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青銅の鐘突き人形  作者: 沼田紋次
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いめちぇん

【いめちぇん】



 足元にぱらぱらと青錆が舞い、煩わしげに首を振れば目の前で細い三つ編み(コーンロウ)が珠暖簾の様に揺らめく。翡翠色の小さなビーズが編み込まれたそれらは陽の光を浴びキラキラと輝いていた。


「まだ残ってるわよ」


 頭頂部を手で軽く掃う感触にカマラは勢い良く顔を上げる。日差しに眩み目を細め見上げたのは、大きく見開いた赤い双眸だった。


「何よ? 頭触られるの、嫌だった?」


 睨まれたと勘違いしたのか口をへの字に曲げ手を離す、未だ馴染まない女性の顔を見詰め、少女は否定の意味で首を振った。


「アカパンダのテがヤワらかくてオドロいた」


 教会にカフェと、顔を合わせるのはまだ二回目ながら、直ぐに手が出る狂暴さを知っているからこその素直な驚きであった。


 確かにカマラは赤パンダの掌に穴が開く瞬間も見てはいたが、その後のジャックマールの印象が強く、サイボーグの表皮とは硬く頑強なものだというイメージがあったのだ。


「……そう。ありがとう」


 思わずといった呟きにカマラは首を傾げる。


「そういうアンタは、面白いオシャレしてるわね」


 話題を変え、意外そうに呟く赤パンダは見上げるカマラの顔を覗き込む。目を凝らさなければ判らない程に薄らと、教会の時には何ともなかった筈のチョコレート色の肌に、幾何学模様の化粧が施されていた。


 迷路図にも見える複雑な模様を自然と目で追えば、柔らかく張りのある天然の肌に指先が無意識の内に吸い込まれて行く。


「何か特別な意味でもあるのかしら?」


「ナニがカかれてあるのかはナイショだ」


「ふーん……変わってるのね」


 指先が触れても嫌がらないのを良い事に、赤パンダは遠慮なく、炭とも灰とも言えない独特な色合いの模様を不思議そうに赤い指先でなぞっていく。


 頬、鼻先、額を通り指先は再び鼻筋へ。顔にかかっていた数本の房が零れ落ち、唇に触れた瞬間、指先は漸く動きを止めた。


「別に、虐めてた訳じゃないんだけど?」


「だといいが」


 赤パンダの動きを止めさせたのはジャックマールだった。太い腕を伸ばし、赤パンダの手首を掴んで無理矢理カマラから指先を離れさせたのだ。


「乙女の柔肌に触りたいんだったら、先ずはそのゴワゴワの手袋外してちょうだい」


 痒くて仕方がないわと睨めば、大男は無表情のまま視線を逸らし、あっさりと手首を放してしまう。


「…次があれば、そうしよう」


 拍子抜けする程の素っ気ない対応にイラつくも、教会で難無く気絶させられた事もあり中々噛み付けない赤パンダは忌々しげに舌打ちを飛ばす。


 そんな赤パンダとジャックマールを宥める様に二人が割り込む。


「さあっきといい、俺達とそんなにじゃれつきてえんなら、仕事終わりにしてくんねえかなあ」


「いやあ、まさか五分と掛らずサイレンが聞こえてくるとは。都会の警察はあなどれませんな」


 先程、狂言強盗よりも先に器物破損で通報される五人は慌しくカフェを後に。途中、出入り口でテーブルが首に嵌まってしまった神父が右往左往する事態もあったが、全員カフェから離れた場所に逃げる事が出来た。


 作戦決行までの時間が差し迫っているにも関わらず、待機場所変更により、五人は仕方なく標的ビル近くの広場へ。まだ来ていなかったクローン五人組への連絡も忘れ、だらだらと残りの時間を潰していたのだ。


 何が楽しいのか、軽快にはっはっはと笑う神父はテーブルを素手で首から外しにかかる。赤パンダにより勢い余って頭に叩き付けられたテーブルはエリザベスカラーの様に貫通していた。


「……あの神父、本当にノーマルなのかしら」


「よく言うぜえ、てめえでやっといてよおう」


 首回りの狭い隙間に下から指を掛け、強引に外側へ引き伸ばされる合金テーブル。片手で悠々と持ち上げられゴインと重々しい音と共に舗装された地面へ突き立てられてしまう。カマラはゴリラみたいだと神父に賞賛を送っていた。


「先にアンタぶっ叩けばよかったわ。そしたらスクラップ間違いなしだったもの。ねえ、エスメラルダさん?」


「どっちかってえとよお、フェビュスってえ面なんだがなあ」


「アンタこそ言うじゃない。私と同じカジモドのくせして」


 碧色中折れ帽子の形を整え、再び深く被り直す男、エスメラルダはスーツの襟も正す。すると靴の爪先から段々と色が抜け落ちて行き、帽子以外は黒色で統一されていた筈の服は白色に脱色され一瞬でエメラルドグリーンに染まって行く。


「まあ、俺が頼んだ事だしよお、文句はねえぜえ神父さん」


 通報されたからか、それとも単にコードネームへ寄せたのか。手早く色直しを済ませたエスメラルダは不敵に笑う。


「いやいや。こちらこそ安直で申し訳ない」


 神父も変装のつもりなのか、色被りを気にしてなのか。エメラルドグリーンのマスクを脱ぎ捨て、下に重ねてあった黄色のマスクを露わに。相変わらずのモノアイなサイクロプスデザインだ。


「…カソックはそのままか?」


 リバーシブルでもない上着を裏返し無理矢理着込む、完全に場の空気に合わせただけの、余計にみすぼらしさが目立つジャックマールが尋ねる。


「うむ。仕事着故、ご容赦願いたい」


「マジで聖職者なの? いいの犯罪なんて?」


「今更だがよおう、良いのかい? やるもんじゃねえぜえ、強盗だなんてよう」


 自身を棚に上げた至極真っ当な赤パンダとエスメラルダの意見に、神父は心配無用と肥大した大胸筋をはち切れんばかりに張る。


「心配ご無用! 私は総合カトリックの神父! ただのカトリックとは違い、教義になんら抵触してはいない!」


「……総合」


「……カトリック」


「ナンだかツヨそうだな。どんなドウブツだ?」


 垂直に埋まるオブジェ(テーブル)から軽やかに自身の肩へ飛び移ったカマラへ、ジャックマールは新種の珍獣だと囁いた。

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