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青銅の鐘突き人形  作者: 沼田紋次
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人間認定検査機具

【人間認定検査機具】



「ヤケに詳しいじゃねえかよう」


「今時の一般教養じゃない」


「そうかあい」


 碧帽子は椅子から立ち上がると、音も無く一瞬で壇上の後ろ、黒縁の背後にまで移動してみせた。


 正に目にも留まらぬ速さを見せ付けた碧帽子。あまりの速さに真正面に居た筈の黒縁ですら移動していた事に気が付かづ、急に消えてしまった碧帽子に驚き、周りの視線でようやく背後を振り返り確認出来た程だった。


「化物が混じってんだ。自己申告だけじゃあ信じられねえだろおう」


「……アンタも十分化物じゃない」


 赤シャツの呟きを無視して、碧帽子は黒縁に手の甲を見せる様に左腕を伸ばす。その薬指には金色のリングが輝いていた。


「識別機器、持ってんだろおう」


「そりゃあ持ってはいますが、痛いですよ?」


「土壇場で人殺しが出来ねえからって、流れ弾を喰らうのは御免だからよおう」


 残りの八人に対しても、そうだろう、と同意を求める碧帽子は、やはり赤シャツを無視して話を進めようとする。そういった些細な事に直ぐカチンときてしまう赤シャツが一番を名乗り出た。


「本当にいいんですか? 私は試したことがありませんが、本当に痛いんですよ。だって見て下さいよ、このサディスティック極まりないシルエット。態々無痛針を使わず痛みに対する反応も見ようだなんて――――」


「黙れ。さっさとしろ。でないとこれでアンタの目玉刳り抜くわよ」


 脅されるままに、若干体を震わせつつ黒縁はホッチキスの様なコの字型の機械を取り出すと赤シャツの左掌、丁度親指と人差し指の間にそれを挟み入れる。


 それは人民認定検査機具。ロボットには与えられない、人としての人権を見極める道具だった。


「いいですか?」


 再度、確認をする黒縁に赤シャツは恐ろしい程の笑顔で答えた。


「ええ。どうぞ」


 ホッチキスは、がしょん、という軽い音と共に閉じられた。


 閉じられてから数秒後、段々と顔を青ざめさせる赤シャツは右手で左手首を掴むと強引に、勢い良く掌をホッチキスから引き抜いた。その掌にはアルファベットで赤黒く書かれた C の文字が。


Cyborg(サイボーグ) のCですね。半機械ではあれ、確かに人間です」


 淡々と結果を報告する黒縁の隣には顔を歪ませ俯く赤シャツが、掌から血をだらだらと流している。叫びたいのを我慢する余り右手に力が入り過ぎたのか、左手首の関節は外れてしまっていた。


「血液凝固剤が散布されていますから、放っておいても勝手に止血しますよ。剥がされた皮膚の方と空いた穴の方は時間がかかりますが、サイボーグの方なら一時間もせずに塞がるでしょう。では次の方」


「消毒はされてんのかい。妙な病気でも移されちゃあたまんねえからよう」


 口の減らない碧帽子へ、左手首を嵌め直しながら聴きなれない言語で何かを呟き始める赤シャツ。言語は理解出来ないのに悪態を吐いているという事だけは理解できた黒縁だった。


「御心配無く。中の検査針は使い捨てなので。百八十度開いてカートリッジを取り出し詰め替えと、とても簡単に出来てしまうんですよね。消毒薬も自動的に散布されますから衛生面もバッチリです。外側の機器は色んなタイプがございましてね。ポピュラーなのはこのホッチキス型ですが、私としてはスキャナー型のピッと小気味良い音の出る――――」


「黙んねえとよおう、アンタのアソコの皮、普通のホッチキスで縫い留めるぜえ」


「…………」


 その一言により、暫し黙々と検査をすることになった黒縁はテンポ良くホッチキスを閉じて行く。ちなみに碧帽子もCだった。


「え~~……五人組の皆さんは全員 Clone(クローン)(シーエル)で、神父さんは Normal(ノーマル) のN」


 ノーマルとは身体を弄っていない普通の人間のことを指している。結果を述べてく黒縁は壇上前の二人へ。


「後はお二人だけですが……如何します?」


 毛皮少女はもこもことした灰色の毛皮の中に顔を引っ込め、イヤイヤと首を振った。ぱっと見、十五歳前後の少女である。黒縁も無理に痛い思いをさせてしまうのは気が引けるのか、周りに助け船を求めてしまう。


「俺はどっちでも構わねえよおう」


「さっきと言ってる事違いますね」


「外見年齢に惑わされないでよね」


「ちょっと僻みも入ってますよね」


「さ」「ン」「TA」「い」「…」


「あの、発言は統一して下さいね」


「無理強いは余り宜しくないかと」


「貴重なご意見有難うございます」


 結局、反対多数により毛皮少女の検査はなしに。


「では最後、貴方ですね」


 木槌男は何も言わず左手を差し出す。


「……手袋は外して下さいね?」


 ばつが悪そうに手を引っ込めると、キャッチャーミットの様な分厚い手袋を外す木槌男。だが出て来た掌もまた分厚く大きなものだった。


 その節くれ立った巌の様な手に、挟み込むのは不可能と判断した黒縁はホッチキスの口を九十度開き、針部分のみを押し付ける形に。因みに覆面神父も同じやり方だった。


「いいですね?」


「ああ」


 針は押し付けられた。しかし、がしょんという音は響かなかった。


 バキリ。


 それは針の折れる音だった。


「あ~~はいはい。たま~に、いらっしゃるんですよね。体をほぼ機械にしているサイボーグの方が。そういう方の為にも、やはり我が社一押しのスキャナー型。これが好いんですよ。じゃあなんでそれを持ってこなかったのか。それは仕方ありません。だって物凄くデカいんですから。全長は約四メートル重さは五百キロ超。そんな物どうやって――――」


 まるで製品の不備を見付けられて言い訳を始めるセールスマンの如く、物凄い勢いでいい訳を捲し立てる黒縁。それを木槌男の一言が止めた。


「命令しろ」


「―――― では、純粋な人である神父様が。良いでしょうか?」


 覆面神父は巨体に似合わず、静かに立ち上がると腰に巻いたロザリオを手に木槌男の前へ。片膝をつき目線を合わせ、ゆっくりと、周りにも聞こえる様に尋ねた。


「命令します。嘘偽り無くお答えなさい。貴方はロボットですか」


 木槌男は首を振る。ぱらぱらと、頭髪から青錆が落ちた。




「違う。俺はロボットではない」


 周囲を見渡し、宣言する。


「俺は、人間だ」

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