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俺と鈴風のオカルト対決

「断る」

「なぜですか!? あ! 入部届を破らないでください!」


 昼下がりの廊下。中大路鈴風なかおおじすずかは納得いかない様子で叫んだ。

 押し売りもはなはだしい。


「なぜってお前。何度も言ってるだろ。俺はそういう活動はしたくないんだ」

「そんなこと言わないでくださいよ! 渡辺さんにとってもきっと楽しい部活になりますって」

「頼むから廊下で大きい声を出さないでくれ。転校早々変な目で見られるのは困るんだ」


 この中大路という一年は、俺の一学年下の後輩にあたる。俺は親の都合による引っ越しで、この神野岬北≪かんのみさききた≫高校に転校してきた俺は、そこそこクラスに馴染めて新しい環境にも慣れてきていたのだが、どういうわけか今週の頭から、この変な一年の女子に付きまとわれるようになってしまった。


 中大路が会長を務める「超常現象研究会」という、部員が一人しかいない部活に入れとしつこく迫ってくるのだ。

 休憩時間も毎度のように教室まで押しかけてくるし、昼休みもこうして俺に入部届けを差し出してくる。


「なんで俺なんか誘うんだよお前は」

「そ、それはですね……。直感です! この人は私の求めていた部員だ、そうおもったんです!」

「そんなしょうもない勘で俺に付きまとってるのか!?」

「しょうもないとはなんですか! 女の勘ってやつですよ!」


 中大路の発言にはなにか含みがあるように見えたが、そんなものをいちいち気にしてやるほど、俺はお人好しではない。


「まあまあ、渡辺さん。やあやあ、渡辺さん。落ち着いてください」

「落ち着くのはお前の方だと思うのだが」

「断られるのはわかってましたよ。なので今日は渡辺さんにとって、耳よりな条件を持ってきました!」


 俺の問題提起は無視された。

 中大路に手を引かれる。俺はそろそろがつんと言ってやろうと思って、あまり抵抗せず、部室棟へと連れていかれる。そのまま「超常現象研究会」と書かれたプレートのぶら下がった部屋に押し込まれた。


 部室は八畳ほどのフローリング作りとなっており、入ってすぐのところに大きな本棚には、『なぜ幽霊が見えるのか』『心霊現象大図鑑』『本当にあった怖い話全集』などといった、怪しげな書籍が大量に詰め込まれている。コンビニによく置かれている安っぽいアレだ。

 部屋の中央には長机とデスクトップ型のパソコンが置かれており、何やらプリントアウトした書類をまとめているらしきファイルが山積みとなっていた。

 

 中大路はフリップを取り出して、テーブルに立て俺に見せる。フリップ上部には『渡辺さんが入部するメリット』と手書きされていた。その下には、数字と共に数本の帯シールが貼られている。


「まずは最初のメリットです。じゃじゃん!」


 謎の効果音を出して一番上のシールをめくる。そこにはまた中大路の字で


『部のパソコンが使える』


「超常現象研究会に入って活動してくれたら、この部屋の設備を自由に使えます! ネトゲに明け暮れるのもいいでしょう! けっこう性能のいいパソコンですので!」

「悪いな。俺はほとんどゲームしないんだ」


 まあ嘘だが。


「で、では次のメリットです。でけでけでけでけでけ」

「ドラムロール演出したいならやめとけ。できてない」


『美味しい紅茶が飲める』


「私の厳選した素晴らしい紅茶が飲み放題です!」


 中大路はまったくといっていいほどない胸を張って、ドヤ顔で告げる。


「親父が紅茶マニアだからな。帰ればいい茶はあるんだ」


 これも嘘である。


「そ、そんな。では最後です。ならならならならなら」

「なんだその気持ち悪い効果音、元ネタがなにかすらわからんぞ」


『美味しいお菓子が食べられる』


「ちゃっちゃらー!」


 両腕を広げてどや顔。


「昭和のマジシャンかよ!」

「学校近所の美味しいスイーツは把握してます! 部の予算でも買えますよ! どうですか。入りたくなったでしょう」

「い、や、だ」


 俺は一字ごとにきっちりと区切って言ってやった。


「え!? お菓子食べたくないんですか!? 私ならこれ聞いた段階で即決なんですが!?」

「もう菓子に釣られるような年じゃないんだが!? お前俺を幼稚園児かなにかと勘違いしてないか!?」


 確かに中大路は菓子に釣られそうである。自分の前を横切った蝶を「まてまて~」と叫びながらどこまでも追いかけていくタイプだろ。


「強情ですね……。こんな美少女と一緒に部活できる喜びというのは感じないんですか?」

「お前じゃなければな。ていうか自分で自分のこと美少女って言うな」


 中大路鈴風は、確かにかなり可愛い顔をしている。茶色がかったショートヘアと、ぱっちりとした目と細い輪郭を持つやや幼い顔立ち。胸は全くと言っていいほどないが、スレンダーな体つきといえなくもない。

