婚約破棄の現場で~転生ヒロインは悪役令嬢の変わり果てた姿に驚く~
大好きな乙女ゲームの世界に転生したと知ったのは、お母さんが死んでお父さんに引き取られた時。
チョロい乙女ゲームのヒロイン転生なんて、前世で社畜やってたご褒美だよね。――なんて思ってました。
でも、悪役令嬢が出てこない。
いるんだけど、何故か出てこない。
苛めてくれないと困るのに、なんでいないの?!
で、仕方がないからweb小説でお馴染み、でっち上げの断罪することになったんだけど、
「マドレーヌ・マーセリナーズ! お前のような奴は俺の婚約者にふさわしくないっ・・・おい! 人の話を聞け!!」
メインヒーローであるレオンハルト王子が指差した先にいたのは軽食コーナーでデザートを頬張っている子豚ちゃん。
ゲームの背景にもいなかったモブの彼女は視界の端をチョロチョロしていた。していたが、彼女が悪役令嬢のはずがない。
悪役令嬢のマドレーヌ様(ファンでなくても様付けしてしまうほどの美少女)はボンキュッボンなのだ。ボンボンボンではない。
髪や肌の艶が良いから充分手入れできる家の子だと思っていたから、高位貴族の令嬢だとは思っていたけど、彼女がマドレーヌ様?!
「マディー」
子豚ちゃんの隣にいた黒髪の青年が皿にとっていたザッハトルテのプチケーキを当たり前のように彼女に差し出す。
「ザッハトルテだわ」
子豚ちゃんはパアッと顔を綻ばせる。そして、口に運ばれるのが当たり前のように口を開けて食べているし、慣れている。
わたしだって、いつもお菓子を上げているくらいだから、慣れたらアレができるかもしれない。
でも、ない。
絶対ない。
子豚ちゃんが悪役令嬢のマドレーヌ様のはずがない。
子豚ちゃんは誰にでもお菓子をもらって食べるし、警戒心0な生物だ。悪役令嬢になれるはずがない。
たまたま、子豚ちゃんがいただけだろう。
スチルで見た悪役令嬢の姿を探していたら、レオンハルト様がまだ断罪を続けている。
「食べるのを止めろ、豚!! フォルテルもこいつに食べさすのはやめるんだ!!」
え?! 子豚ちゃんなの?!
悪役令嬢が子豚ちゃんなの?!!
みんなからもらったお菓子が多すぎて困っていると物欲しげに見てくる子豚ちゃんが悪役令嬢?!
レオンハルト様が悪役令嬢のマドレーヌ様のことを豚と呼んでいるのは知っているけど、それは蔑称だと思ってた。だけど、体型のことを言ってたなんて、ゲームの知識で悪役令嬢の姿を知っていたから思いつかなかった。
あのボンキュッボンな悪役令嬢のマドレーヌ様がなんでコロコロッなボンボンボンな子豚ちゃんになってしまったの?!
悪役令嬢の変貌がすごすぎて、わたしは子豚ちゃんをマドレーヌ様だと思えない。子豚ちゃんは子豚ちゃんでいい。
「お前がいつもベスから菓子を取り上げているのを忘れたと言うのか?!」
確かにわたしのお菓子は子豚ちゃんが食べていたけど、それはわたしが上げていたからで、盗られたわけじゃないし・・・。
でも、濡れ衣着せて断罪イベントを起こしているわけだし、言っていいのか悪いのか。
「お菓子なら私が充分に与えているから、そんなことをする必要がない」
このフォルテル青年以外は子豚ちゃんにお菓子を上げてはいけなかったらしい。
どうしよう・・・。
「ごめんなさい、フォルテルお兄様。他の人が持っていたお菓子が美味しそうだったから、いつももらってしまうんです」
子豚ちゃんが自爆した。
「マディー!! 私が上げているお菓子だけじゃ足りないのか?!」
「ごめんなさい」
怒られているのは子豚ちゃんなのに、お菓子を上げていたわたしも怒られているような気がしてくる。
「お前がやるから、マドレーヌがこんなに太ったんだぞ」
「では、可愛いマディーに我慢させろというのか? こんなに可愛いんだぞ。無理だ!!」
子豚ちゃん、溺愛されているな~と生暖かい目で見てしまう。青年のことを子豚ちゃんがお兄様と呼んでいるけど、攻略対象である悪役令嬢の兄は攻略済みだし、レオンハルト様に婚約破棄されても、フォルテル青年が子豚ちゃんをもらってくれるだろう。
「それはお前の目がおかしい。この豚のどこが可愛いっていうんだ?」
何、この流れ。子豚ちゃんを取り合ってるみたいじゃない。
好きの反対は無関心って言うし、レオンハルト様はわたしとの会話でも子豚ちゃんのことを話していたし、関心がないとは思えない。
ない。
ないわ。
やってらんない。
わたしのことはただの浮気だったようだ。
「ねえ、疲れたからテラスで休みたいわ」
後ろを振り返ってそう囁けば、他の攻略対象たちが喜んでエスコートしてくれる。
痴話喧嘩をしているレオンハルト様を置いて、わたしはそのままテラスに出た。
レオンハルト様と結婚?
冗談でしょ。二番目の女なんて惨めじゃない。
わたしは別の攻略対象と結婚して、自分の気持ちに気付かない鈍感な王子ルートから離脱した。
ちなみにレオンハルト様との婚約は解消され、子豚ちゃんは太った元凶である青年(お菓子で心まで餌付けしていた策士)と結婚して数か月でゲームのマドレーヌ様の容姿を取り戻し、それを見た王子がまた突っかかって行って夫に庇われていた。
腹黒とお子様に好かれた悪役令嬢も大変だなあ、と思いながら、わたしはお菓子で一杯になった取り皿を彼女に差し出した。・・・わたしの彼女への餌付け癖も中々直りそうもない。