鈴風の「動機」
第三章完結編
こうして、俺の思いもしていなかった形で、この事件は幕を閉じた。
その後、順子さんだけが俺たちと別れ、俺たち四人は再び商店街の中を歩く。
「本当にごめんなさい。私、ついかっとなってしまって」
鈴風が俺たちに頭を下げる。どうやらさっきのことはかなり反省しているらしい。
「いや、いいよ。おかげでてっとり早く、婆ちゃんをあの占い屋から引きはがすことができたし。結果オーライだよ」
「持田。あのままだと順子さんは閉鎖的になったり、また変な団体に傾向してしまう可能性が高い。新しいコミュニティを見つけられるように、お前が積極的に協力してやってくれないか」
要するに順子さんは夫を失った心の隙間を埋めるために、あの占い師にのめりこんでいたんだ。そこを無理やり取っ払ってしまったら、また穴ができてしまう。
まあ、そこのちゃんとした解決方法を考えるのは本人や家族、カウンセラーなんかに任せることで、俺たちは順子さんをあの占い師から引きはがせば十分だったのかもしれない。
そう考えると、強引な鈴風のやり方が正しかったと言える。
鈴風のやったことが正しかったと認めるのはいいんだが、それよりもあの突然の豹変が非常に気になる。
なぜか、かなり怒っていた。占い師がインチキだと分かった時には何の怒りも見せなかったのに、順子さんの話を聞いた途端にあの怒りようだ。
思えば、中大路が本気で怒っているのを俺に見せるのは、あれが初めてである。「何にそこまで怒っていたんだ?」と聞いても、答えてくれない。
俺たちは四人で町を巡った後、地元に帰る。
嵯峨根と信也と別れるところで、嵯峨根は突然切り出した。
「あ、あの!」
「なんだ?」
「ありがとう。続けざまに、インチキ商売の相手してくれて」
相手してあげた、というより、させられたって感じだけどな。
「それで、今日ずっと思ってたことなんでけど」
そうして嵯峨根は言った。
「なんで、二人は名前で呼び合ってるの?」
うっ。と俺は言葉につまる。
鈴風は顔を赤くしてわたわたと手を振り回していた。
「そ、それはあれですよ! 名前で呼びあうことで、心のスキンシップというか、親睦を深めるというか、そういうのです!」
「なにそれ!?」
「俺に聞くな」
俺だって強要されただけなんだ。
だが、この名前呼びが、妙に馴染んでいたのも事実だ。
そう。今嵯峨根に指摘されるまで、名前呼びしていたことを忘れていたほどに。
「わかった! じゃあ諒くんも、今から私のことも嵯峨根じゃなくて優奈ってよんで!」
まったくもってわけがわからない。
「それくらい呼んでやれよ。あと、これから部活動よろしくな?」
お前は何をいってるんだ。
「そうですね。もう信也さんも部員ですしね」
「は?」
俺の口から思わず間抜けな声が出た。
「諒がトイレ行ってる間に、入部したいって言ったんだよ」
「お前そんな人としての尊厳失うようなことを……」
俺は額を手で押さえた。
「な、失礼ですね。ちゃんといつも百枚くらい持ち歩いてた入部届けを、その場で書いてもらってたんです」
「お前どんだけ新入部員確保するつもりなんだ」
「その場で紙がなくて、あとから気が変わったと言われたら大変ですから。届けさえ書かせればこっちのもんです」
お前もなかなかあくどいな。
「まあまあ。これも国際社会ってやつです」
「意味わかっていってるのか?」
その後、二人と別れた俺と鈴風は、また二人で学校の近くの住宅街を歩いていた。
「今更ですが、お礼を言っておきます。毎日律儀に部活へ来てくれる諒さんには、ほんと感謝してるんですよ」
「そりゃあ行かなかったらお前に呼び出されるからな」
口ではそう言ったものの、最近そういった思考なしに部室へと向かってしまっている自分に気づく。
どういうわけか、俺は楽しいと思い始めてしまっているんだ。
鈴風との部活が。
鈴風と一緒に過ごす、この時間が。
まったく。わけがわからない。ここだけほんとオカルトチックだな。
「あのさ、鈴風。そろそろ教えてもらってもいいか」
「ん? なんですか?」
「なんで俺をこの部活に誘ったんだ? よりにもよってオカルトを否定している俺を」
俺は、前々から持っていた疑問を鈴風にぶつけてみた。
鈴風はそれを聞いて「んー」としばらく考えるそぶりを見せた後。
「諒さんがオカルト嫌いで否定しているから。だから私はあなたを超常現象研究会に誘いました」
とんでもない台詞を吐いた。
「え……?」
俺は鈴風の言った言葉の意味が分からず、思わず聞き返す。
「どういうことだ……?俺がオカルトをまったく信じてないと知ったから、だから俺を部活に入れようとしたのか」
「そういうことです。先々週、あなたが信也さんとそういう話をしているのを、偶然聞いたんです」
そうして先週の頭から、俺に付きまとうようになったと。
まったく意味が理解できない。
もっと詳しく話を聞きたかったが、鈴風は「じゃあ、私はこれで帰ります。諒さんまた明日!」と言い残して、さっさと走り去っていってしまった。
「鈴風……」
一人残された俺の口から、なぜか鈴風の名前がぼそりと零れ落ちた。