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 すんすんと執拗に臭いを嗅ぐ美人。


 彼女が僕に顔を近付けて臭いを嗅ぐ度に、隣にいるリツが不機嫌になっていく。


 僕は若干はらはらしながら事の成り行きを見守る。


 やがて、彼女は満足したのか、僕から離れる。


 僕から離れて僕の顔を見る彼女に向けて、手をひらひらさせながら笑顔を向ける。


「やあ、ナイアさん。ご機嫌麗しゅう?」


「ああ、サクヤ。ご機嫌はとても麗しゅうだ」


 僕の問いにそう返す美人。彼女の名はナイア。


 僕が存在昇華(グロウアップ)をしても、僕を僕と認識してくれるもう一人の人物。


 正確には、僕を憶えているわけではなく、僕の臭いが一番安心する臭いらしく、その感覚だけを頼りに自分の中に残る空白の存在が僕であると当てているらしい。


 存在昇華(グロウアップ)をすれば、僕の臭いも忘れてしまう。だから、彼女は記憶に空白ができれば自分が一番安心する臭いを探しているらしい。そして、いつも彼女は僕を捜し当てる。


 なんとも曖昧な探し方だが、彼女いわく僕の臭いを嗅ぐとしっくりくるらしい。


 因みに、僕の名前を知っているのは、リツが事前に教えたからだろう。僕も、ナイアには記憶に空白ができたらリツの情報を頼るように言ってある。ナイアの不確定な判断基準よりも確かだからだ。


