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007

 エンリと約束した通り、僕は町の外壁の全てを修理した。


 魔術もかけたし、以前よりも守りは堅くなっただろう。


 今回のような神性はともかく、普通の魔物くらいなら凌いでくれるだろう。


 だから、僕は安心してこの町を去れる。


 全てが終わり町に平穏が訪れれば僕のような不穏な存在は必要が無い。


 荷物をカバンにまとめ、背負う。


 思った以上に長居してしまった。こりゃあリツとナイアに怒られるなぁ……。


 そんなことを思いながら、僕は部屋を出る。


 部屋から出て食堂に入れば、ライラさんが声をかけてくる。


「もう行くのかい?」


「長居し過ぎましたから」


「まあ、もともと七日間の予定だったもんねぇ」


 そう言うと、ライラさんは苦笑する。


「あの子が我が儘言って悪かったね」


「まあ、睡眠薬盛っちゃったの事実ですから……」


「それを差し引いても、だよ。本来なら、あの子はあんたを拘束できる立場じゃないんだから」


「けじめは、ちゃんとつけないといけませんから」


「そうかい。ま、あんたがそう言うなら良いさ。部屋が空いてる時にまたおいで。そん時には、美味しいシチューでも作ってやるよ」


「ありがとうございます」


 僕はライラさんに頭を下げて宿を後にした。





 宿を後にし、僕はどこにも立ち寄ることなく正門に向かった。


 彼女に、エンリに会いたくなかったからだ。


 彼女は僕がこの町を離れると知れば泣いてしまうだろう。僕は彼女の泣き顔なんて見たくはない。彼女に、泣いてほしくはない。


「そう思ったから、何も言わずに来たのになぁ……」


「こんなことだろうと思ったから、ここで待ち伏せしてたのよ」


 むすっとした顔で正門の前に仁王立ちをするエンリ。


 どうやら、僕なんかの考えはお見通しだったらしい。


「お兄さん。この町に居る間にお世話になったわたしに、何も言わずに帰るつもり?」


「お礼なら昨日言っただろう?」


「昨日は昨日、今日は今日。今日の分のお礼をまだ聞いてない」


「じゃあ、ありがとう。お世話になったよ。それじゃあ」


「待った!!」


 そう言ってエンリの横を通り過ぎようとすれば、エンリに腕を掴まれる。まあ、当然そうなるよね。


「何かな?」


「心がこもってない」


 まあ、込めてはいないからね。


 ……はぁ。これは気の済むままにってやつだね。


 僕はエンリに向き直る。


「エンリちゃん、滞在中は本当にありがとう。パン、美味しかったよ」


 そう言って、頭を優しく撫でる。


 これは本心だ。エンリの焼くパンはとても美味しかった。エンリの煎れるお茶はとても美味しかった。エンリと過ごす時間はとても楽しかった。


 けど、だからこそ旅立ちや人間関係はあっさりとさせたかった。情が湧いたら、どちらにとっても辛いものになるからだ。特に、僕にとっては。


「この町に居れば、いつでも食べられるよ……」


「それは魅力的だね」


「ならーー」


「でもダメだ。僕にはやらなくちゃいけないことがある」


 それは絶対に止めてはいけないことだ。他の誰が諦めても、僕だけは諦めてはいけないことだ。


「それって、とても大事なこと……?」


「ああ、とても大事だ」


「こんなご時世にやらなくちゃいけない事って何? 戦いは終わったよ? 魔王は消えたよ? それなのに|お兄さん(冒険者)がやらなきゃいけないことって何?」


 まあ、当然の疑問だよね。


 魔王が倒され魔王の怒りを恐れて加担も支援もせずに傍観を決め込んでいた周辺諸国も、勇者の存在を恐れて戦をしかけてはこない。確かに、平和な世の中になった。


 僕達みたいな冒険者は魔物の残党を倒して生計を立てている。しかし、それはやらなくてもいいことだ。魔物の残党は兵士達でも倒せるし、むしろ国は率先して倒そうとさえしている。


 けれど、冒険者の仕事が無くなり、生活や転職をする資金を貯める前に職が無くならないようにするために、今でも冒険者に依頼を回しているのだ。冒険者は、もう必要とされなくなっていた。