 こんな変な部活への勧誘ではなく、もっとまともな形でこいつに迫られてたら、俺もきっと小躍りしていたことだろう。


「じゃあ女の子に性的興奮を抱けるというわけですね」

「ま、まあ、そうなるな」

「ひどい! 年頃の乙女の前で勃起するって言い出すなんて。とんだセクハラ野郎ですね」

「そこまでは言ってないぞ!? どちらかといえばお前の言動のほうがセクハラじゃないのか?」

「ええもうわかりましたよ。脱げばいいんでしょ脱げば。部活入ってほしかったら体を差し出せってことでしょ。ただ、私は初めてなので、それを奪うからには相応の責任は取ってもらいますよ」

「違うそんなことは言ってない。服を脱ごうとするな流し目でこっち見るな」


 精一杯色っぽい仕草を作っているのは伝わるが、いかんせん本人に色気が全くないため残念なことになってしまっている。

 駄目だ。会話が全く通じてない。言葉のドッジボールとはこのことか。


「なんでそんなに部活入りたくないんですかー? 結構いい条件揃えてると思うんですが」

「わかった。じゃあこの際だからはっきりと言ってやろう。今度はちゃんと聞けよ」


 これまでも何度か軽く口にしているが、この機会にきっぱりと告げておいたほうがいいだろう。


「俺はそういう超常現象ってやつが大嫌いなんだよ。幽霊だ妖怪だ、そんな存在しないものをさもあるかのように取り上げてるのを見ると虫唾が走る」

「それじゃあ、渡辺さんは、そういったものの存在を一切信じないってことですか?」



「当たり前だ」



 やっと会話が成立した。

 非常に疲れる。毎日こいつと会話していたら、そのうちノイローゼになりそうだ。


「なかなか珍しいですね。そういう人はあんまり見ないですよ」


 そう、そこはこの町に引っ越してきた俺が、カルチャーショックを受けたところだ。

 この神野岬町は、かつて都が置かれていた土地に近いからか、歴史ある神社や寺が多く、外国人を含めた観光客もかなり多くやってくる。それは知っていたのだが、いざ住んでみて驚いたのが、この土地の人間はほとんどが神や仏や霊や妖といった超常存在を、完全に信じきっているということだった。


 科学が加速度的に発達している二十一世紀の日本において、そのような人間が数多く存在するということは、俺にとっては非常に衝撃だった。

 周りにも信仰心が厚い奴が多く、それらを全否定してしまうようなことは、なかなか教室などでは言いづらい。だがここでなら他に誰も聞いていないだろうし問題ない。そもそもこれをいうために今日はここまで来てやったのだ。


「じゃあもういいか。帰るぞ俺は」

「ま、待ってください!」


 部屋を出ようとした俺の前に、中大路は手を広げて立ちふさがる。


「必ずその考えを改めさせて見せます! 約束します! だから、私と一緒に活動してください!」

「この考えが変わるわけないだろ。第一なんだよ活動って、どうせただここで、本なりネットなりでオカルト現象を調べて喜んでるだけじゃないのか?」

「そういった側面もあることにはありますが」


 あるのかよ。


「けど、それだけじゃありません。ちゃんとボランティアで悩み相談も受け付けているんです! みなさんが身の回りで起きた心霊現象を持ってきてもらって、私が解決できそうなら解決して、できなさそうなら他の解決できそうな人を紹介する活動を受け持っているんです!」

「ふうん。それで、これまでの実績は?」

「え?」

「聞こえなかったか。そんな活動をしてて、そこまで自信をもって掲げてるなら、これまでさぞ人の役に立ってきたんだろうが。具体的にどんなことをやってきたんだ?」


 怪しげな紙が掲示板に貼ってるのを何度か見たことがある。教師に撤去されてる様子も何度も見た。こんなあからさまに辛気臭い張り紙を見て相談に来る人なんているのかと疑問だったのだが。


