005
更に二日が過ぎ、滞在してから計六日が経過した。そろそろ、対象が来ても良い頃だ。
外壁の修復は早いものですでに三分の二が終了していた。もともと保険としての外壁の修復だったけれど、これだけ済めばただの盗賊や小醜鬼くらいの弱い魔物なら難無く防げそうだ。
まあ、僕が敵を一体でも通してしまったら、壁は持って数分と言ったところだけれども……。
本当に、気休め程度だな。無いよりはマシだけど。
それにしても、町中の兵士さんがピリピリしてるな。町長の希望でこの町を守る要である兵士さんには話を伝えてあるけど、それにしたってピリピリしすぎだ。戦闘経験が少ないから、緊張して神経張り詰めさせるのは分かるけど、顔が強張りすぎて町民達に何かあるって覚られちゃってるよ。
だから、今日は朝から町の雰囲気が張り詰めている。
何が起こるのか分からないけれど、何かが起こるのは分かる、といった感じだ。
皆ピリピリしてるから、今日は外に出ないで夜まで待とうかなーー
「お兄さん、何か知ってるでしょ? 話して」
ーーと思っていたのに、エンリさんから呼出しを受けました。はい。
しかも、エンリさんだけかと思いきや、エンリさんの後ろには顔の厳ついおじ様方が腕を組んでこちらに睨みを効かせている。
ひえぇ……穏やかなパン屋の様相が、今やマフィアのアジトみたいになってるよ……。
「さあ、兄ちゃん、話してもらおうか?」
「なぁに、素直に話せば悪いようにはしねぇよ」
「おっと、しらばっくれても意味ねぇぜ?」
「なにせ、極秘任務とやらでこっちに来てるんだからな?」
余所から来た冒険者、しかも銀一等である僕なら何か知っていると思われるのは当然の事で……ていうか、僕、自分から言ってたしね。
うーん……ここは、町長さんに言ったように、ある程度筋の通った説明をするべきかな? 下手に混乱されても困るし、もしもの事があったら、兵士さんも、民間人に事情を知ってる人たちがいた方が楽だろうし。
それに、聞き出すまで梃でも動かないって表情してるしな……。
僕は、おほんと一つ改まった咳ばらいをする。
「良いですよ、お教えします。しかし、余計な混乱を招きたくないので、皆さんの心の内に留めてください」
「他言無用って事かい?」
「はい。それさえ守っていただければ、お教えしますよ。万が一に備えて、事情を知っている人が居る方が便利ですので」
僕の言葉に、おじ様達は顔を見合せる。そして、互いに一つ頷くと、こちらに視線を戻した。
「いいぜ、他言無用だ」
「では、お話しましょう。簡単に説明しますと、今日の夜半に魔物の群れがこの町に押し寄せてきます。以上」
「以上って、説明雑過ぎねぇか!?」
「もっとこう……経緯とか、理由とかよぉ……」
「てか、魔物の群れって、マジなのか?」
口々にそれぞれの感想を口にするおじ様方。
その全てに答えるのも骨が折れるので、今の僕が言えることだけを言う。
「僕としても教えられた情報がこの程度でしてね。まあ、きちんと仕事はこなすつもりなので安心してください」
「そうは言うがよ、実際、兄ちゃん一人で大丈夫なのか?」
「言っちゃあなんだが、その、なぁ……」
「俺達も手伝った方が……」
魔物の群れの対処に当たるのが僕一人だということに、不安を覚えるおじ様方。
最初から、僕はあまりあてにされないとは思っていたので、彼らの反応は理解できるし、僕が彼らの立場でも同じ事を思ったに違いない。
自分で言うのもなんだが、僕の体つきは恵まれてはいないし、上背も無い。ギリギリ百七十センチに届いてないのが悔しい限りだが、ともあれ、見た目が頼りないのは事実だ。年齢も、二十を超えてはいない。年若く見えるのだから、なおさらだろう。
まあ、これもいつものことだ。いつも通り、対処すれば良い。
「はいはい、落ち着いてください。僕が頼りなく見えるのは分かりますがね、ちったあ落ち着いてください。事も起こってないのに慌てられたら困ります」
