こっくりさんの儀式失敗
俺たちは持田に連れられ、教室に戻る。
うちのクラスは、何やら異様な雰囲気に呑まれていた。
机は中央に置かれたひとつ以外は隅に追いやられており、中央の机の周りには椅子が散乱していた。三人のクラスメイトが恐怖におびえた様子で、がくがくと震えている。
「いったい何が起こったんだ」
俺は持田に説明を求める。
「みんなで、放課後こっくりさんをやることにしたんだ」
持田は中央に置かれた机を指差す。その机の上には、数字と五十音表、そして「はい」「いいえ」という文字、何やら鳥居が書かれた紙が一枚。その上に十円玉が乗せられていた。
「なるほど。さっき持田が部室で言っていた「こっくりさん」とは、普通の民間伝承におけるこっくりさんのことか」
あまりに有名なアレだ。
まず、あらかじめどこかの方角の窓か扉を開けておき、数人でこの紙の上に十円玉を置き、「こっくりさん、こっくりさん、南の窓から(もちろんここは開けておいた方角に応じて適宜切り替える)お入り下さい。もしおいでになられましたら『はい』へお進みください」という。こっくりさんという名前の霊が来たら、十円玉が勝手に動き出し、『はい』へと移るのだ。
そこからは、こっくりさんに質問をしていく。するとこっくりさんは、五十音表を使ってそれに対して返事をしてくれる。質問ひとつ終わるごとに、「鳥居の位置までお戻りください」と鳥居の絵がある場所に戻す必要がある。
質問をすべて終えたら、今度はこっくりさんを帰さなければならない。「こっくりさん、こっくりさん。どうぞお戻りください」と言って、十円玉が「はい」に行った後、鳥居のところに戻れば「ありがとうございました」と言うことで終了となる。
こっくりさんのやり方には、いくつか地域ごとにバリエーションがあり、やってはならない行動も若干違う。
しかしすべてにおいて共通しているのは、
「『あなたは誰ですか?』と聞いてはいけない」
「決して終了前に指を離してはいけない」
というものだ。これをやらかすと、こっくりさんに憑かれ、呪われ、場合によっては発狂したり自殺したりするというのだ。
「オレ達、放課後にこの四人でこっくりさんをやることにしたんだ」
「うん。わたしが掃除当番で掃除してた時、なんかあの六人が紙に何か書きながら、そんな話してるなーって思ってたよ」
嵯峨根が言う。確かこいつは今日掃除当番だったっけ。
「嵯峨根。お前が教室を出た段階では、どんな感じだった?」
「まだ普通に和気藹藹としてた…… 、かな?」
持田もうなずく。
「嵯峨根が出て行ったときは、こっくりさんを呼び出したところで、まだ問題は起きてない」
問題発生時に教室にいたのは、そして実際に十円玉に触れてこっくりさんに参加した、持田、倉橋結衣、左右田裕也、岡村若菜の四人。
いくつか普通に質問をして、こっくりさんに帰ってもらおうとしたその時、問題は起きたらしい。
「こっくりさん、こっくりさん。どうぞお戻りください」と言ったら「いいえ」のほうにコインが動いた。こういうときは「はい」に行ってくれるまで何度も同じお願いをするのだが、何十回頼んでもこっくりさんは「はい」と言ってくれなかった。
それどころか、「し」「ね」と十円玉が動いたようだ。
そして突然教室に耳をつんざくような叫び声が響いた。それに驚いて、岡田が指を離してしまったらしい。直後、十円玉が再び動き出し、「こ」「ろ」「す」、「の」「ろ」「う」、「ゆ」「る」「さ」「な」「い」と言って、そこからは頑なに動かなくなり、恐怖のあまり残りの三人も指を離してしまった。
四人はパニックに陥る。そうして持田は、過去の実績から、俺たちのところに、助けを求めにきたのだそうだ。
「これが事件の顛末だ。なあどうしよう。オレたち、呪い殺されちゃうのかな……」
「いや、大丈夫だろ」
「大丈夫だよ」
俺と嵯峨根の声が被る。
「こっくりさんって、漢字で書くと『狐』『狗』『狸』で『こっくり』って読む、動物の低級霊なんだけど、一度の人を呪えるほどの力はないはずだし、なによりそんな強い力を持ってる霊がそんな簡単な儀式で呼び出せるわけないもん」
俺がこっくりさんのメカニズムを説明しようとすると、嵯峨根がそういった。
まあいいか。本気で怯えてるやつには、理詰めで説明するよりこういう方面から言ってもらったほうがいい。
「どうしても不安なら、簡易的なお祓いなら今ここでできるけど。こっくりさん程度の低級霊なら、それで十分だと思う」
「そういえば、額に五芒星を書くとこっくりさんの呪いを回避できると聞いたことがあります。今油性ペンしかないですけど、これでいいならお貸しします」
鈴風。お前は黙っててくれ。
その後、嵯峨根がお祓いとやらを行い、四人は完全に安心とまではいかなくても、それなりに恐怖は薄れた様子で帰路についた。
これでめでたしめでたし、となればよかったのだが、その時の俺は想像すらしていなかった。明日、俺は思い知らされることになる。
今日の出来事など、一連の事件のプロローグにすぎなかったのだと。




