中大路の猛攻
下駄箱を開けると入部届けが入っていた。
「………………………」
朝の昇降口。俺は往来の最中で立ちすくむ。
「よう。渡辺。どうしたんだ。固まって」
「ああ、持田か。おはよう。あのさ、これ、なんに見える?」
俺は下駄箱の中を指差す。
そこに見えるのは白い物体。だが俺がここを開けるとき期待していたものは、もっと靴の形をしていたはずだ。
ぴったりと底面に敷き詰められた、学校の発行する書類ではない。
「なにって、紙だろ?」
「だよな」
俺の見間違いや幻覚ではないらしい。
くるっと小さく丸まった字。たぶん中大路の字だ。
『2年D組出席番号43番 渡辺諒 超常現象研究会に入部を希望する』
ボールペンで書かれた文字のしたに、「ここにサインだけお願いします!」と鉛筆で矢印が書かれていた。
持田は俺の後ろから肩に顎をのせ、中大路の紙を覗いてくる。
「なんだこれ」
俺が聞きたい。
「なんでもない。ちょっとしたストーキング被害だ」
俺は入部届けをぐしゃりと握りつぶした。
「お前、ずいぶんあの後輩から好かれてるんだな。あんなかわいい子に慕われるなんて羨ましい」
まったく。強引なことをしてくれる。
俺は持田の妄言を無視して靴下で部室棟に向かい、あのバカがいる部屋の扉を開く。
「あ、渡辺さん。おはようございます。朝から来るなんて熱心ですね。部長としては嬉しい限りです」
「おはようございます、じゃないだろ」
俺は溜め息をついた。
「返せ。俺の上靴」
「上靴? なんのことですか? 知りませんよ」
「知らない……? こんなことするのはお前くらいだろうが」
「すみません。前々からいってた通り、最近年のせいか物忘れが激しくて、渡辺さんの下駄箱に何をしてても記憶にないんです」
まだ16だろお前。
俺は先程下駄箱に入っていた皺まみれの入部届け、それを取り出しビリビリ破ってゴミ箱に叩き込んだ。
「あー! せっかく私の書いてあげた入部届けが!」
中大路は「しまった!」という表情で口を塞ぐ。いや、お前が犯人などということは、誰がどう見ても俺が下駄箱を開いた瞬間からバレバレなのだが。なぜうまくやれば誤魔化せるなどと思ったのだろうか。
「………………」
「………………」
「……………………」
「……返せ。俺の上靴」
中大路は心底ばつが悪そうに、机の下から俺の上靴を取り出した。
「ですが信じてください。私は純粋に渡辺さんに報告したいことがあっただけなのです」
「その発言は信じないが、なんだ。言ってみろ」
「いじめ三人組の一人。渡辺さんがぱっつんと読んでた人が、昨夜救急車で運ばれて入院しました」
「そうか……」
思ったよりかなり早かった。影響されやすい人間でも、少し体調不良を感じるのに数日はかかるものだが。
なにはともあれこれでいい。一人倒れればあとはトントン拍子だ。その事実が次の病人を産み、ドミノ倒しのように被害が広がるはずだ。あとは草壁の手腕に期待しよう。
「そんなことより、渡辺さん。今日はお弁当お持ちじゃないですよね?」
何を言い出すんだいきなり。
なぜか中大路はもじもじと赤面。歯切れ悪く「どうなんですか?」と問うてくる。
「今日は、もなにも、俺は毎日昼は食堂だが」
これまでなんども中大路は食堂で昼食を食う俺のところに押し掛けてきていた。だから中大路もその事実は知ってるはずだ。
「ですよね!? じゃあ……!」
中大路は、何やら風呂敷包みを俺に差し出す。
「お弁当っ、作ってきました! 食べてください!」
「え……?」
突然の珍事に、俺の頭はついていかなかった。
これまたなんて古典的な。
「変な薬でも入ってるんじゃないだろうな」
「そ、そんなわけないじゃないですか。私の、渡辺さんへの気持ちを込めて作りました。ぜひ、食べてください!」
なんだ。これは。
告白かなにかだろうか。
赤面し一生懸命に言ってくる中大路に、さっきまでのウザいしつこさはどこにもなく、なんだかとても可愛らしく思えた。
「わかった。ありがとうな」
俺は弁当箱を受けとる。これで食費が浮いたので、帰りに小説でも買って帰ろう。
そうして昼休み、俺は中大路から渡された風呂敷包みを開いた。
「珍しいな。お前が弁当なんて」
俺の前の席に移動してきた持田が言う。
「確かに。この学校に来て初めてかもしれない」
風呂敷の真ん中に置かれる弁当箱。俺はその蓋に手を伸ばす。
「もしかして、あの子が作ってくれたのか?」
「そうらしい。渡辺さんへの気持ちを込めて作った、と」
「実質告白じゃないか」
そうかもしれない。
果たして、俺に対する気持ちを込めた弁当というのは、なんなのか。
俺は期待半分不安半分でゆっくりと、弁当箱の蓋を開く。
左半分が唐揚げや卵焼きなどの具。右半分が炊かれた艶立つ白米、そのうえに、黒い海苔が貼り付けられていた。
なにか、文字の形をしているらしい。俺が少し遠目で見ると、ぼんやり中大路からのメッセージらしき文字が見えてきた。
『部活入れ』
「あのクソアマやりやがった!」
俺の叫びはむなしく教室にこだました。




