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大きな一手


「ありがとうございます。最後に、休憩の様子を教えてください。ひょっとして高橋さんは、白い半透明のソーサーから注がれた水を出されませんでしたか」

「はい……。喉が渇いたでしょうと言われ、水を出されました。もう一杯飲ませてほしいといったのですが、『神に会う前の水分補給は最低限にしておかなければならない』と言われ、二杯目はもらえませんでしたね」

「…………………………なるほどな」


 俺の想像していた方法と矛盾するところが一切ない。まず間違いなく「アレ」だろう。

 今の高橋さんの証言「二杯目の水をもらえなかった」という話は、かなり重要な証言だ。


 高橋さんがトイレに立つ。俺は慌てて後をついていった。

 男子トイレのなか、小便器の前に立って、今にもチャックを下ろそうとする高橋さんの肩を叩いた。


「待ってください」

「君はさっきの……。どうしたんですか?」

「高橋さんに、協力してほしいことがあります」


 俺は高橋さんにしてほしい協力、というものを告げた。彼は頭に疑問符を浮かべながらも、快く協力してくれる。


 これだ。これこそが、重要な一手なんだ。


 その後高橋さんは家族から呼び出されたらしく「それでは僕はこれで」と言い残し、中大路のパンケーキ代をも含む俺たちの飲食代まで払ってくれた上で帰って行った。


「明らかに、おかしいよね」


 嵯峨根が言う。


「ああ。そうだな」

「そもそも、唱えさせられたあの呪文って、イシコリドメっていう神様と繋がる呪文なんだけど、さっき高橋さんの言っていた体験は、イシコリドメの神秘とは全然違うもの」

「そっちかよ」


 嵯峨根の指摘は、俺の考えていたものとは全く違うアプローチからの批判だった。


「そっちかよ、って。じゃあ渡辺くんは、瑞楽神社がなにをしたのかわかってるの?」

「ああ。元から大体目星はついてたが、今の高橋さんの話で決定的になった。あとはトイレにおいてあるあれだ。あれをしかるべき場所に持っていけば、あいつらは完全に詰むはずだ」


 俺の恐れていた事態が起こっていなければ、の話だが。


「あれって、なんのことですか?」

「高橋さんの小便だ」

「渡辺さんとうとう狂ったのですか?」


 狂ってない。


「嵯峨根。お前の父さんを通して、高橋さんの尿を警察に持っていきたい。俺たちが騒ぐより、名のあるお前の父親が言った方がいいだろう?」

「うん、わかった。聞いてみる」


 嵯峨根が電話している間、中大路は不満そうに頬を膨らます


「どうした?」

「どうしたもこうしたもありませんよ。女の子の前でおしっこのはなしするなんて、デリカシーの欠片もありません」

「お前、デリカシーもへったくれもないだろ」


 それにこれは事件の捜査だ。お前の部活に持ち込まれた依頼を解決するのに必要な行動だ。


「そんなことはどうでもいいのです! 私が言いたいのは、このあとリンゴジュースが来ることです!」


 直後店員がやってきて、「お待たせいたしました」とグラスに入った黄金色の液体を置いていった。


「なんというか、すまんかった」


 さすがに良心の呵責を感じた俺は、素直に謝る。


「せっかく高橋さんが奢ってくれたのに、飲む気も消えちゃいました」


 ズゴゴゴゴ、とものすごい音を立てて、中大路は数秒でジュースを飲み干した。

 お前のその行動のどこら辺が、飲む気失せた人間の行動なのか。

 中大路と無意味な会話をしているうちに、嵯峨根は電話を終えたらしく、


「お父さんに了解とれたよ。車で来て、この店の表で待ってるから持ってきてって」

「あれ? けど誰が運ぶんですか?」


 中大路の言葉に、俺たちは静まり返る。

 二人とも、なぜそんな目で俺を見る?


「こういうのはですね。男性のことは男性にって感じですので」

「うんうん。私もそう思う」

「多数決とりましょう、渡辺さんがやるべきではないと思う人!」


 俺は手をあげる。二人は澄まし顔で手はお膝。


「じゃあ渡辺さんがやるべきだと思う人!」


 中大路と嵯峨根がぴしりと挙手。なんでこんなときだけ元気一杯なんだ。

 俺は渋々男子トイレに戻り、高橋さんの尿が入ったピペットを回収した。俺が瑞楽神社からの道中に、薬局で買っておいたものだ。この領収書も中大路に押し付けたのは言うまでもない。

 店の外に出た俺に、先に出ていた中大路が物珍しそうに声をかけてくる。


「そんな容器を使うんですね。飲むんですか?」

「今すぐお前の口にねじ込んでやろうか」


 実際は大事な証拠候補をそんな雑に扱うわけないが。


「ひ、ひどい! 渡辺さんは、そのそそり立った一物を私の穴という穴にねじ込むというのですね!?」


 お前は何をいってるんだ。


「やめてください! 目と耳と鼻の穴だけはやめてください!」

「他はいいのかよ」

「あ、パパの車だ!」


 嵯峨根が道路を指差し叫ぶ。ぶんぶんと手を振って、車の到来を歓迎した。

 車から降りてきたのは40代半ばくらいの男性。心なしか、嵯峨根と似ている気がする。


「君が渡辺くんか。優奈から話は聞いてるよ」

 

 嵯峨根父は、俺からピペットを受け取りながら言う。


「いつも娘は君のことを家で良く語っている。今回の件といい、君には本当に頭が上がらない」


 そうして頭を下げてきた。嵯峨根が俺のことをいいように話しているのは意外だ。てっきり「クラスの転校生の男に信心が欠片もない」とでも言われているのかと思ってた。


「ちょっとパパ!? 何言って……」

「今すぐ警察に行ってくるよ。それじゃあね」


 そう言うが早いが、嵯峨根父は再び車に乗って、警察署のほうへと向けて車を走らせ始めた。


「よし。じゃあ戻るか。瑞楽神社に」


 俺は言った。

 理由は決まりきってる。

 この事件の決着を、着けるためだ。


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