 冒険者の数は徐々に減っていき、かつて伝説とうたわれた冒険者や、憧れであった冒険者も、商人や貴族の護衛などに職を変えている。


「魔王が死んだから、世界各地にあった迷宮も停止してるよ? 迷宮の探査もしない……冒険ももうできないのに、お兄さんが冒険者を続ける理由は何?」


 彼女は納得のいく理由を話さないとこの話を終わらせてはくれないだろう。


 けれど、僕は話せない。話してはいけないのだ。


「ごめん、機密事項なんだ」


「また、それ……!」


「ごめんね」


 立場上、話せないこともある。それを理解してるから、エンリは怒るに怒れない。


 エンリは賢い子だから、ただの我が儘な子にはなれない。子供のように泣いて駄々をこねて、納得のいく説明を求めない。


 エンリは自身を落ち着けるために深く息を吸う。


「お兄さん、前に言ったよね?」


「なにをかな?」


「この町に四番目の勇者様がいたこと」


「……ああ、そういえば、そんな話もしたね」


「わたし、その勇者様がお兄さんだったら良いなって思ってるの」


 エンリの言葉に心臓が跳ね上がる。


「お兄さんと四番目の勇者様は全然違う。お兄さん、優しくないし、わたしに薬盛るし、社交性も無いんだもん」


 エンリが言葉を紡ぐために鼓動が早くなる。


「でも、でもね。お兄さんはたった数日だったけど、ちゃんとお店に毎日来てくれた。四番目の勇者様と同じで、来てくれた」


 エンリの頭に乗せていた手を、エンリの手が優しく包み込む。


 胸元まで手を持って行き、きゅっと優しく抱きしめる。


 顔を上げ、濡れた瞳が僕を射抜く。


「ねえ、お兄さん。わたしは何も覚えてない。けど、わたしの中の空白がお兄さんだったら良いってずっとーーーー!」


存在昇華(グロウアップ)


「ーーーーあれ?」


 エンリが驚いたように僕を見る。


 そして、ぱっと僕の手を離すと、涙を拭う。


「す、すみません。見ず知らずの(・・・・・・)方の手を握ってしまって」


 涙を拭いながら謝るエンリに、僕は笑顔を作って返す。


「いえ、お気になさらず。それでは」


 それだけ言って彼女に背を向けて歩き出す。


「あ、あの!」


 彼女が僕の背中に声をかける。


 僕は首だけで振り返る。


「何か?」


「あ、あの……こんなこと聞くの変ですけど、わたし達、どこかで会ったことありませんか?」


 その言葉に、僕の胸はきつく締め付けられる。


「……いえ、はじめまして(・・・・・・)ですよ」


「そ、そうですよね。馬鹿なこと聞いてすみません」


「いえ」


 短く、それだけ言うと、僕は前を向いて歩く。


 正門を出て、しばらく歩く。


「やっぱり、辛いなぁ……」


 歩きはじめたばかりの足は異様に重く、胸にも鉛のような重みがのしかかっているような感じがした。


 本当はこんなことをしたくは無い。けれど、これは僕にしかできないことだ。だから、僕がやるしかない。


「僕がやらなくちゃいけないことは、世界を守ることなんだよ。エンリちゃん……」


 もう僕の声は聞こえない、そして、僕のことを憶えていない(・・・・・・)エンリに向かって言う。


 僕が背負うにはあまりにも重い|やらなくちゃいけないこと(使命)。





 この世界に召喚された勇者は四人。その四人は史実通り、魔王を倒した。


 しかし、勇者達が倒したのは、正確には魔王ではない。


 奴は自らのことを旧支配者(グレート・オールド・ワン)と言った。そして、旧支配者の一人(・・)、ハスターと名乗った。


 ハスターは、魔王ではない。奴は(よこし)まなる神性、邪神である。


 ハスター、またの名をハストゥル、ハストゥールと呼ばれるかの邪神は、勇者達に倒される前に言った。


『私を倒したところで、意味は無い。もうじき他の旧支配者が目覚める。神性の目覚めとは、それすなわち世界の滅びの始まりだ。いいか、矮小(わいしょう)な人の子よ。私などまだ優しい方だ。彼の者らは私では手が及ばん。どちらにしろ、私とお前達の死は免れん。それが早いか遅いか、だけだ』