「そ、それはまだ、張り出しをしてあまり日が経っていないので……」


 つまり実績はゼロってわけだ。話にならない。

 そもそも、この校内で、あれだけ騒ぎ回ってて変人として名を馳せてるお前の仲間になろうとするやつなんていないだろう。超常信仰の強くて、オカルトを信じる人間が多い土地柄なのに、部員がこいつしかいないのがなによりの証拠だ。

 俺がいよいよ無理やり押しのけて帰ってやろうかと思い始めたとき、部屋の扉がノックされる。


「どうぞ」


 中大路がそういうと、扉ががちゃりと開かれ、一人の女子生徒が中に入ってきた。

 やや丸顔で黒髪を三つ編みにしており、メガネをかけたおとなしそうな少女だ。胸元のリボンの色からおそらく三年生だと思われる。


「どうされました?」

「あの……。張り紙を見てきたんですけど。ここだと身の回りの超常現象を解決してくれるって聞いたので……」

「大歓迎です! どうぞそちらに座ってください!」


 中大路は嬉々とした様子で、その女子生徒に机の向かいがわに座るよう促す。

 そして得意げな顔で俺のほうを見る。まさか本当に中大路に相談しに来る者がいるとは。変わった人もいたもんだ。


「始めまして。わたしは三年C組の草壁若菜と言います」

「こちらこそ。私は一年で超常現象研究会会長の中大路鈴風。こっちは助手で二年の渡辺諒さんです」

「おいまてコラ。誰が助手だ誰が」

「失礼。副会長の渡辺諒さんです」


 そういう問題じゃない。

 だがそんなことを言っていても一向に話が進まないので、今のところは見逃してやることにしよう。あとでこってり絞るつもりだ。

 草壁は俺が引き下がったのを見て、語り始める。


「先月、自殺してしまったうちのクラスの伊藤麻衣という子は知っていますか?」

「はい。担任の先生から話は聞きました。痛ましい事件でしたね」


 そんなことがあったのか。俺は転校してきたばかりだからよくわからないが。


「実はわたしたち……。彼女の霊に憑かれてるんです! お願いです。助けてください!」


 その後詳しい話を聞いた中大路が、迷わずこの心霊現象を解決してみせると宣言したことで、彼女は安心した様子で帰って行った。


「馬鹿らしい。何かの見間違いだろ」

「もう。渡辺さん。そんなこと言っちゃ駄目ですよ」

「なら、なんだ。お前はこの件を、本当に伊藤とやらの女子生徒の霊の仕業だと思うのか」

「もちろんです。ちゃんと伊藤さんの無念を解きほぐして、その上で助けてあげないと」

「除霊なんてできるのかお前は」

「はい! ちゃんと勉強しました!」


 中大路が得意げな表情でまた怪しげな書籍を棚から取り出してきて、俺は頭を抱える。

 もう仕方ない。こいつを諦めさせる方法なんて、ひとつしかないだろう。


 理詰めで、鈴風の信じてるオカルトを否定し続けること。


 このままあしらっていてしていても、いつまでしつこく付きまとわれるかわかったものじゃない。ならさっさとオカルトなんざ嘘っぱちだと示してしまうことで、こいつを諦めさせることを考えてしまったほうがいい。


「お前さ。さっき俺に『超常現象なんて存在しないという考えを改めさせる』って言ってたよな」

「はい。言いましたね」

「じゃあ、俺がお前の考えを変えてやる。オカルトなんて全部嘘っぱちだってことを教えてやるよ」

「ふむ……。やれるもんならって話ですよ。それより、ということは私と一緒に調査してくれるってことですね」

「ああ。ただし、正式な部員にはならない。あくまで一緒に行動してやるってだけだ。そして超常現象なんか存在しないって分かったら、もう二度と俺を誘ったりするな」

「わかりました。いいでしょう。じゃあもし超常現象の存在を認めさせることができたら、渡辺さんは部活に入ってくれるんですね」

「もちろんだ」


 ストーキングされ続けて、俺もストレスでそろそろ限界なのだ。こいつの信じているものを否定してやらないと、きっとこいつは諦めてくれないだろう。とりあえず、これでしつこいつきまといはなくなるはずだ。


 こうして、俺と中大路鈴風の、プライドを賭けた奇妙な対決が始まった。


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[気になる点] ふりがなが正しく付けられていないです 神野岬北≪かんのみさききた≫高校の場所です
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