「サクヤ、お土産は? リツの日記(・・)に買ってきてくれるって書いてあったぞ?」


「日記ではない! 魔導書だ! それに、土産よりも報告が先だ! おいサクヤ、ナイアに会えたのだから僕の執務室に向かうぞ!」


「ああ、そうだね。ということでナイアさん、お土産はもうちょっと待っててね?」


「むーん……」


 無表情の顔を少しだけしょげさせるナイア。


「お土産ぇ……欲しいなぁ……」


 言いながら、ナイアはリツの周囲をふよふよと飛び回る。


 長い黒髪をぶんぶんと振り回してリツを叩いたり、至るところから顔を覗き込んで

アピールをしたりする。


 ナイアが過剰なお土産欲しいアピールをする度に、リツの額に青筋が浮かび上がる。


 終いには、リツの服を引っ張って駄々っ子のように身体を揺らす。


 なまじ、ナイアは怪力なもんだから、リツの身体がぐらぐらと揺れる。


 そして、ついにリツの堪忍袋の緒が切れた。


「だぁ!! もう鬱陶しい!! 僕の執務室で土産袋を開ければ良いだろうが!!」


「わーい」


 無表情で喜びをあらわにするナイア。


「くそっ、時間が無いというのに……!! なんて緊張感の無い奴だ……!!」


「そこがナイアさんの良いところだよ」


「時と場所を弁えればな! ふんっ、もういい。とにかく、報告をしてくれ」


「ああ、わかってるよ。ナイアさん、とりあえずリツの執務室に行こうか」


「らじゃー」


 僕達はリツの執務室に向かう。


 ナイアは僕の後ろをふよふよと飛び、どこから取り出したのか大きな渦巻きキャンディを取り出してばりぼりと噛み砕いている。


 王宮内をしばらく歩き、リツの執務室に到着すると、僕は慣れた様子でソファに座る。


 荷物をソファに置けば、ナイアは勝手に中を漁り始める。


 リツは僕の対面に座ると、真剣な表情で言う。


「それで? なんで存在昇華(グロウアップ)を使ったんだ? そんなにやばい相手だったのか?」


「いや、僕とリツの見解通り、ただの落とし子だったよ」


「……はぁ、なんとなく分かった。お前をあの町に向かわせた時点で、十中八九こうなると思ってた」


「あはは……面目ない……」


「大方、エンリとやらがまた(・・)お前の琴線に触れるような事を言ったんだろう? この空白の誰かがあなただったら良かったとか、そんなことを」


「うぐっ……」


 図星を突かれ、思わず呻く。


 呻く僕を見て、リツははぁと溜め息を吐く。


「お前が辛いのは分かる。けど、お前を忘れる僕達も辛いんだ。そこはちゃんと分かってくれ」


「そーだそーだ」


「ごめん……」


 リツは悲しげに、ナイアはお土産のお人形で遊びながら言う。


「次から気をつけてくれれば良い。さて、生産性の無い話は終わりだ。本題に入ろう」


 瞬間、リツの纏う空気が変わる。


 僕を心配する表情(かお)から真剣な表情(かお)になる。


 空気を読むことが苦手なナイアも人形を置き、リツを見る。しかし、お土産のクッキーを食べはじめたので、遊ぶのを止め変わりに食べることにしただけなのかもしれない。


 ナイアはいつでもそんな調子なので、僕達はナイアを気にすること無く話を進める。


「サクヤが落とし子ーー」


「リツー、お茶ー」


 真面目に話し始めたリツの言葉を遮り、お茶を要求するナイア。


「……トレース、お茶を頼む」


「かしこまりました」


 額に青筋を浮かべながら言えば、どこからともなく声が聞こえてくる。


 そして、気付いた時にはすぐ側にクラシカルなメイド服に身を包んだ綺麗な女性が立っていた。


 彼女の名前はトレース。リツが所有する魔導書(・・・)の一冊だ。


 リツの魔導書は、どういうわけか人の形をとれる。リツはそれを良いことに、彼女達に職務の手伝いや家事をしてもらっているのだ。


 トレースは人数分のお茶を用意すると、リツの後ろに控える。


「ありがとー、トレース」


「いえ」


 ナイアがお礼を言い、トレースが短く返す。


 お互いにこりとも微笑まないが、それが二人のデフォルトだ。仲が悪いと言うわけではない。


 ナイアがお茶を飲み始めたの確認すると、リツは今度こそ話を進める。


「サクヤが落とし子と戦ったということは、やはり首魁は……」


「ああ、シュブ=ニグラスだ」


「……また面倒な相手だな。いや、奴らの中に面倒じゃない相手はいないが……」


 どうしたものかと、頭に手を当てるリツ。


 シュブ=ニグラス。またの名を、千の仔孕む森の黒山羊。


 この世界に封印されていた旧支配者(グレート・オールド・ワン)の一柱。


「奴は曲がりなりにも神性を産み落とす。殆どが対した力を持たないが、強力な個体が産まれることもある」


「それに、数に勝る戦力は無いからね」


「やはり、こいつだけは早々に倒した方が良いか……」


 旧支配者(グレート・オールド・ワン)はどれも強力な邪神だ。


 けれど、国を防衛するに当たって一番厄介な敵がシュブ=ニグラスだ。


 奴はその異名の通り、千の仔を産み落とす。この間僕が倒した神性がそれだ。


 僕や他の勇者達にとってはなんてこと無い相手だが、常人にとっては見るだけで精神にダメージを負う相手だ。それが軍隊規模になれば、この国は太刀打ちができなくなる。


 この国には、いや、人間には、まともに神性と渡り合える者が少な過ぎる。


 それだけ神性が特別な存在なのだが、それにしたって対比が圧倒的過ぎる。


「シュブ=ニグラスが数を揃える前に、どうにかしたいところだが……」


「他の国に援軍は頼めないしね……」


 神に近しい種族にも頼めない。彼らは彼らの理由でしか動かないから。


「そも、援軍も意味が無い。無駄に屍が増えるだけだ」


「種も増やすことになるしね……」


「…………おほんっ。そ、そうだな」


 なぜか、リツが顔を赤くしてわざとらしく咳ばらいをする。


 トレースが訳知り顔でおかしそうに口元を押さえているが、僕にはどういうことだかさっぱりわからない。


「と、ともかく。最初に倒すべきなのはシュブ=ニグラスだ。簡単な話ではないがな」


「まあ、それは重々承知してるよ」


 他の旧支配者(グレート・オールド・ワン)の実力は知らないが、奴らと同じ存在のハスターが強かったことは知っている。僕等四人で戦ってようやく倒せた相手だ。僕の反則なまでの力を使ってもぎりぎりの戦いだった。


「それで、また僕達四人で行くのかい?」


「いや、それはできない」


「だよねぇ……」

 

 やはり、以前のようにはいかないか。


 以前は魔王と称されたハスターを倒すためだけに|勇者(僕等)を投入できたけれど、今は以前とは状況が違う。


 他の旧支配者(グレート・オールド・ワン)が復活し、方々その対処に追われている。一柱だけにかまけている余裕が無いのだ。


「それじゃあ、どうするの?」


「……お前には悪いが、お前とナイア、それに、魔導書(グリモア)を二冊貸す。その戦力だけで討伐してくれ」


「……魔導書二冊か」


 リツの魔導書は強力だ。しかし、僕等には届かない。それに、リツが僕に貸し出すのはおそらく複写の方だ。複写では原典よりも力で劣ってしまう。決して弱いわけではないが、神性を相手どるには役不足だ。魔導書は旅のサポート程度に考えるべきだな。