ぱんぱんとお店に響き渡るように手を打てば、皆の視線がこちらに戻る。
「今はまだ慌てるときじゃありませんよ。最悪の事態に陥ったら慌ててください」
今慌てられるのが一番困る。この混乱が伝播して町中に広がって、あまつさえ話が洩れでもして町から勝手に出て行かれでもしたら、さすがに安全を保障することは出来ない。
「まあ、不安もあると思いますがね、僕としては、こちらを信じて待ってもらうのが一番楽なんですよ。その方が動きやすいですし、何より守りやすいですから。それに、素人が戦場に出て来られても足手まといです」
淡々と言えば、彼らは少し苛立ったように顔を歪ませるが、彼らが何かを口にする前にポケットから一つの金属の塊を取り出す。
「これ、なんだか分かります?」
皆に見せるように金属の塊を向ける。けれど、皆首を傾げるばかりで、いっこうに答えを言ってくれない。口を出ても憶測ばかり。
「鉄か?」
「それならわざわざ見せねぇだろうがよ」
「じゃあ、何だってんだよ?」
「農夫の俺に分かるわけねぇだろうがよ」
あーだこーだと言い募るおじ様方。
まあ、知識がないと分かりませんわな。僕だって、初めてこの金属を見たときは、なんぞや? って思ったもん。
しかして、僕が持つ金属の塊を見て、思案顔のおじ様が一人いた。
彼は僕と目が合うと、少しだけ自信なさげに言った。
「若い頃に一度見たきりで、確証はねぇが……もしやそれは、アダマンタイトか?」
「流石のご慧眼でございます。そう、この石っころみたいなのは、かの有名なアダマンタイトにございます」
ようやっと正解が出た。これで話を進められる。
冒険者の中でも数ある者のみが手にすることのできる素材、それがアダマンタイトだ。他にも鉱石などで有名なものはあるけれど、クセが無く、使い勝手が良いのがアダマンタイトだ。
けれど、希少性が高く、武器にするときに加工に手間がかかるうえに、アダマンタイトを加工できる職人が少ないときている。なのでそのお値段はちょっとどころか、かなりお高い。
しかして、その使い勝手は良く、また、多くの上級冒険者が持ち歩くので、若手冒険者や英雄を夢見る子供にはとても人気度の高い鉱石なのだ。
とまあ、そんな感じに有名で人気なアダマンタイト。これをどうするのかと言えば……。
「エンリちゃん、ちょっとこれ持ってみて」
「え、うん……」
おもむろにエンリにアダマンタイトを渡す。
「何かおかしなところは無い? 切れ目が入ってるとか、脆くなってるとか」
僕がそう聞けば、エンリはアダマンタイトをじっくり見て、テーブルにこつこつ打ち付けたりして確認をした。テーブルに打ち付けて、テーブルが少しへこんでいるのは、言わぬが花だろう。
「特に、無いけど……」
「そいつは良かった。じゃあ、貸して」
「うん」
エンリからアダマンタイトを受け取り、皆に見せるように指でつまむ。
「それじゃあ、見ててくださいね? ここには、種も仕掛けも無い、有り触れたアダマンタイトがございます」
「手品か」
「アダマンタイトが有り触れてたまるか」
「アダマンタイトがあります! ……皆細かいところ気にするなぁ。まあ、良いや。とにかく見ててください」
余計なツッコミが入ったが、僕の言葉に皆がアダマンタイトに視線を集中させる。
皆の視線が集まったところで、僕はアダマンタイトをつまむ指に、少しだけ力を入れる。
すると、アダマンタイトはバキッと音を立ててひび割れ、次の瞬間にはいくつもの破片になって砕け散った。
「「「「「なっ!?」」」」」
突然割れたアダマンタイトに、皆が口を開けて驚愕する。
そんな皆の姿を見て、僕はにこりと笑む。
「僕にとって、こんな石ころを砕くことなんて朝飯前です」
「アダマンタイトが……」
「石ころ……」
「ええ、石ころです」
呆然とする皆をそのままに、僕は畳みかけるように舌を回す。
「僕の取り柄はこの怪力なので、今回のように多対一の戦闘だと、相手を掴んで振り回したりぶん投げたりします。時には無茶苦茶に敵に突っ込んでいったりもするので、仲間が居ると巻き込んでしまいます。ですので、僕が最良の状態で戦うには一人が一番なんです。お分かりいただけますか?」
