表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/65

手作り弁当第二弾

 月曜日の朝。

 下駄箱を開けたら上靴が入ってた。

 ただそれだけのことなのに、俺はこの平穏に感謝する。

 俺は靴を履きかえて、廊下へ足を踏み出した。


「諒さん! おはようございます!」


 突如鈴風が現れる。

 そうしていつぞやのように、赤い顔で風呂敷包みを差し出してきた。


「お弁当、作ってきました!」

「……また変なメッセージ込められてるんじゃないだろうな」


 俺は前回のサブリミナル弁当とやらを思い出す。卵焼きのどこで切っても白身で「部活入れ」という文字が浮かび上がるのは恐怖だった。


「そんなことありません! ふつーっのお弁当です!」


 まるで信用ならない。

 だが今度こそ大丈夫だと鈴風が言うので、俺は警戒しつつも風呂敷包みを受け取った。

 そうしてこうして昼休み。俺は恐る恐る弁当箱に手をかける。


「お、お前まさか今日もあの子の弁当か?」


 いつもの通り俺の前に座った持田が尋ねてくる。


「ああ」

「ラブラブじゃんか。はたから見たらカップルにしか見えないよ」

「ああ」

「ええ!?」


 教室の向こうで、一人の女が声をあげた。

 ずかずか歩み寄ってきて、「どういうこと?」と言葉を発す。

 嵯峨根。なぜこの騒がしい昼休みの教室で、そんな遠くから声が聞こえるんだ。地獄耳ってやつか。


「渡辺くんと中大路さん、付き合ってるの?」

「そんなことないって。勘違いしないでくれ」

「じゃあ、何で弁当なんて」

「知るか」


 そう見えると言うことは自覚しているが、ゆえに俺はそれが気に入らなくて仕方ないのだ。あまり言わないでほしい。

 第一、どこにあんな「部活入れ」というメッセージの詰まった弁当を渡されるカップルがいるというのか。さらに、作った側が「弁当箱は洗って返せ」と言ってくるなんていうのも聞いたことがない。

 俺は相当おぞましいものが中にある可能性まで考えて、思わず目を閉じながら蓋を除いた。


「おお! すげえ」


 持田が感嘆する。それでも俺は怖くて目が開けられなかった。


「渡辺。大丈夫だよ」

「ほんとか?」

「ほんとだって、旨そうな普通の弁当だ」


 俺は持田の言葉を信じて、薄目をあける。

 そこには、なんの変哲もない弁当があった。

 右半分は黒ゴマのかかった白米。真ん中に梅干し。

 左半分は、トンカツと野菜炒めと蒸したであろうさつまいも、それと卵焼きだ。

 パッと見てわかるおかしな点はない。あと残る問題は……。

 俺は恐る恐る卵焼きを持ち上げる。極々普通の白身と黄身が成す乱雑な模様。特に問題なさそうだ。


「じゃあ。いただきます」


 まずはトンカツを一切れ、口に運ぶ。


「……っ!?」

 

 俺は驚いた、そのあまりの美味しさに。

 弁当のものとはとは思えないさくりとした衣。中の豚肉は一噛みするごとに肉汁がぶわりと溢れる。ソースも自家製だ。市販のものじゃこのクオリティは出せない。

 俺は無我夢中で弁当をむさぼった。他の料理も相当質が高く、あっという間に平らげてしまう。


「そんなによかったのか」

「まあな」


 これは素晴らしい。前回のひどさが嘘のようだ。これは早速礼を言いに行ってやってもいい。

 俺は上機嫌で教室を出る。流しで弁当箱を洗って、そのまま部室へ赴いた。


「お、諒さん。こんにちは」

「ああ、こんにちは。鈴風」


 素直に挨拶を返した俺に、鈴風は目を見開く。


「諒さん。一体どうしちゃったんですか。熱でもあるのでは?」

「失礼すぎるだろお前。俺はただ、弁当の礼を言いに来ただけだ」 

「ええっ!? なんて珍しい。今日は槍か鮫かゴキブリでも空から降ってくる日ですか?」


 お前のなかでの俺の認識について小一時間問い詰めたいところだが、それをやっているときりがないので、今日のところは見逃してやることにする。


「その……、旨かった。ありがとう」

「そうでしたか。それはよかったです」


 にっこり笑う鈴風。


「自分で作ったのか」

「え、え、えええっと、えっと、その……」


 しどろもどろになって目を反らす。


「母親だな!? 母親に手伝ってもらったな?」

「それはないです。うち父子家庭なので」


 さらっと衝撃の事実を口にするな。どう反応したらいいのかわからなくなる。

 鈴風は「でもでもっ!」と叫ぶ。


「そりゃ半分くらいはお父さんに手伝ってもらいましたよ? けど」


 ああそうか。まあ作ってもらった立場で偉そうなことは言えないさ。半分は鈴風が作ってくれたのなら、それで十分だ。


「もう半分は、妹です」

「お前の貢献はどこだよ」

「風呂敷で包んで、学校まで運んできました」

「それだけ!?」

「私料理苦手なんです」

「とてもそうは見えないけどな!」


 先日の怪異卵焼きに比べたら、ほとんどの料理はお前にとって児戯に等しいと思うんだが!?


 これ以上話していたら、昼間から突っ込み疲れで倒れそうだ。どうせ放課後も呼び出されるのがわかりきってるので、昼間は離れさせてほしい。俺はそう思って、さっさと弁当を置いて、部室を去ろうとした。


「あ、諒さん。待ってください」

「なんだ。今日はちゃんと洗っておいたぞ」

「蓋にまだソースがついてます。油汚れも取りきれてません」

「意地悪な姑かお前は」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