 ハスターとの戦いでも精一杯だった勇者達は、ハスター以上の文字通りの化け物と戦わなくてはいけない。


 このことは勇者達と国の上層部しか知らない。


 神性の眠っていた迷宮は主の目覚めと共にその機能を停止させた。もう主を守る必要も無いからだ。


 世界各国の迷宮全てが機能を停止する。それすなわち、眠っていた全ての邪神が目を覚ましたと言うことだ。


 もう、世界滅亡へのカウントダウンは始まっているのだ。


 これに対抗できるのは神性を脅かす力を持つ四人の勇者のみ。


 一番目の勇者ーー武ノ者・武者(むしゃ)


 二番目の勇者ーー癒ノ者・聖者(せいじゃ)


 三番目の勇者ーー知ノ者・識者(しきしゃ)


 そして、忘れ去られた四番目の勇者。


 いや、もう誤魔化すのはやめよう。


 そう。僕が四番目の勇者だ。


 僕は神ノ者・神者(かむじゃ)だ。これは識者が考えた安易な造語だ。僕は神人(かみびと)が良いと言ったのだけど神人(かみんちゅ)と沖縄弁のような呼ばれ方をしたので、渋々神者を受け入れてる。


 他の三人の能力は読んで字の如くなのだけれど、僕のは説明しないとわからない。


 だから、今ここで説明しよう。


 僕の能力は存在性の昇華だ。


 者には存在性と言うものがある。存在性は動物、植物、道具等など、関係無しに全てのものにある。


 存在性とは簡単に言ってしまうと、存在する優先順位だ。存在性が高ければ高いほど、他者よりも強い。


 レベル、と言った方がわかりやすいだろうか。


 そう、生物としてのレベルだ。うん、そっちの方がわかりやすい。


 僕の能力はレベルアップということになる。


 能力を発動すればレベルが上がるのだ。他人が地道に築き上げて来たものを嘲笑うかのように飛躍的にレベルが上がる。そんな、くそったれな能力。


 そして、このくそったれな能力にはあるデメリットがある。


 レベルアップをするには経験値が必要だ。では、僕の経験値はどこから来ているのか? それは、|他人が所有する僕に関する記憶だ(・・・・・・・・・・・・・・・)。


 直接僕を見た、見てないに問わず、僕の話を聞いただけでもその対象になる。僕という存在が記憶に根付いた時点で、僕の能力の対象になってしまう。


 これが、四番目の勇者が忘れられるからくりだ。


 僕は、ハスターとの戦い以前に三回、ハスター戦で一回、その後、今回のことと合わせれば三回、計七回も存在昇華(グロウアップ)をしている。


 僕は、七回も他人の中から僕に関する記憶を奪っている。


 ……本当にくそったれな力だ。


 他人の中に根付いた記憶は、良くも悪くも他人のものだ。それを無理矢理奪って自分の力にする。そして、そのことに勝手に罪悪感を覚えてる。本当に、どうしようもない。僕も、僕の能力も。


 エンリが最後に僕に見せた顔を思い出す。


 泣き顔、記憶を消した後の、困惑した顔。


 エンリのあんな顔、二度と見たくないと思っていたのに……。


 エンリの言った通り、四番目の勇者(ぼく)はあの町に滞在していた事がある。


 僕の能力を知った王様と仲間が、僕を戦場から遠ざけてくれたのだ。


 悪いと思いながらも、僕は仲間達の提案に乗った。誰かに忘れられるのも、戦うのも怖かったからだ。


 皆には悪いけど、僕は平和に暮らそう。


 ……そう思ったのに、そうはならなかった。僕の存在を知ったハスターは僕の平穏を許してはくれなかった。


 ハスターは、町に刺客を放ってきた。


 眷属であろうと神性に末席を連ねる存在達。町の人達ではどうしようもなかった。


 だから、僕は力を使ったのだ。


 眷属達を打ち倒し、僕を忘れた町を見て思った。


 もう戻れない。もう、戻る場所が無い。


 誰も僕を知らない。誰も僕を憶えてない。僕は、一人ぼっちだ。


 戻れないなら、僕は進むしかない。


 一人が嫌なら、魔王を倒すしかない。


 だから僕は戦ったんだ。必死に、必死に。


 やっとの思いでハスターを倒したというのに、戦いはまだ終わってないという。むしろ、世界滅亡の前哨戦だと言う。


 なら、とことんだ。とことん戦ってやる。


 神性を全て打ち倒し、誰も僕を忘れる必要が無くなるその日まで、戦ってやる。


 僕が、神を殺してやる。


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