なぜか弁当じゃなくて、不幸の手紙と箸を貰った
「りょっ、諒さん!」
次の朝、下駄箱で靴を履き替えた俺の前に、鈴風が現れた。
顔を赤くして、背中になにか隠してる。
またこのパターンか。
そう思った俺の前に、鈴風が差し出したのは白い封筒だった。豪華な装飾が施されている、いわゆるご祝儀袋ってやつだ。
「そのっ、今日はお弁当作ってこれませんでした! ごめんなさい」
「別に作ってほしいなんて頼んだこと一度もないだろ」
いつも押し付けられてるだけだ。
もちろん気持ちは嬉しい。それが普通の弁当であれば、の話だが。
俺はここ数日の、奇怪な弁当を思い出す。
「少ないですけど。受け取ってください! これでおいしいものでも食べてください!」
「いや、いらない」
いくら俺でも、こんなものを受け取るのは良心が痛む。ましてや後輩女子からなんて、まるで俺が巻き上げたかのようじゃないか。
男は女に奢るべきなどという馬鹿げた風潮には中指を立てていきたいが、さすがにこれは気が引ける。
それでも鈴風はなんとか俺にご祝儀袋を押し付けようとして来る。
「いいんです! 昨夜、親戚のおじちゃんがうちに来て、いっぱいくれたんです。だからお裾分けです!」
「それは、お前らにあげたのであって、俺が受け取るのは違うだろ」
「遠慮しないでください! これは諒さんが、ずっと私と一緒に活動してくれることへのお礼、正当な対価です!」
いらない。最近の俺は、お前との活動を楽しみ始めているから。
と言おうとしたが、すんでのところで踏み留まる。
もしもこんな台詞を口走ってしまったら最後、これまでとは比較にならないしつこい勧誘に遭うことだろう。下手したら家まで付きまとわれかねない。
俺は言い返す言葉を失い。とうとう根負けしてご祝儀袋を受け取ってしまった。
やけに分厚い。全部千円札でもそれなりの額になりそうだ。中心の固く細長い感触は金具かなにかだろうか。
昼休み。俺は鈴風から渡されたご祝儀袋を鞄から取り出す。
「渡辺。どうしたんだ? それ」
「わからん。鈴風が押し付けてきた」
「部長が?」
なぜお前はすっかり部の一員として振る舞っているのか。
「これで美味しいものでも食べてください、だとさ」
「へぇ。すげえな」
そうして俺は袋の糊を剥がして、中の紙を引っ張った。
封筒の中身のほとんどは、入部届けだった。
「……………………」
まあなんとなくそんな気はしていた。入部届けはご丁寧に部活名の部分だけが「超常現象研究会」と鈴風の字で記されている。あとは自分で書けということだろうか。
それにしても、なぜ何枚もあるのだろうか。入部させたいにしても一枚で十分だろう。
もう一枚、なにやら手書きの文字が書かれていた。おれは折り畳まれたその紙を開く。
『この手紙を読んだ人は、入部届けに「超常現象研究会入部希望」と記名して、学校に提出してください。さらに、そのままの文章を書き写して五人の人に配らないと不幸になります。この紙を破ると祟りが起きます』
ビリっと、俺は即座に鈴風からの不幸の手紙を破り捨てた。
この時点で俺の怒りはかなりのものだった。いつものようにすぐ怒鳴り込みに行かないのは、鈴風との関わりにより、俺の忍耐力が大きく成長したからに他ならない。
持田は苦しそうなほどに笑い転げていた。万が一、億が一、素直に転送するとしたら、不幸の手紙送り先一号はこいつにしよう。
「あれ? でも確か『これで美味しいものでも食べてください!』って言われたんだよな? おかしくね?」
確かにそうだ。これで何を食えと言うのか。
「照れ隠しのジョークじゃ? まだなにか入ってるかもよ?」
「……そうだな」
この段階で俺は、もしも入ってたところでろくなもんじゃないだろうと察しつつも、ご祝儀袋を改める。
そして見つけた。二重壁になっていて、そちらにもなにか入ってる。俺は封筒を振って、そこに入ったなにかを取り出す。
二膳の割り箸だった。
「なるほどな。これで美味しいもの食ってくれ、ってそういう意味か。こりゃ一本取られたなHAHAHA、……って!」
俺は下らないノリツッコミを中断して部室棟へと走り、鈴風がいるであろう部室の扉を勢いよく開く。
「ぐっだふたぬーん。諒さん。今日も陽気な昼下りですね」
「ぐっだふたぬーん、じゃねえよ! なんだあの封筒は! 不幸の手紙と入部届けと割り箸しか入ってなかったんだが!?」
「当然ですよ。だってそれしか入れてませんし」
開き直るな!
「で、ちゃんと書いたんですか? それと五人の人に同じ手紙を出しましたか?」
「するわけないだろ!? その場で破り捨ててやった!」
「ええっ!? 諒さん祟られますよ?」
「そんなわけあるか!」
「あの叔父さんが持ってきてくれた割り箸、一見さんお断りな歴史ある料亭や旅館で使われてる、吉野杉で作られた最高級品で、なんと一膳で15円もするそうです」
「そうか。お前が俺の活動の価値を30円と捉えてるのはよーーくわかった」
こうして、本日の昼休みは、またしても鈴風とのなんの実りもない言い争いで終わってしまうのであった。