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兄と妹の非日常的な日常。

作者: 雪野ゆきの

あんまりファンタジー感出ませんでした。


 



 その日、彼は人形をやめた。










「……子育てって、どうすればいいんだ?」



「は?」


 真剣な表情で話を切り出した男はヒイラギ。年齢は十代半ばを少し過ぎたくらいだった筈だ。

 それがどうしてこんな話をしてくるの彼の唯一とも言える男には理解できなかった。


「……もう一回言ってくれるか?」

「子育てとはどうすればいいんだ?」


 どうやら男の聞き間違えの線はなさそうだ。


「お前、遂にふらふら旅すンのを止めて家買ったと思ったら、そういうことだったのか?」

「どういうことだ?」


 ヒイラギは真顔のまま首をかしげた。彼の真顔はデフォである。


「その若さで子供をこさえちゃったのかって聞いてンだよ!!」


 男が思わず怒鳴ってもヒイラギは顔色一つ変えない。


「ああ、そういうことか。違う。できたのは子供じゃなくて妹だ」

「はぁ?親がいないのにどうやったら妹ができンだよ」



「拾った」



「ああ……ああ!?」


 男は勢い良く立ち上がった。

 その拍子に机からコップが転がり落ちる。


「みぎゃっ!」


 パシャっ、と液体が掛かる音と共に子供特有の高い声が上がった。


 男はゆっくりと下に目線を向ける。するとそこにはオレンジ色に染まった幼女がいた。頭には逆さになったコップがちょこんと乗っている。

 幼女の身長は立ち上がった男の膝程しかない。


「ヒナっ!」


 ガタッ、という音を立ててヒイラギが立ち上がった。そしてヒナと呼ばれた幼女を素早く抱き上げる。

 そのヒイラギの一連の動作を見た男は目を丸くした。

 人形と揶揄されているヒイラギがおおよそする筈もない行動だったからだ。


「ヒナ、……怪我はしてないな。汚れてしまったから風呂に入ろう」


 ヒナに掛かったオレンジ色の液体は何故か粘り気を帯びていてヒナから離れない。


「おい、ヒイラギ。お前は俺に何を出した」

「オレンジジュースの原液」

「……次からは希釈して出そうな」

「わかった」


 一つ頷くとヒイラギはヒナを連れて風呂場へと向かった。




「やーー!!」



 大きな声が聞こえたかと思うとヒナがリビングに走って来た。

 ……素っ裸で。


「ヒナ!まだ(あわ)流してない」


 ヒイラギもヒナを追って来た。ヒナと同じく一糸纏わぬ姿で……。


「ブッ!?」


 自分で飲み物を入れ直した男は吹き出した。


「ヒイラギ!!服!服を着ろ!!」

「ヒナだって着てない」

「年齢が違うだろ!」


 男の注意は無視された。

 ヒナとヒイラギの鬼ごっこは続く。


「ヒナ待て」

「や!」


 ヒナは壁に立て掛けてあった細剣(レイピア)を手に取った。

 ヒイラギも片手剣を掴む。


「え、ちょっ、お前ら!!」


 ヒナは自分よりも長い細剣を軽々と振り回した。だが、それはヒイラギに受け止められる。

 ヒイラギは細剣を弾くと剣の柄でヒナの額を一打ち。


「きゅう」


 目を回すヒナをヒイラギはひょいっと抱き上げた。

 ヒイラギは唖然とする男を見やる。


「ヒナ洗ってくるからちょっと待ってて」

「あ……ああ」


 取り残された男は独り呟く。


「この家の躾はどうなってンだよ」





 数分すると二人は風呂から上がってきた。

 兄に抱えられているヒナは猫の着ぐるみを着せられている。子供用でもまだ少し大きく、腕や足が出ていない。


「ヒイラギ、お前それどこで買ったンだ?」

「かわいいだろ」

「まあ可愛いけど」

「やらんぞ」

「いらんわ」


 ヒイラギの腕にすっぽり収まっているヒナはさっぱりしたのでご機嫌だ。フードに付いている猫耳をいじっている。


「キレイにするのは好きなんだけどお湯を浴びるのを嫌がるんだよ」

「お前の妹は獣か」


 ヒイラギに頬をつつかれ頭を撫でくりまわされキャッキャとはしゃいでいる。そんな無邪気な様子を見ていると先程剣を振り回したのが嘘のようだ。


「普通このくらいの年の子はこんなにヤンチャなのか?」

