表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/18

006

 パン屋を後にし、正門を通り街の外へ出る。


 街の人々はどこかそわそわと(せわ)しなく、兵士さん達は緊張した面持ちをしていた。


 まあ、当然か。これから襲撃があるのだから。


 僕はできるだけ戦闘場所を遠ざけるために、街から離れる。


 街から視認しづらく、僕が即座に街に戻れる場所まで歩いて、ようやく足を止める。


 うん、ちょうどだ。


 足を止め、戦うべき場所を定めたちょうどその時、僕もようやっと、彼らの存在を視認する。


 僕は、彼らに言ってないことがある。まあ、言わなくていいことだから、言わなかったのだけれど、ともあれ、言わなかったことは事実なことだ。


 僕は魔物が来ると言ったけれど、実際のところ、今回に限って言えば魔物ではない。


 この世界には(・・・・・・)、魔物という者は存在する。それは確かだ。ゴブリンがいて、ドラゴンがいて、ラミア、コボルド、ウェアウルフ、デュラハン、リッチ、スライム、エトセトラエトセトラ。


 確かに、僕が、世間一般が魔物であると認識する者は存在しているのだ。僕だって何度も対峙したし、命を奪っても来た。だから、魔物はいる。それは間違いない。


 世界的に見ても魔物の被害は多いし、認知度も魔物の方が高い。直近の脅威度で言ってもそうだ。だから町長も町の皆も魔物の群れだと説明すれば納得してくれた。


 けれど、今回に限って言うのであれば、相手は魔物なんかではない。それよりも、もっと悍ましい者だ。


 闇夜の中、うね、うね、と身を不気味に揺らしながら歩く影。


 身体に複数ある口から生臭い吐息が漏れる。その吐息が、周囲に広がるたびに不快感が胸の奥から競り上がってくる。


 魔物も奇形であるけれど、彼らは魔物以上の奇形だ。いや、魔物はその形であると認知されているから、彼らは奇形ではないのだろう。恐ろしいけれど、そうである、そういうものであると認識されているのだ。


 けれど、彼らはそうでない。


 彼らを、多くの人々は知らない。だから、彼らをそうであると認識できない。


 だから、彼らは奇形。自身が認知しないものは奇なる者なのだ。


「なら、僕も奇なのかもな」


 言って、思わず乾いた笑いが漏れる。


「君達も、かわいそうなのかもね。自分を認知してもらえないんだからさ」


 僕の言葉に答えたわけではないだろうけれど、彼らの口から壊れた管楽器のような音が鳴る。


 奇形と呼ばれる彼らの姿は、やはり形容しがたい。


 山羊のような脚が三本、四本、多いものでは十本も生え、その太さは成人男性の胴体程もある。


 目や鼻はなく、頭部にあたる箇所から何十本もの触手を生やしている。


 まるで雑草が醜悪になり、そのまま歩いてきたかのような出来のそれらは、決して魔物等ではない。魔物と呼ぶには余りにも(おぞ)ましく、余りにも不定形だ。


 形あるものを生み出した神に対する冒涜のような不定形なそれは、常人が見れば正気を無くす程、常軌を逸していた。


 見れば背筋が凍り、産毛は粟立ち、身体は生まれたての小鹿のように震える。


 彼らは魔物ではない。では、何か。その答えを、僕は知っている。


「……まったくもって、本当に不思議でならないよ。君達が……神性(・・)だなんて」


 そう、彼らは神性。悍ましき姿を持った、神達である。


 あれが、あれこそが、この世界の神。


 悍ましく、冒涜的で、余りにも生物として掛け離れている。その身体も、存在も。


 神性と相対すれば、並の者では正気を保っていられない。


 彼らは恐ろしき神性。他と協調することなく、ただただ脅かすだけの神性だ。


 けれど、身の毛もよだつ彼らの姿を見ても、僕はなにも思わない。恐怖も、気味の悪さも。


 ただただ、ああ、近いんだなと思う。

 

