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第三の依頼人

「諒さん。鏡の前でやると危険な行為、鏡の前でやっちゃいけない行動って知ってます?」


 放課後。鈴風が昨日切り取ってまとめた新聞のゴミを、屑カゴに押し込みながら俺に問うてくる。

 俺はその質問に、しばらく考えた後返答する。


「太陽光やレーザーの光を映してそれを見る、とかかかな」

「そういう物理的な危険性じゃありません」

「じゃあ、駅でスカートをはいてる人のしたに鏡をかざしたり」

「そんな社会的破滅の危険でもありません!もっとこう……、心霊的なやつですよ。たくさんあるじゃないですか。鏡の前で手招きするとやばいとか。北向きの姿見の前で腕を組み、右足の爪先を見ながら右足を少し右に回してそのまま右を見るととんでもないものが現れるとか!」


 なんだそれは。鏡なんて所詮光を反射しているだけなんだから、そんなものあるはずがないだろうに。

 昔は鏡というものを異界に繋がる入口だとする考え方をする人が数多く存在した。メカニズムもわかっていなかった時代の人が、神器としても使われる貴重な鏡という存在に、ある程度の畏怖を抱くのは、まあ仕方のないことだといえるだろう。

 カメラだって日本にわたってきた当初は撮られると魂が吸い取られるという噂が立っていたらしいし。


 しかし今は違う。鏡のメカニズムもはっきりし、普通に工場で大量生産される時代。にも関わらず、鏡になにかオカルトチックなものを求めるのは、愚かだとしか言いようがない。


「あ、あと、他に危険だといわれるのは、鏡に向かって『お前は誰だ』と言い続けることですね。これはお手軽なのでやってみたいんですが」

「それは冗談抜きで危険だからやめとけ」

「お?これに関しては渡辺さんも鏡の持つ不思議な力を認めるんですか?」

「違う。心理学の用語でゲシュタルト崩壊っていうものがあるんだが、知ってるか?」

「ずっと同じ文字を書き続けてると、『あれこんな文字だったっけ?』ってなるやつですよね。知ってますよ」

「間違いじゃないんだが、別にそれがゲシュタルト崩壊のすべてってわけじゃない」


 気味の悪い脳の形をしたメロンパン入れを視聴者にプレゼントしていた、昔のトリビアを紹介する某テレビ番組がそう報じてしまったせいで、ゲシュタルト崩壊は文字に関する現象だけだと勘違いしている人がかなり多い。

 ゲシュタルト崩壊とは、文字に関するものだけでなくもっと広い概念だ。


 鏡に向かって『お前は誰だ』と、つまり『これは自分じゃない』と言い続けることにより、自分の存在に対してゲシュタルト崩壊が起こる確率が劇的に上昇する。あまりに長く続けていると、自分を自分と認識できなくなり、精神が崩壊するのだそうだ。

 ちなみにこれは実験データもあり、二十世紀前半、ナチスドイツが捕獲したユダヤ人に、一日数回鏡に話しかけさせ続けるという実験を行ったらしい。十日くらい経過したあたりから判断力が明らかに鈍り始め、三か月くらい経ったころには、完全に自分がだれかわからなくなって、廃人と化してしまったらしい。


「だから、鏡に向かって『お前は誰だ』と言い続けるのは、霊的な意味じゃなくて、心理学的、精神医学的な意味でかなり危険なんだ。わかったか」

「はい。物理の話と違って、これは大体理解できました」


 そりゃあよかった。


「心理学の興味深い実験といえば、中大路は『スタンフォード監獄実験』って知ってるか」

「いえ、知りません」

「これはアメリカのスタンフォード大学で行われた心理学実験なんだが」


 刑務所を模した施設を用意し、バイトの若い男二十人をランダムに看守役と囚人役半々に分け、二週間その役を演じて生活させるというものだ。

 だが、囚人役は本当に罪人のように振る舞い、看守役は囚人役を虐待し始めた。

 さすがにこれには学者側もまずいと思ったのか、十四日間かけて行われるはずだった実験は、わずか五日で中止となった。


「人間は役割を与えられただけで、それにしたがって暴走してしまうっていう実験だ。多分年取った教師ほど傲慢なのは同じ理屈があると思う」

「あ、わかります。今の担任ほんとひどいんですよー。なんか自分が教師だからってふんぞり返ってる感じ」


 よくあるよなそういうこと。無条件に『先生!』と何十年も呼ばれていると勘違いしてしまうんだろう。


「こんにちはー」

「嵯峨根さん。どうも」

「中大路さん、こんにちは。渡辺くん、さっき持田くんが探してたよ」

「あいつが?」


 一体なんの用だろう。

 その時、扉がコンコンとノックされる。俺はつい嫌な予感がして、背筋が凍る。

 これまで、こうやって部室の扉がノックされると、その主は確実に厄介ごとを持ってくるということが、俺の持つ統計データ(サンプル数2)によって示されているのだ。


「はーい」


 鈴風が扉の外に向かって呼びかけると、扉がゆっくりと開いた。


「持田。どうしたんだ」


 それは、俺のクラスメイトで転校後の最初の友人、持田信也だった。


「実は、お前らに相談があるんだ……」


 まずい。

 俺の頬に汗が流れる。

 見える。見えるぞ。持田がなんと言い出すのかは知らないが、この持田の相談がなんであれ、鈴風が「それは興味深い!」と言って調査に乗り出す未来が。そして俺が確実に巻き込まれるのだ。


「市内のほうで最近話題の、『占い処究命館四条』って知ってるか。そこの霊感商法を、お前らに暴いてほしい」


 俺は思わず額を押さえる。

 こうして持田によって、また俺のところに厄介ごとが持ち込まれたのであった。


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