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第二の依頼人

「ハロー渡辺さん。どうしたんですか」

「ハローじゃねえ! なんだあの弁当は!」


 弁当を完食し、俺は空箱の入った風呂敷づつみを持って、超常現象研究会の部室へと駆け付けた。

 

「どうですか? 部活入りたくなったでしょう」

「なるかっ!」


 あの海苔文字なんて序の口だった。卵焼きなんて、どこでカットしても白身で『部活入れ』という文字が書かれてるのだ。

 金太郎飴か。お前の謎技術のほうがよほど怪異だよ!

 唐揚げの方はやけに細長いと思ってたら、『入部』という文字を成していた。


「なんですと!? 私のサブリミナル弁当が効かなかったというのですか!?」

「そんな意図だったのかよ! 怖すぎるわ!」

 

 サブリミナルとは、昔アメリカの映画館で行われた心理学実験だ。映画のコマに、意識できないほどの短い時間、広告を流した結果、その日のコーラやポップコーンの売り上げが激増したという。

 人間は無意識に断続的にメッセージを送られると、それが刷り込まれるという話だ。

 ちなみにこれは衝撃的ではあるものの再現性などが取れておらず、オカルトの類いにすぎないという見方が、最近の心理学におけるサブリミナルに対する考えの主流だ。


 今日のこいつはなんだ。いつにも増して勧誘が強引だぞ。


「とにかく、弁当箱置いてくぞ!」 

「あ、待ってください!」


 なんだ。


「お弁当箱、洗ってから返してください」


 なんて抜かりのないやつだ。






「渡辺さん。マーフィの法則って知ってますか」


 放課後、徹底的に綺麗に洗った弁当箱を返しに来た俺に、中大路が問うてきた。


「あれだろ? 『傘を持って出たら雨は降らず、傘を持たずに家を出れば雨が降る』ってやつ」

「そうです。『バターを塗った食パンを落とすと、必ずバターを塗った面が下になる』というものです」

「馬鹿らしい、そんなの偶然に決まってるだろ」


 心理学の用語で、確証バイアスという現象がある。そういう法則が成立すると思って生活をしていると、それが成立した記憶だけが残りやすいというものだ。

 そもそも人間の学習の仕組みからして、悪いことのほうが覚えていやすい。そのマーフィーの法則とやらも、そういうカラクリによってできたものだろう。


「あと、俺も詳しいことは知らないが、確か物理的にバターを塗った面が下になる確率がかなり高いらしいぞ」

「そうなんですか?」


 だからマーフィーの法則でもなんでもない。


「バター猫のパラドックスという現象もある。これはただのジョークで、『猫はどんな風に落としても足を着いて着地する』と『バターを塗った食パンは下を向いて落ちる』という話を組み合わせると、『バターを塗ったパンを背中に張り付けた猫は、永久に回転し続ける』というパラドックスだ」


 これはさすがに極端な例だが、オカルトの謎法則を信じると、大なり小なりこの手の矛盾に行き着いてしまう。


「物理と猫といえば、シュレディンガーの猫というのも不思議なお話ですよね。猫さんが生きていてかつ死んでる状態で、箱を開けてみるまで不確定だななんて」

「あれは知名度高いわりにほとんどが誤用だけどな」


 ちなみに中大路の解釈も間違いだ。

 量子力学的には観測者が箱を開けた時に、中の猫が死んでいるか生きているかが確定する。つまり箱を開けるまでは生きている猫と死んでいる猫が同時に重ね合わせで存在していることになるという話。

 しかしこれはシュレディンガーさんが量子力学を批判するために「そんな考えを認めるとこんなおかしな状況になるよ」という主張のために発表した思考実験であり、要はさきほどの「バター猫のパラドックス」と同じだ。


「ちょっと話が逸れちゃいましたね……。あ、そうそう。草壁さんたちの件を解決したことで、けっこう私たちの評判が学校中に広まりつつあるそうですよ」

「らしいな」


 この事実を知って、今日の俺は頭を抱えた。


 どうやら草壁が俺たちのことを「心霊現象を解決する能力が非常に高い有能集団」として広めたらしい。

 なんて余計なことをしてくれたんだ。草壁への怒りから、もう先日の事件にまつわるすべての真相をばらしてやろうかと思ったが、さすがにそれはやめておいてやることにした。


「なのでもしかしたら、つぎの依頼人が来るかもしれません」

「馬鹿らしすぎる。やってられるか」

「渡辺さんは意地悪ですねー。中にはひとつくらい本物があるかもしれないじゃないですか」


 なわけないだろ。

 その時、部室の扉がノックされる。廃部を言い渡しに来た教師である可能性に期待して、俺は扉の方をみた。

 中大路が「どうぞー」というと、がちゃりと開かれる。

 俺はその人物を見て、つい動揺してしまう


「嵯峨根……」

「渡辺くん。やっぱりここにいるんだ」


 嵯峨根優奈。俺のクラスメイトだ。神社の娘で非常に信心深く、先日も俺に謎の説教をしてきたあの女だ。


「なんだ。俺に用か」

「うん。まあ渡辺くんっていうより、この超常現象研究会に相談なんだけど……」

「お! 依頼人ですか。歓迎しますよ!」


 中大路は椅子を引いて「ささっ! こちらへ!」と促す。俺の時とはえらく異なる対応だな。


「ありがとう。さっそくなんだけど、二人は、隣町の『神に直接会える神社』の噂は聞いたことがある?」

「直接会える? 普通の神社もそういう体でやってるんじゃないのか? お前のところもそうだろ?」

「ううん。直接っていうのはそういう意味じゃなくて、ほんとにそこである儀式をすれば、誰でも、人間の形をした神様の姿を直接見ることができて、その神様と話すことができるみたいなの」

「なんだと……?」


 この嵯峨根の相談こそが、次なる事件の始まりとなるのだった。


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