順子さんへの説得
「そうも単純にはいかないんだよ。信じてしまってる人間というのは、理詰めで説明してもなかなか理解してくれない」
「なぜ? どういう心理なのか理解できません」
お前が言うな。
まあいい。それを言い出すと話の腰がおれる。
「例えば、カルト教団というのは往々にしてインカレサークルを装って、大学の新入生を狙うんだが。鈴風、お前がもし登下校中変な大人に『我々の集会に参加しませんか』と言われても、絶対についていかないだろ?」
「そうですね。私なら逃げたう
えで、場合によっては通報します」
「じゃあ今度は場所と状況の設定を変えてみよう。お前は海外に一人で移住した直後。そこは全く知らない場所で、周りの肌や眼や髪の色も自分とは大きく違い、文化も言葉もあまりわからない。そんな状況で、日本人っぽい人に同じ言葉、『我々の集会に参加しませんか』と流暢な日本語で投げかけられたら、どうなる?」
「それは……。確かについて行ってしまうかもしれません」
「だろ?人間は安定している状況だと、きちんと物事を判断できるんだが、不安で出口が見えないとなると、判断能力が著しく低下するんだ。だからカルトも占い師も不安を煽る」
先ほどの佐藤で言うと、母親の病気をダシに不安感を煽る手法がそれにあたるだろう。
昼食を終えた俺たちは、持田祖母との集合場所へと向かった。
「あ、婆ちゃん。おーい」
四条大橋という、鴨川にかかる大きな橋。
その上で立っている老婆に向けて、持田は手を振った。
老婆はそれを見てにっこりと笑う。
俺たちは老婆に近づいてあいさつをした。
「どうも、彼のクラスメイトの渡辺諒です」
続いて鈴風と嵯峨根も同様に自己紹介をする。
「信也がお世話になっております。信也の祖母、持田順子です」
柔和そうな雰囲気の小柄な婆さんだった。孫との仲もよさそうだ。
こういう優しそうな人が悪徳な商売に引っかかるんだ。理不尽な話である。
俺たちは近くのカフェに移動し、順子さんから話を聞くことになった。
「実は、わたくしは、数か月前に夫を亡くしまして……」
順子さんの語りを簡単にまとめると。
順子さんの夫、つまり信也の祖父は、先々月に他界したらしい。
友達も少ないので夫と子供や孫以外との関わりがあまりなく、一人で悲しみに暮れている最中、例の占い屋の広告を見つけた。
そこでは親身になって佐藤が相談に乗ってくれて、同じく悩みを抱えた同年代が周りにたくさんおり、すっかり順子さんはあの占い屋の常連になってしまったようだ。
なんてことだ。典型的な変な商売にハマってしまう例じゃないか。こういうパターンだと、けっこう依存してしまって、なかなか離れられなくないんだ。
孤独な人間がそこで人間関係を作ってしまうと、抜け出すのは非常に難しい。ずぶずぶと浸かってどんどん金をむしり取られてしまう。
こういう人に対する説得はなかなか難しい。想像していた中で一番悪いパターンだ。なかなか根気強い対策が必要になる。
俺が今後の戦略を立てていると、突如として鈴風が立ち上がった。
それも、大層な怒りをその身に携え。
「順子さん。落ち着いて聞いてください。その占い師は、ただのインチキなんです。こーるどりーでぃんぐ?っていう手法で、あなたから情報を掠め取って話しているだけなんです!」
俺が戸惑うなか、いきなり鈴風は順子さんに向けてそう話し始めた。
その言葉には、強い怒りが籠っていた。
「おい、鈴風お前」
俺が止めようとするも鈴風は無視して、捲し立て続ける。
「その占い師はあなたのことなんて何も考えてはいません。あなたの心の隙に付け込んで、お金を奪おうとしているだけなんです。どうか気づいてください」
「鈴風!? どうしたんだよお前」
いったい何が起こっているんだ。
鈴風は冷静さを失っているようで、順子さんに向かってひたすら言葉を紡ぎ続ける。
「それを聞きたいのは私のほうです。渡辺さんのほうこそどうしたんですか。いつもみたいに、ちゃっちゃとあの店の嘘を暴いて広めちゃってくださいよ」
「言ったはずだろ。今回はそれで済むような問題じゃないんだって……」
それでも鈴風は納得しなかった。
「なぜですか!? 順子さんは騙されています! 騙されて、せっかく今は亡き旦那さんと共に積み上げてきたお金を奪われてるんです。今すぐにでも真実を教えて解放してあげないと」
それを急がないといけないのは確かなんだが……。
順子さんは中大路の言葉を聞いて、悲しそうに笑顔を作る。
「やはり……。そうだったんですね。なんとなく、それは感じていました」
「順子さん……」
こうなりゃ仕方ない。ことの顛末にたいして、最適なやり方をしていくしかない。
「しかし、高いコースに行くと、佐藤さんはわたくしの個人情報なんかもぴたりと言い当ててきました。こちらの動作だけで読み取れる情報とは思えません。それはどういうことなんでしょう」
「渡辺さん。説明してあげてください」
突然話を振られて、俺は戸惑う。幸いにして、なんの難しさもない話なので、俺は素直に答えることにした。
「……コールドリーディングとは別に、ホットリーディングという手法があります。これは、あらかじめ探偵を雇うなど、何らかの手段で相手のことを事前に調査しておくんです。上のコースは要予約であることを考えても、間違いないでしょう。その数日のラグを利用し、佐藤は調査をしていたんです」
類似業者で顧客名簿を作り、知った情報も共有するという手段もあるらしい。上のコースの高価さは、こういった必要経費の高さもあるのだろう。
「なるほど。通りで間違いがあったわけですね」
「心当たりが?」
「ええ。この子の父親は紛れもなくわたくしの息子なのですが、この子の父親の兄は旦那の連れ子です。なのにあの人は、以前『二人のお子さんをお腹を痛めて産んでいるのが見える』と言いました。わたしは一人しか産んでいないのに」
そうだったのか。
なるほど。探偵事務者などの力ではそこまで調べきれなかったのだろう。これは間違いなくホットリーディングを使っている証拠になりそうだ。
「やっぱりです! 諒さん。これにて解決、ですね!」
鈴風は安堵混じりの笑顔を向けてくるが、ことはそう単純ではないのだ。
問題はそこじゃない。
問題なのは、これだけ明確におかしな点があったのに、順子さんはあの占い屋から離れられなかったということだ。
人を依存させる連中というのは恐ろしいもので、おかしいと思っても被害者はなかなかそれを断ち切ることができなくなってしまっているのだ。
「とにかく、順子さんはもうあの店に近寄っちゃダメです!」
鈴風が念を押すように言う。もちろんこの説得で考えを改めてくれればいいのだが、そうもいかないことが多いからこそ大変なんだ。
順子さんは何分も何分も、一人でうつむき考え続ける。そうしてしばらく経ってから、「わかりました」と顔をあげる
「これから佐藤さんのところに行く予定でしたが、このまま河原町で買い物をして帰ろうと思います。キャンセル料はもったないないですけど。このままお金を取られ続けるよりマシです」
「順子さん……」
俺は呟く。
よかった。鈴風が突然憤慨し出したときはどうなるかと思ったが、結果的にうまくいったのなら言うことはない。