 僕が戦いの場を遠ざけたのも、兵士さんや町の皆を戦場から遠ざけたのも、彼らが相手だからだ。


 魔物の襲撃であれば僕も喜んで手を貸してもらった。僕が彼らをサポートしながら、彼らに経験を詰ませることができる。そうすれば、町の防衛にも一層役に立つ。


 けれど、そうはできない。


 なぜなら、彼らは、神性を前にしてしまえば、余りにも無力だからだ。


 だから、僕は彼らを通すわけにはいかない。


「さて、生まれたての君達には悪いけどーーーー」


 言いながら、一歩、踏み出す。


 直後、僕は彼らの目の前にまで距離を詰めている。


「ーーーー死んでくれ」


 無造作に、拳を振るう。


 それだけで、目の前にいた者は吹き飛ぶ。


 肉が裂け、身体は弾け飛び、血飛沫が舞う。


 僕は生死の確認をすることなく、次の標的へと走る。


 百を超える神性を、殴り、蹴り、時には投げ、ちぎる。


 僕が通り過ぎた後には神性共の亡骸(なきがら)が散らばる。


 彼らは抵抗らしい抵抗は出来ない。そも、僕の動きには着いてこれない。


 安全に事を成し、皆を守れる力だけれど、誇らしいとは感じない。


 僕はただの暴力を振るい、彼らを殲滅した。





「……はぁ……」


 吐息を、一つ漏らす。


 別に疲れたわけではない。この身体は、この程度の戦闘で疲れることは無い。そして、この程度の神性に負けるほど脆弱でも無い。


 ただ、けれど……やっぱり、何かを殺すという行為は、気疲れする。


 神性と至近距離にいて影響を受けないこの身体でも、精神は疲弊する。


「……まあ、良かった。今回は、この程度で」


 今回は生まれたてだから手こずらないで済んだ。あの時と(・・・・)同じ神性だったら、どうなっていたか分からない。勝てたけれど、被害は甚大だったはずだ。


 いや、今は何事も無かったことを喜ぼう。


 僕がちょっと疲れるだけで済んだのだから、これ以上の成果は無いだろう。


「戻るか……っと、その前に」


 僕は懐から一枚の紙を取り出し、それを無造作に投げる。


 ひらひらと揺れながら落ち、紙は地面落ちる。


 直後、紙は青白い炎を上げて燃え盛る。


 炎は地を這い、まるで地に散った神性の血肉を呑みこまんとばかりに広がり、神性の亡骸を燃やしていく。


「証拠隠滅完了っと」


 これで安心して戻ることができる。


 もう、この戦場に用は無い。


 僕は宿に戻って休むために町に向けて歩を進めた。


 疲れていないはずの足は、町を歩くときよりも重く感じた。



 〇 〇 〇



 翌朝。


 僕の極秘任務も無事終わり、後はこの町を去るだけとなったのだけれど……。


「……」


 旅のための準備をしようと、必要な物を買い出しに出ようと思い、宿を出てた……までは良いのだが、宿の扉を開けてすぐ、目の前には機嫌悪そうに目尻と眉を吊り上げるエンリの姿があった。


「何か言うことない?」


 誰がどう見ても怒っていると分かるほど怒っているエンリ。言葉には遊びが無く、ただストレートに謝れと僕に告げている。


 僕はただただ気まずく、あははと乾いた笑みを浮かべる。


「え、えっと、おはよう?」


「おはよう。で? 他に無い?」


 ダメだ、やっぱり遊びが無い。やっぱり相当に怒ってる。


 いや、今のは僕が悪かった。うん、空気を読んでなかった。反省。


「えっと……ごめんなさい……」


 僕は誤魔化すことをやめて、素直に頭を下げて謝った。


 町の人が起きはじめ、人通りが出来はじめる時間帯なので人の目もあるけれど、それでも構わず頭を下げる。


 頭を下げる僕に人々の目が集まる。その中でも、エンリのものだけが一際僕に突き刺さる。


「……」


「……」


 無言の時間が流れる。


 周囲の人も固唾をのんで見守る。


 そんな、気まずく、長い静寂は、エンリの溜め息を持って終わりを迎えた。

 

「はぁ……お兄さん、なんでわたしが怒ってるか、分かる?」


「睡眠薬を盛ったからでしょうか?」


「違う。それもあるけど、全然違う」


「……ごめん、分からないや」


 僕がそう言えば、エンリは珍しく声を荒げて言った。


「気をつけても、行ってらっしゃいも、言えなかったことよ! 起きてお兄さんがいなくて、わたしがどれだけ……どれだけ心配したと思ってるの!!」


 言葉の途中から声が震える。


 顔を上げてエンリを見れば、彼女は泣いていて、言葉にするので精一杯といった感じだった。


 腰から曲げていた身体を起こし彼女とちゃんと向き合えば、彼女は即座に僕の胸に飛び込んできた。


「朝目が覚めて、お兄さんが居なくて……でも、町は何も変わり無くて……でも、お兄さんは怪我してるかもしれないって思ったら、嬉しいよりも、もっと、怖くて……」


 涙を見られないように、彼女は僕の胸に顔を押し付ける。


 一瞬、彼女を抱きしめようと手が動くが、それを意識して止める。


 彼女も、周りの空気も、それを許してくれるだろう。けれど、それだけはしていけない。空気と、欲に負けてはいけない。そんなことを、僕はしてはいけないのだ。


 上げかけた手を降ろす。


「御免よ……」


 頭も撫でない。抱きしめもしない。僕から、彼女を期待させるようなことはしない。


 言葉だけだ。僕が彼女にかけられるのは。


「やだ、許さない」


 そう言うと、彼女は僕から離れ、乱暴に涙を拭うと指をこちらに突きつけてくる。


「今のは抱きしめて御免よって言うところでしょ! そんな謝り方じゃ及第点もあげられません! 罰として、町の外壁を全部修理して、それから帰りなさい!! いい? 分かった?」


 泣いたせいで目元は赤く、途中、ずびっと鼻を啜ったものだから恰好がつかない。


 しかし、これは観念する他無い。周りの人も頷いてるし、なにより、ここで首を横に振れば彼女が納得をしないだろう。それどころか、今以上に怒ってしまうことだろう。


 僕は観念して、一つ息を吐く。


 町長には元々できるところまでと話しをしてはいたし、他の人に引き継ぎは済んでいる。


 けれど、彼らと僕とでは修理の速度が違う。


 彼らは僕のように木材を山のように抱えて移動するなんて出来ないし、なにより暇を見て手伝ってくれていたので、作業速度も遅い。


 ……中途半端にして出て行って気にするよりも、全部終わらせてからの方が僕の気も楽、か……。


「分かったよ。全部修理してから帰るよ」


「よしっ!」


 僕の言葉を聞き、彼女はいつものようににっこりと微笑んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