僕が畳みかけるように言えば、皆、こくこくと頷いた。
上級冒険者の証とも言えるアダマンタイトを、こうも簡単に砕かれ、あまつさえでたらめな力を使った、でたらめな戦法を聞かされれば、自分たちが足手まといであると感じるのは当たり前だ。
そして、そのうえで、下手をしたらお前達を巻き込むからなと言えば、戦線に参加すると言う者は居ないだろう。アダマンタイトを砕くほどの怪力で殴られたり、投擲された物の巻き添いにでもなれば確実にただでは済まないだろう。
まあ、怪力だから強いと言うわけではないけれど。それでも、これだけショッキングな光景を見せれば、彼らは頷かざるを得ないだろう。
「お分かりいただけたようで何よりです。それでは、皆さんは、有事の際に兵士さんに協力してください」
これで話は終わりだと、ぱんぱんと手を叩けば、皆、パン屋を後にして行く。
納得しているようなしていないような、けれど巻き込まれるなんて御免だと言うような顔をしている。
おじ様達が帰り、静かになった店内。残った僕はといえば、砕け散ったアダマンタイトを集めていた。小さくてもアダマンタイト。拳大も無いけれど、それでも売れば大金になる代物だ。砕け散ったけど、溶かしてインゴットにすれば何とかなるよね?
集めきったアダマンタイトをポケットに入れる。
「さて、それじゃあ僕も宿に戻ろうかな。エンリちゃん、場所借りちゃって御免ね」
「それは、別に良いけど……」
「ついでだから、パンを買っていこうかな。お夕飯、向こうで食べたいし」
「ねぇ……」
「焼きたてってどれかな? あ、でも、このサンドウィッチも美味しそうだ。新作かな?」
「ねぇ……」
「うーん、バターパンも捨て難い。戦いの前だし、いっそ全部ーー」
「ーーねぇったら!!」
……。
彼女が何かを言おうとしている。それは雰囲気で分かった。だから、聞きたくないアピールをしたのだけれど……どうやら、意味が無かったようだ。
僕は観念して彼女に視線を向ける。
「どうしたの?」
「……今日も、食べていってよ。奢るから……」
「……」
思っていたのと違う言葉をもらい、少し呆けてしまう。
「返事は……?」
「……分かったよ、お嬢様」
「ん……」
エンリは一つ頷くと、店の奥に引っ込む。どうやら、お茶の準備をしてくれるらしい。
空を見やれば、日は落ちはじめ、もう少しで夕刻に差し掛かろうとしている。そろそろ頃合いだろう。
「エンリちゃん、今日は僕がお茶を煎れるよ」
「え? お兄さんが?」
「うん。僕、お茶煎れるの結構上手なんだよ?」
「……じゃあ、お願い」
「お任せあれ」
言葉と共に、ぺこりと綺麗に一礼してみせた。
夕刻もとっくに過ぎ、夜の帳が完全に落ちた頃。テーブルに頭を預け眠りこけるエンリの頭を優しく撫でる。
彼女は、しばらく起きないだろう。お茶の中に睡眠薬を混ぜた。それほど強いものではないとは言え、一、二時間は効果があるだろう。
「御免よ、エンリちゃん。君に泣かれると、僕は困っちゃうんだ」
へたれな僕を許しておくれ、なんて言わないけど、大目に見てほしいな。
「……行くか」
彼女の頭から手を離し、パン屋から出て行こうとするーーーーが、不意に、くっと服が引っ張られた。
驚いて後ろを振り返れば、そこには眠っているエンリしかいない。では誰が、と思ったけれど、このパン屋に今は僕たちしかいない。となれば、犯人は一人だけだ。
引っ張られた部分を見やれば、案の定、そこにはエンリの手があった。
眠りながら、無意識のうちに僕の服を掴んだのだ。
彼女の手をほどこうとしたその時、彼女の口が微かに動いた。
「行かないで…………」
か細く、譫言のように口からこぼれ出たその言葉と共に、エンリの目元から涙が零れる。
「だから、困っちゃうってば……」
僕は彼女の手を優しくほどき、手で優しく涙を拭った。