神社の娘の修行ってなんだよ
「ど、どういうことなんですか。えっと、嵯峨根さん、でしたっけ?」
「そうだよ。中大路さん」
「私のこと知ってるんですか?」
「そりゃあお前はこの学校の有名人だよ。変人という意味で」
お前は俺のクラスメイトの顔なんか覚えていないのかもしれないが、俺のクラスメイトたちは間違いなくお前のことをはっきりと覚えてるぞ。
「じゃあ嵯峨根さん、そのお話を詳しく聞かせてもらえますか」
「あ、うん。わかった」
嵯峨根の語る話はこうだ。
先日、嵯峨根の家が経営する神社の神主である父親のところに、ある相談が持ちかけられたらしい。
隣町の瑞楽神社というところで、『神に会える』という噂が神仏関係者や信仰心の強い人間の間で広まっているというのだ。
なんでも、そこである特別な秘伝の儀式を受けると、祀ってある神に直接会い対話することができるのだという。
しかし、嵯峨根が親子でその神社に行ってみても、特に特別な神性は感じられなかったのだそうだ。つまり本当に神に会えているとは到底思えない。
『神性を感じる』という言葉の意味はまったく分からないが、嵯峨根がそう言っているのだから仕方ない。
「嵯峨根さん。そういう力があるかどうかその場所に行けばわかるんですか?」
「まあね。これでも神社の娘で、幼いころから修行してるから」
「すごいです! 神職の方ってやっぱりそういう力を持ってるんですね!」
アホらしい、と言ってやりたいところだったが、また変な説教が始まるのは御免なので俺は黙っていることに決めた。
まあ、嵯峨根の力に関しては信じていないが、その神社に行けば本当に神と対話できるなどというのはただの嘘っぱちだという意見には同意する。
「渡辺くんは、どう思う?」
「どう思うって、言われてもなあ」
考えられるのは、何かの映像トリックだろうか。鏡やガラスを使って空中に映像を映し出す手法は、昔からマジックショーなどでよく使われている。あと会話に関しては適当にボイスチェンジャーでも使って話しているように見せかけるとか。
宗教団体に関わるのは避けたいのだが、生憎うちにはこんな話を絶対に見過ごしてくれない奴がいるわけで。
「私も神様に会ってみたいです! どうすればその儀式を受けられるんですか!」
ほら来た。中大路ともあろう人間が、これをスルーするわけがない。
「なんだか、そこの神主さんの特別な許可と、けっこう沢山のお金が必要みたい」
「そうですか……。残念です」
いいぞ嵯峨根。その調子で中大路を諦めさせてくれ。
それにしてもこすい商売だ。適当にでっちあげた神を見せて金を取るなんて、歴史ある神社だかなんだか知らないが、変なカルトとやっていることは何も変わらない。
「けど、嵯峨根家の紹介なら特別に安くやってもらえるみたい。お父さんは今度の土曜日忙しくて行けないから、代わりに私と一緒に二人にも行ってみてほしいなあって。お代は嵯峨根家が持つから」
「おいやめろ……」
「なんですと! そ、それは本当ですか嵯峨根さん!」
中大路が大層興奮した様子で問う。
「危なすぎるだろ。そんなところに行くなんて」
「瑞楽神社自体はけっこう歴史のある、ちゃんとした神社だし大丈夫、だと思う」
不安すぎるだろその言い方。
「それにみんな無事に帰ってきてるから。変なことはされないはず」
「そうですよ! ちゃんとした神社なのであれば、問題あるはずがありません!」
目を輝かせる中大路。こいつは何を言っても止まらないだろう。いくらなんでも女子高生二人でそんなところに行くなんて危険すぎる。俺は「女の子は守ってあげないと!」なんていうタイプではないのだが、さすがに放ってはおけなかった。
「わかったよ。俺も行ってやるよ。ただし、危うくなったらその時点で帰るんだぞ。いいなお前ら」
「わかってますよ」
俺は知ってる。中大路のそんな言葉など、選挙前の政治家の公約よりも信用ならないという事実を。
「渡辺さんも来てくれるようでうれしいです」
「嵯峨根。けどなんで俺たちに頼むんだ? やっぱり中大路ならついてきてくれそうだからか?」
「それもあるけど……」
やっぱりあるのか。
「それよりも、渡辺くんが草壁さんの嘘を見抜いたからっていうのが大きいかな」
「は……?」
なんでこいつその話を知ってるんだ。
「伊藤さんの怨霊が草壁さんたちを苦しめてるって話を聞いて、私慌てて渡り廊下を調べたんだけど、伊藤さんの霊なんてどこにもいなかったの」
頭が痛い。いったいこいつはなにをイカれたことを言ってるんだ。
「なのに伊藤さんの霊が関係した人を苦しめてて、しかも中大路さんがそれを解決したって聞いたから、私問い詰めたの。草壁さんに。そしたら草壁さん、全部白状してくれたんだ。渡辺くんがそれを見破ったことも」
なんてことだ。草壁のせいで次の厄介ごとがここに持ち込まれたというのか。
やはりあの女には文句の一つもいってやらねばならない。
嵯峨根は俺に向かって頭を下げる。
「お願い、渡辺くん。瑞楽神社の嘘を暴いて」
こうして、俺は再びオカルト事件に巻き込まれることになるのであった。