「ンなわけあるか。冒険者の子でもママのおっぱいにしがみついてンぞ」

「じゃあ反抗期か」

「こんな反抗のされ方してたまるか。てか手の届かない所に武器をしまえ」

「なるほど、その手があったか」

「…………(子供が二人いるようなもンだなこりゃ)」



 くいっくいっ


 ヒナがヒイラギの服を引っ張った。


「ん?」

「にぃー」

「ああ、喉が渇いたのか」

「今『にぃー』しか言ってなかったよな!?」

「それくらいは分かる」

「兄バカが」


 ヒイラギはヒナを片手にミルクを注ぐ。


「ん~」

「ちょっと待ってなさい」


 両手を突き出して催促するヒナの可愛さに耐え、ヒイラギは椅子に座りヒナを膝にのせた。


「ほら、飲んでいいよ」

「あい」


 んくんくと小さい体で一生懸命コップを傾けていく。すると、あっという間にコップが空になった。


「ヒナ、もういいの?」

「あい!」


 ヒイラギは薄く微笑むとヒナの額に口を近づけ、 噛み付いた。


「何で噛み付いた!?」

「普通の愛情表現の仕方を知らないから、……衝動的に」

「お前は獣か。普通にキスとかすれば」

「分かった」


 ヒイラギは素直に頷くとヒナの両脇にてを差し込み、自分の顔の前に持ち上げた。

 ヒナはこてんと首を傾げている。


「にぃ~?」


 ヒイラギはそのまま流れるようにキスした。むちゅっと、ヒナの唇に。

 男はすかさずヒイラギの頭を叩く。


「そこじゃない!!」

「ミルクの味がする」

「そりゃそうだ!」

「なんで叩かれた?」

「いきなり妹の唇奪う奴があるか。……まあ、年齢的にはセーフか……」

「キスって口と口でするもんじゃないの?」

「口以外にもするわ!」

「そうか」


 ヒイラギは改めて頬にキスし直した。

 ヒナはきゃっきゃと喜ぶ。


「にぃ~!」

「ん?」


 ちゅっ


 ヒナの唇がヒイラギの頬に当てられる。

 ヒナはにこにこと笑う。


「おかえし~」

「っ、ひな」


 感極まった兄は妹をギュウギュウ抱き締める。


「俺は今一体何を見せられているんだ?」

「おれのかわいい天使」

「ヒイラギ、お前もう立派なシスコンだ。誇っていいぞ」


 ヒイラギは真顔だった。





「にぃ!!」

「ん?」


 ヒナがピッと時計を指差す。

 ヒイラギはああ、と頷いた。


「お散歩行く?」

「いく!」


 元気良く手を上げるヒナ。

 ヒイラギは男に視線を移す。


「お前はどうする?」

「……ああ、じゃあ付いて行こうかな」


 男は曖昧に頷いた。


「よし、じゃあヒナ約束事の確認するよ」

「あいっ」


「お兄ちゃんには?」

「しがみついてはなれなーい」

「!?」

「知らない人には?」

「ぱんつをみせなーい」

「拐われそうになったら?」

「あいてのきゅうしょをひとつきー」

「お兄ちゃんのヒナは?」

「ちょうぜつびしょうじょー!」


「よくできました」

「ふへへ」


 ヒイラギは妹の頭を撫ででやる。そしてヒイラギは頭を叩かれる。


「お前は妹に何を言わせてンだ!」

「外出時の約束」

「俺の知ってるのと違う!」





 ヒイラギはヒナを抱き上げ、ヒナは兄の首に小さな手を回している。これはヒナの散歩になっているのか?男は思った。


 ヒナが何かを指差す。


「にぃ、あれなーに?」

「お兄ちゃんも分からない」


「あれはー?」

「お兄ちゃんも分からない」


 先程からずっとこのやり取りが続いている。

 それもそうだろうと男は思う。

 最近までのヒイラギは間違いなくただ依頼を受け戦うだけの、まさしく人形だったのだから。何にも興味を持っていなかった。そんな男の世界は恐ろしく狭い。ヒイラギと比べたら5歳児の方が常識を知っているレベルだ。この賑やかな通りで何が売られているのかも殆んど知らなかっただろう。


「にぃ~ひな、おなかすいた」

「そう、じゃあ何か買おうか。何がいい?」

「あれ~」


 ヒナが指差したのは『火蜥蜴の尻尾』と書かれた屋台だ。

 賑わっている街中で、そこだけ誰も寄り付いていない。


(何故そこを選ンだ。明らかに人気ないだろ、その店。)


