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神を見たという爺さん

 それから俺は嵯峨根に頼み込み、嵯峨根家が経営する神社に相談に来たという、瑞楽神社の神に会える儀式を木曜日に行った爺さんに会わせてもらうことができた。


 瑞楽神社がしでかしている、とんでもない犯罪の手口に関しては、すでに概ね想像がついている。実際に話を聞いて、もしこの説が正しそうであれば、一刻も早く証拠を確保しなければならない。


 嵯峨根の父親がその人に頼んでくれたらしく、俺たちは瑞楽神社を追い出されたその足で、嵯峨根家の近くにある個室喫茶店でコーヒーを飲みながらその人の到着を待った。


「渡辺さん。いい加減教えてくださいよ」


 俺と嵯峨根がコーヒーだけを注文している中、一人だけ巨大なパンケーキを注文し、ナイフとフォークで切り分ける中大路が俺に問うてくる。


「むぐぅ……、一体、どういうことなんですか? あ、この生クリーム美味しい。もぐぅ。ぷふぁあ。渡辺さんの行動の意味もです」


 口一杯に頬張りながら喋るな


「中大路。お前、魔女裁判って知ってるか」

「アメリカのセイラム村のやつでしたっけ?」

「その通り。あれはよく集団心理が暴走すると、恐ろしいことになるという事例で紹介されることが多い」


 魔女裁判とは、簡単に言うと17世紀アメリカで、多くの女性が民衆から魔女と因縁をつけられて、つるし上げられ、一部が処刑された事件だ。


「そうですね。で、その事件がどうかしたんですか」

「あの事件の原因、彼女たちを魔女だと皆が思った原因としては、未だに諸説あるんだ。たとえば集団ヒステリー、そして一番有力とされている説が『麦角菌』説だ」


 麦角菌とはイネ科の植物に寄生する菌で、寄生された作物を食べると、ひどい時には幻覚作用を生むらしい。セイラム魔女裁判は、この幻覚作用によって女性たちが魔女と呼ばれたのではないか、という説が一番有力視されている。


「よくわかりませんが……。瑞楽神社はその麦角菌とやらを使っているといいたいのですか? しかし何も食べさせられた覚えはありませんし……」

「ああ、それに関してなんだが、麦角アルカロイドという物質があって」


 俺が中大路にそこから作られるある薬に関する説明をしようとした、その時だった。


「どうも、こんにちは」


 その時、個室の扉が開き、一人の男性が中に入ってくる。

 年は確かに七十くらいだろうか。やや白髪交じりの、細見で柔和そうな人だ。


「どうも、優奈さん。お父さんにはいつもお世話になっております」


 爺さんは俺たちの向かいに座りながら言う。


「いえ。高橋さん。こちらこそ突然来ていただいて、ありがとうございます」

「かまいませんよ。仕事のない年寄は暇なもので。それに、こちらから嵯峨根さんに相談したものですから」


 高橋さんは店員を呼び出して紅茶を注文する。しばらく四人で雑談を続け、店員が紅茶を持ってきた段階で、俺は姿勢を正した。


「今日高橋さんに来ていただいたのは他でもありません。瑞楽神社で行われた儀式のことを教えていただきたい」

「ええ。わかっています」


 高橋さんは紅茶に口をつけながら語り始める。


「そもそもこの儀式に参加した動機ですが……。この年にもなると、特に病気などがなくても、そろそろ死ぬ準備というものを考え出します。お遍路というのは、みなさんも聞いたことがあるでしょう」


 四国地方の八十八か所をめぐる旅というやつか。あれは今時すでに形骸化した名目ではあるが、元々は死の用意のためにやるものという側面が強かったらしい。


「しかし僕は足腰が弱いというのもあり、それは到底できそうにありませんでした。まあ今はバスで八十八か所を巡るツアーなんかもありますが、僕はそれは何か違うと思いました。そんなときに知ったのが、瑞楽神社の『儀式』です」


 そして高橋さんは大枚をはたいてその儀式を受けたらしい。


「それで、神様には会えたんですか」

「ええ。個室に通され、呪文を唱え続けて10分ほど経った頃でしょうか。周囲に虹のような色彩豊かな世界が見え始め、きれいな模様が僕を包み始めました。自分と周囲の境界線が曖昧になり、世界と一体化した間隔すら感じましたね。そこにあったのは、ただただ幸福という感覚でした」


 やはりそうだ。俺の思っていた通りの状況だ。どうやら、考えていた説はほぼあたりだったと考えていいだろう。


「それで、神様とは会話できたんですか」


 中大路が問う。高橋さんはゆっくりと首を振った。


「会話、と呼べるようなものは記憶にありません。しかし、確かに神は僕のことをはっきりと見守っていてくれていることがわかりました。神に肯定されている感覚は、これ以上ないくらい至福のものです」


 高橋さんは長々と『神に出会った』話を語り続ける。


「あと、儀式の内容だけ教えてもらえませんか。そこに至るまでの」

「それは駄目です。守秘義務があるので」

「俺たちは途中までとはいえ、同じ儀式を受けた者同士なんだからいいでしょう。じゃあ、俺たちが途中まで受けた儀式の流れを言いますから、高橋さんはそれと同じだったかだけを答えてください」

「それなら、まあ……」


 そして俺は先ほどの記憶を頼りに、儀式の様子を訪ねていく。休憩までは概ね俺たちと同じようで、あの休憩の直後、真っ暗な一畳ほどの個室へと通され、そこで高橋さんは「神を見た」のだという。



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