「悪いが、こっちも削れるのは二冊までなんだ」


「分かってるよ。リツが無理してくれてることは。大丈夫、この戦力だけでやってみるよ」


「ごめん……」


「リーツ」


「むぐっ!?」


 頭を下げたリツの顔を両手で掴み、無理矢理持ち上げる。


「僕は、謝られるより、ありがとうって言われる方が好きだな」


 まあ、リツが無理を強いる相手に、容易にそんなことが言えないことは知っているけれど。


 けど、それでも僕はありがとうと言ってくれた方が嬉しい。


 仲間なんだから、負い目よりも感謝を念を持ってほしい。


「あ、あうぅ……」


 僕と目を合わせると、リツは顔を真っ赤にして目を盛大に泳がせる。


 しかし、やがて観念したように下に視線を外しながら、言う。


「ありがとう……」


「うん」


 リツのお礼に、一つ頷いてから手を放す。


「さて、それじゃあ僕はお風呂にでも入ってこようかな」


「あ、なら、僕の部屋のお風呂を使ってくれ。クイーン、サクヤを案内してやってくれ」


「かしこまりました」


 リツに喚ばれ、リツの魔導書であるクイーンクゥェが姿を現す。


「サクヤ様、ではこちらへ」


「うん、分かった」


「ん、サクヤお風呂入るのか?」


「うん、そうだよ」


「なら、わたしも入るぞ。背中洗いっこだ」


「い、いや、それはマズイかな」


 僕としてはとても魅力的な提案ではあるけれど、リツが許してくれないだろう。


 そう思っていると、案の定、リツが顔を真っ赤にして声を荒げる。


「馬鹿を言うな!! い、いいい一緒にお風呂など……ま、まして、背中洗いっこなど……!! 断じて許さん!!」


「むぅー、リツはけち臭い。お風呂ぐらい良いじゃないか」


「良くない!! 健全な男女は一緒にお風呂に入らないのだ!! 僕の目の黒いうちは、ふしだらな混浴など許さん!!」


 リツの言葉に、ナイアは不満そうに頬を膨らませてこちらを見る。


「サクヤ、リツが意地悪だ。多分、リツも一緒にお風呂に入りたいんだ」


「だ、だだだ誰がサクヤと混浴など……!!」


「いや、リツ。僕と君とじゃ混浴じゃないから。普通に入浴だから」


「ーーっ! わ、分かっておるわ!! ええい、お前はさっさとお風呂に入ってこい!! ナイアはここで留守番だ!! いいな!?」


「むぅー! わたしはお風呂に……」


「待ってたら美味しいケーキを出してやる!!」


「ナイアさんはとてもいい子に待ってることにしよう」


 ケーキという魅力的な言葉(ワード)を聞き、ナイアは目をキラキラと輝かせてソファに座り直す。


 あいも変わらず自身の欲望に忠実なナイアに、僕は思わず苦笑いがこぼれる。


 ちょっと残念だけど、正直助かったという感情の方が強い。


 ナイアは見た目よりもだいぶ精神年齢が低いから、身体的接触が激しい時がある。お風呂でそれを発揮されたらたまらない。理性が飛ばないように自分を殴りつけるなんてごめんだ。僕の拳はかなり痛いのだ。


「じゃあ、僕は行ってくるね。リツ、ナイアさんをお願いね?」


「……ああ、任せておけ」


 疲れたように言うリツ。本当に、あらゆる面でご迷惑をかけます……。


「そうだ、リツ。一緒にお風呂に入ってリフレッシュでもする?」


「ーーっ!! す、する…………い、いや、しない!! 嫌なわけじゃないが、こ、心の準備が……!!」


「なんで男同士で入るのに心の準備がいるのさ」


「ーーっ。お、お前は……まだそんなことを言う……」


 僕が笑みながら言えば、リツは少しだけしょぼくれたように小さな声で言った。


「はぁ。サクヤ様。お戯れもその辺にして早く行きましょう。リツ様はこの後予定がありますので」


「え、そうなのかい? それじゃああんまり長居するものじゃないね。リツ、お邪魔してごめんね? ナイアさん、リツの言うことをよく聞いてね?」


「わかった」


「それじゃあね」


 僕はナイアをリツの執務室に残して、クイーンクゥェの後について行く。


 扉を閉める直前、リツの特大の溜め息が聞こえてきた。


 やっぱり、リツも疲れてるんだな。通常の職務に加え、ナイアのお世話も任せてしまったし……よし、今度なにか埋め合わせでもするか。


 そんなことを決め、僕はお風呂に向かった。


 因みに、リツの部屋のお風呂は花の良い香りがした。良い石鹸でも使ってるのだろうか? 今度教えてもらおう。

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