて」
丑の刻参りとは、日本における代表的な呪術。藁人形に五寸釘を打ち付けることによる呪いは、誰もが聞いたことがあるだろう。白装束をまとい下駄を履いて、頭にろうそくをつけトンカチと五寸釘を持って木に藁人形を打ち付けるあれだ。
丑の刻(午前一時から三時)になったら、神社に出向き、ご神木か大鳥居に藁人形を呪いの念を込めながら打ち付けていく。これを一週間続けるらしい。
丑の刻参りの元ネタである「宇治の橋姫」は、嵯峨根家の神社が舞台に近いらしい。だから今でもたまに丑の刻参りをしにくる人はいるのだそうな。
私有地に夜中忍び込んで、あまつさえ大切な木や鳥居に五寸釘を打ち付けるのは、なにをどう考えても器物損害である。
なので森船神社は困り果てており、なにより打ち付けられた藁人形なんかが参拝客に見つかればとんでもないイメージダウンにつながるので、監視カメラを設置したり、夜間の見回りを強化したりしているらしいが、それでも依然なくならないとのこと。
さらに危険なことに、昔は「丑の刻参りの様子が見つかったら呪いの効果がなくなる」と言われていたのだが、最近は「見つかったらその人間を殺さなければ自分に呪いが返ってくる」というあまりに物騒な噂すら立っているらしく、警備員が襲撃されることもあったようだ。
「馬鹿だよなー。犯罪行為に手を染めてまで呪いを実行しても、今の時代じゃ意味ないんだが」
俺がそう呟くと、鈴風は不思議そうに。
「今の時代じゃ意味がない?どういうことですか。昔であれば意味があったんですか」
「そうだな。鈴風は、草壁が自作自演で伊藤の怨霊をでっち上げた動機を、覚えているか?」
「えっと。あの三人に自分は呪われたと思い込ませることでしたっけ?」
「その通り、呪いというのは、要するに自分が呪われたと思うから、それによって精神に不調が起こる。精神に不調が起こると、時に体にまで悪影響が出てくる。それが呪いの本質だ」
「ふうん。それはわかるんですけど、どうして昔は効果があって今は効果がないんですか」
鈴風が部室の扉の鍵を開く。俺たち三人は部室に入り、またいつも通りテーブルの席についた。
「昔は神社が役場兼集会所のような役割だったからな。なにかと地域の人が集まる機会が多くて、それで恨まれている相手が自分の藁人形を見る可能性も高かったんだ。それで自分が呪われたと思い込んで不調が起こる。だから、地域の人が皆神社に行ったりしない今、神社での呪いというのは意味を成さないんだ。呪いを有効にしようとすれば、草壁みたいな手段をとるしかない」
ちなみに、「お前を呪う儀式を行った」と相手に告げるのは脅迫罪にあたる。場合によっては普通に逮捕だ。
「刻参りしてる人を捕まえてそれを説明しても、全然理解してもらえなくて……」
大層弱った様子で嵯峨根がいう。確かに、自分の家の近くでそんなのがうろうろしていたら、あまりにも物騒すぎるよな。不安で眠れなさそうだ。
「よくこっくりさんとかの儀式で、失敗したら呪われるというのもこれが理由だ。本気で信じている人間は、それによって本当に精神を病んでしまう可能性がある。そうなると変なお祓いとか行っても逆効果だから、素直に精神科医に一任したほうがいい」
本当にこっくりさんが動き、その現象を信じている状態を「被暗示性が高まる」という。この状態は非常に脆いのだ。
「そうだよね。中には何の力もないのに、お祓いをするといってお金を取る悪徳業者もあるから」
おかしい。なんか前々から思っていたのだが、嵯峨根と意見が一致することが多いのに、その意見に至るまでのお互いの思考過程がかけ離れすぎてる。
例えるならば、俺がちゃんと下駄箱で靴を履きかえて階段を上って教室に入るのに対し、嵯峨根は排水溝を登って窓から教室に入っているようなイメージだ。
「でも、こっくりさんって不思議ですよね。誰も意図的に動かしていないのに、勝手に質問に答えてくれるなんて」
「ああ、あれは観念運動っていってな。無意識が体の動きに影響する作用なんだ。ちょっと実験するか」
俺は鈴風に目を閉じさせ、手を前に出させる。ちょうど前に倣えの恰好だ。
こうして見ると睫毛長いんだな。などと、俺はどうでもいいことを考える。口をつぐんで目を閉じる鈴風の姿は、なんだかとても可愛らしく思えた。そもそも黙ってれば美少女なのだこいつは。