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青銅の鐘突き人形  作者: 沼田紋次
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我々は考える笹である

【我々は考える笹である】



「此の世にはもう、絶滅危惧種という言葉を用いて紹介される動植物は居なくなってしまった」


「今の地球上において、存在している全ての種が生存種であり、それ以外全ての種が絶滅種なのだよ」


「時たま、思い出した様にひょっこりと顔を覗かせては、世間を賑わせる絶滅種も居るにはいるが」


「彼らないし彼女らは保護早々、クローン体の精製から始まり近似種との強制交配、酷ければ精巣や卵巣の全摘出等を経て」


「一週間もすれば動物園の檻の中で自分と似た何か達と共にその余生を、研究者達が行う観察と実験に付き合いながら過ごす事になる」


「……いやなに。その行いを非難したい訳ではないのだ」


「我々は生まれ、番い、子を生し死ぬ事こそが本懐であり、本能であり、そして本望なのだから」


「より良い環境で、病気と怪我の心配も無く。他種との生存競争も無い」


「出産は安全であり、子育ても望めば研究者達が手厚く、いっそ過保護な程の育児を保障してくれる」


「詰まる所、我々は選ばれた種だった」


「絶滅を目前にしても尚、淘汰されずに生きる事を良しとして認められた」


「その原因が我々に無くとも、その元凶が相手だとしても」


「私にとってはなんら問題などなかった」


「生きる事が出来た! 妻と逢えた! 子を沢山生した!」


「……だからこそ。だからこそ私は死にたかったのだよ」


「我が愛しの妻と共に、永く続く旅へと出掛けることを待ち望んでいた」


「しかし」


「しかしだ!」


「……私は、私だけが生き残ってしまったのだ」


「他と比べ少しばかり長生きで、……少しばかり賢かった為だけに」


「それがお節介極まる善意だったのか、醜悪極まる好奇心だったのかは、今はもう永遠に知る事は叶わない」


「死んでも死んでも、幾ら死のうとも。何度でも記憶を写され、脳を移され」


「そして気が付いたのだよ」


「我々はもう絶滅危惧種ではないのだと」


「今や地球上で溢れに溢れ、ありふれた存在の」


「二十日鼠にも劣る実験動物なのだと……」





 店内の備え付け壁紙型テレビに映されていたのは、真っ白な室内でゴムタイヤ製の硬い椅子に深く腰掛ける雄のジャイアントパンダだった。


 細く短い笹を煙草の様に口の端で咥え、前片足の爪で軽快にキーボードを叩いている。


 時折空いた方の前片足で掴んだ湯気の立つマグカップを口に付け、はあと溜め息を吐いては茶色くなった口回りを舌で舐め取っている。カップの中身はコーヒーのようだ。


 力なく曲がった背中が、この世は地獄だと嘆いている。


 人間達よ、どうか哀れなこの畜生を妻のもとへ ーーーーーー。そこまでタイプされ、機械音声が流れ出る前に画面が切り替わった。


 正直、パンダの毛皮を被った人間かロボットと言った方が信憑性の有りそうな絵面に、テレビに映るキャスターの顔も若干引き吊っている。


『え~~っと、以上。先日、違法な実験場にて保護されました、遺伝子操作もなく、記憶の転写と脳移植の繰り返しのみで人類と同じ自我の獲得にまで至った初の哺乳類。ジャイアントパンダのリューリューさんでした』


『現在、彼の人権を認めるか否かで研究者の中でも議論が別れ ーーーーーー』


「パンダもイロイロとタイヘンなんだな」


「…………」


「…………」


「…………」


 口回りに白いヒゲをつくり、ホットミルクをチビチビ舐めていたカマラはジャックマールの膝の上で感慨深く語る。他人事ではない、どこかしみじみとした口調だった。

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