 晴れてシスコンへと転身を遂げたヒイラギが妹ご所望の品を買わないわけがない。

 数分後、ヒナの手には真っ黒い尻尾が握られていた。


「あむ、もぐもぐ…………おいしくない」

「うん、まずいな」


 結果は予想に反しなかったらしい。


「炭に塩をかけた味がする。お前いる?」

「そんなの聞いて欲しがる奴いるか」


 ヒイラギは尻尾を持ったまま散策を続けることにした。




 暫く歩いていると、ガシャンと物が壊れる音がした。

 その場にいる多数が音の発生源に目を向ける。

 ヒイラギ達はそのまま散歩を続けようとしたが、目の前に飛び出してきた壊れた屋台の一部に阻まれた。

 仕方なくヒイラギも視線を向けると、そこには厳つい三人の男達。どうやらそいつらが屋台を破壊したようだ。


「おいおい、お前んとこで買った料理に髪の毛が入ってたんだけどよ~。この落とし前はどうつけてくれんだ?あ゛!?」


 三人の内の一人が喚く。


 ヒナが場の空気を読まず怒鳴っている男を指差す。


「にぃあれなーにー?」

「あれはバカだよ」

「にぃものしりね~」


 ヒナが嬉しそうに笑う。

 ヒイラギも心なしか口角が上がって見える。


「アンだと!?このガキ!!」


 血圧の高い男が二人に殴りかかって来た。

 ヒイラギはヒナを抱っこしているので拳を受け止めずに避けた。そして片足を軸にして男の急所を抉るようにして蹴る。蹴りの威力で殴りかかって来た男は数メートル吹っ飛んだ。

 ヒイラギの蹴りを受けた男は白目を剥いて倒れている。

 周りで見ていた関係のない男達も自分の急所を押さえた。


 倒れた男の仲間であろう二人の男もドン引きだ。


 しんっと静まりかえった中で、ヒナが動いた。


「にぃ、あっちいって」


 残りの二人の方へ向かうようにヒイラギに指示を出す。


「分かった」


 ヒイラギはスタスタとそちらに歩いて行く。


「えいっ」

「「ムゴォ!!」」


 ヒナは先程ヒイラギと食べるために二つに分けていた火蜥蜴の尻尾を二人の男の口にねじ込んだ。


「よし!」


 そしてもう用はないとばかりに去っていく兄妹。

 ハッと一人が我に返り、兄妹を追おうとしたが二人に付いてきた男がそれを止めた。


「止めとけ、あいつは"人形"だぞ」


 そう言った瞬間、怒っていた男の血の気が一気に下がった。自分が手を出そうとしていた男の正体を理解したからである。

 ヒイラギは感情のない殺戮兵器として有名だ。何に対しても容赦がないこととしても。それらを含めて、ヒイラギは"人形"と呼ばれている。


「……いや、もう人形じゃなくなるかもしンねぇな」


 微かに喜びを含んだ男の呟きは風に溶けていった。






「二つのゴミを一緒に片付けるなんて、ヒナは賢いな」

「えへへ~」


 ヒナは兄に褒められてご機嫌そうに兄の頬に頭を擦り付けている。


「おい、ヒイラギ、もう帰るのか?」


 男が聞いた。


「そうだな、もう帰るか……ヒナ?」


 ヒナは大きな瞳でじいっと男を見つめている。

 ヒナはヒイラギに問う。


「ねぇ、にぃ、このひとなまえなに?」


 はっと、ヒイラギが息を飲んだ。

 長年の付き合いがある男の名前も、自分は知らないことに気付いたからだ。

 男と視線が合う。



 男は、嬉しそうに笑っていた。


「やっとそこからか」


 ヒナと会う前のヒイラギはこの男の名前にも興味を持っていなかった。


「……ごめん」


「ヒイラギからそんな言葉が聞ける日が来るなんてなぁ」


 男はまた笑った。


「俺の名前はコウヤという。ヒイラギもヒナも、末長くよろしくな」


「……ああ」


 ヒイラギは良く分からない、だけど嫌ではない感情を覚えた。









 その日の夜、ヒイラギは初めてヒナに会った日を思い出していた。



 いつも通り、討伐依頼を完遂させた帰りだった。雪の中に、何か小さな塊を見つけたのは。

 普段は気にも留めないが、その日は足が勝手に動いた。

 薄汚れた塊を覗くと、そこにいたのは小さな、本当に小さな女の子だった。

 壊さぬように慎重に抱き上げると、微かな呼吸が聞こえてきた。

 それが、ヒイラギの人生で最初の感動だったのだろう。

 その子はうっすらと目を開けると、か細い声で「にぃ……」と言った。


 ヒイラギは、初めて人が死ぬのを嫌だと思った。この小さい生き物を守りたいと思った。


「この子が俺をにぃと呼ぶなら、それなら、俺はこの子の兄になろう」


 そうして、彼は人形をやめた。

 そうして、二人は兄妹(きょうだい)になった。





 ベッドに寝転ぶと、ヒナがぎゅうっと抱き付いてくる。


「にぃ、だいすき」


 その言葉だけで、あれほど凍り付いていた心が綻ぶ。


 あの頃は、こんな泣きたくなるような、温かい感情は知らなかった。




「ああ、お兄ちゃんもヒナが大好きだ」



 ヒナの額にキスを一つ落とす。





 彼の当面の目標は、立派なシスコンになることだ。



 そして、その目標が達成される日もそう遠くない。








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