こちら超常現象相談窓口
「渡辺さん」
放課後、教室に押しかけてきて余計なことをされる前にと、嫌々ながら部室へ足を運んで宿題のノートに筆を走らせる俺に、中大路が呼び掛けてきた。
「これに対する意見を聞かせてください」
中大路は数枚の紙をテーブルの上に置きながら言う。
「なんだ? それは」
「超常現象研究会に持ち込まれた相談の数々です。前までは部のポストはずっと空だったので放置してたのですが、さっき見たらなんといくつか手紙が入ってたのです」
中大路に相談するなんて、なかなか変なことを考える奴もいるものだ。
「どうせただの冷やかしだろ」
「そういうのもありましたが。いくつか本物っぽい相談がありました。例えば、この『おばあちゃんが昔ツバメが低く飛ぶと明日は雨になると言ってましたが、本当ですか』という相談なんかは」
「それはただ湿度が高いと餌の虫の羽に水分が付着して高く飛べなくなるから、それをツバメが食べに来てるだけだ」
これはわりと常識だと思っていたのだが。小学校の理科の教科書にも載ってたりするだろ。
「じゃ、じゃあこの『ひとりかくれんぼをやってみてください』っていう相談はどうでしょう。ひとりかくれんぼというのは、まず丑三つ時に、お米とぬいぐるみと赤い糸を用意して……」
「あれはどっかの大学のサークルだかゼミだかで、都市伝説の広まりを調べるために流布したただの作り話だぞ」
「そうなんですか!? えっと。じゃあこれはどうでしょう。『異世界に行く方法を検証してください』 やりかたは、まずエレベーターに乗って4階、2階、6階、2階、10階の順で移動し、そのあと5階に……」
「迷惑すぎるだろ。それにこのへんに10階以上の建物ってそうそうないし」
府の景観条例とやらで、あまりでかい建物を作ることができないらしい。俺もここに引っ越してきてから見た10階以上の高さがあるでかい建造物は、隣町の京都タワーくらいだ。
「そんな! 異世界に転移して、悪役令嬢としてイケメンに囲まれて逆ハーレムでうはうはしたかったのに!」
なんて汚い邪な動機だ。
「もう! 渡辺さんは夢がないですね!」
お前が夢を見すぎなんだよ!
「あーもう。これはあれですよ。渡辺さんには夢壊した責任として、私を引き取る義務があると思います」
「意味がわからん」
そもそも一体なんなんだこのくだらない投書の数々は。半分以上が、オカルト現象を引き寄せる行動を代わりにやってみてくださいっていう話ばかりじゃないか。俺はyoutuberじゃないんだが。これやったら金くれるのか?
多分、こういう投書しているやつの大半が、自分でやってみるのは怖いから、俺たちにやってほしいと思っているだけなんだろうな。情けない話だ。
「っていうか、渡辺さん。ひとりかくれんぼの真相にしてもそうですけど。オカルト嫌いって言う割には詳しくないですか?」
「嫌いだから、だよ」
某子供向け人気ハムスターアニメのアンチは、他の追随を許さない圧倒的知識で、擁護者を論破し続け有名になった。それと同じだ。嫌いだからこそ、それを否定するために知識をつけるんだ。
神頼みだの超常存在への懇願なんて、どれ程意味のないことか。
「うっわ。なんて後ろ向きな鍛練」
うるさい。
「渡辺さんってよくミステリー読んでますよね。辛気くさくないですか?」
「ああ!?」
こいつ、すべてのミステリーファンに喧嘩を売りやがった。
「今の発言は聞き捨てならんぞ。オカルトだのなんだの。そんな妄言吐く奴等を、名探偵が論破していくのがいいんだろ?」
俺はミステリーの中でもそういう話が特に好きだ。有名どころだとTRICKや金田一少年なんかが該当する。
俺はああいう名探偵こそがかっこいいと思うのだ。
「私はそれこそ夢がないと思うのです。全部説明しちゃったら、なんにも面白くないじゃないですか!」
「夢がないもなにも、そもそもこれらの投書への意見を求めてきたのはお前の方なんだが?」
俺の言葉は、中大路の右耳から入って、左耳から出ていく。
「おっと。そろそろ、草壁さんが渡り廊下で伊藤さんの霊を見たという時間が近づいてきました。視察に行きましょう」
中大路は俺の発言を無視し、わざとらしく左腕につけられた時計を見る仕草をした。
「お前時計してないだろ。今ちらっと部室の時計見てたろ」
「見てませんよ」
嘘つけ。絶対見てたぞ。あとなんだその黒いマジックで左手首に描かれた時計のような絵は。
中大路はすたこら歩き、部室の扉を開け「早く」と言って、部屋から出ることを促してくる。
なぜか俺がワガママかなにかで部室を出たがらないかのような態度を取られているが、いちいち全部突っ込んでたらキリがないので俺はペンを置き、半分諦めて席を立つ。
まあいい。大事なのはここからの捜査だ。ここできっちり伊藤の怨念なんて言う草壁たちの世迷い言を否定して、さらには中大路に認めさせなければならない。これが成功するか否かに、俺の高校生活がかかっているのだ。
俺は中大路の後を追い、問題の現場である三階渡り廊下へと向かった。