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004

 外壁を修復しはじめてから四日が経過した。


 修復作業は思ったよりも順調に進んだ。


 当初の予定では、襲撃までに正門側の半分の修復、補強を終了させる予定だったけれど、順調にいけば全体の三分の二を終わらせることができるかもしれない。


 これもひとえに、修復を協力してくれる町民達のおかげだ。


 最初は遠巻きに見ていた彼らも、翌日からはぽつりぽつりとだが、仕事の暇を見つけては手伝ってくれるようになった。そのおかげで、修復のペースがだいぶ上がっている。


 修復を終えた場所には強化魔術の印を刻み込み、魔術的な強化も付与しているので、修復前よりも格段に壁の強度は上がっているはずだ。


 まあ、初歩の初歩の魔術なので、大きな魔術には耐えられないけれど、平和なこの町ではその心配もいらないだろう。


 強化魔術の印の書き方も教えて、いっそう修復のペースが上がった。いやはや、仕事が楽に早く進むのは喜ばしい限りだ。


 そんなこんなで、四日目も順調な進み具合で仕事を終えた。


「また明日な、あんちゃん!」


「はーい。また明日ー」


 気の良いおっちゃん達の言葉に返しながら、毎日の恒例となっているパン屋で夕食をいただくために、今日も今日とてパン屋に向かう。


 こつこつと石畳を鳴らしながら夜の(とばり)が落ち始めた町を歩く。


 パン屋に向かう間に、幾人もの人が気前良く挨拶をしてくる。それに僕は、おっすおっすと言葉を返す。


 挨拶をしてくれる人が初日から増えたのは、素直に嬉しいことだ。


 そこまで大きくない町なので、外壁からパン屋まではそうかからないため、すぐに到着するのだが、その間にも結構な人数に挨拶をされた。


 仕事終わりにお疲れ様とか言われるのって、やっぱり気分がいいものだなぁと思いながら、慣れ親しんだパン屋のドアを開ける。


 からんころんとドアベルがなり、僕の入店を知らせてくれる。


「あ、お疲れ様。ちょうど、準備できてるよー」


 僕の顔を見て、エンリは満面の笑みを持って出迎えてくれた。


「エンリもお疲れ様」


 言いながら、いつも通り二人掛けのテーブルに座る。


 当初は、お茶の準備をしようかとエンリに言ったのだが、お客様なんだから座っててと怒られた。お客様だと思うなら、パンの配達してほしいなと思ったけれど、それを言ったらエンリの機嫌が悪くなるのは火を見るより明らかなので、口にはしなかった。偉い。


「仕事、どれくらい進んだの?」


 準備の手を動かしながら、ちらりとこちらに視線を送ってエンリが言う。


「上々かな。予定よりも早く進んでる」


「そっか……」


 少し寂しそうにそう言いながら、パンとお茶の乗ったおぼんを持ってこちらにやってくる。


 おぼんをテーブルに置いて、お茶を僕と自分の席の前に置いてから、自分も椅子に座る。


 お茶を一口飲んでから、パンを手に取る。


「ねえ、お兄さん。お兄さんの極秘任務って、この町の壁の修復?」


「前にも言ったけど、その範疇ではあるよ」


「そのはぐらかし方はずるいと思うんだ」


 僕が誤魔化すように言えば、エンリはぷくっと頬を膨らませる。


「極秘だからね。むやみやたらに公言はできないんだよ。わかってちょーだい」


「わたしだけに教えるなら、むやみやたらじゃないでしょ? ねえ、教えてよ」


「もう町長には教えちゃったよ、残念ながら」


「むー。なんで町長に教えたの?」


「そりゃあ、この町の代表だからだよ。町長には、事の次第を知っておいてもらわないと困るからね」


「じゃあ、わたしはお兄さんの知り合い代表として、教えてほしいな」


「ごめんよ。知り合い代表決定戦はもうとっくに終わってるんだ。具体的には半年前くらい」


「それ、わたしエントリーすら出来てないじゃん!」


「エントリー者数ゼロ人で争う、熾烈な戦いだったよ……」


「それ誰も争ってない! ていうかお兄さん、知り合いの一人も居なかったわけ!?」


「友達は居るんだけどねぇ」


「それも一人だけじゃん!」


 お兄さん寂しすぎと、お説教をするように言われた。


「……お兄さん、友達少な過ぎて家族に心配とかされないの?」


 家族。家族、か……。


「さあ、どうだろうね。家族とは、ここ数年会えてないからなぁ……」


「仕事が忙しいから?」


「まあ、それもあるけど。簡単に近況報告が出来ないような距離だからなぁ……」


「お兄さんの故郷、遠いの?」


「うーん……近いようで遠い、かな……?」


「なにそれ?」


 なにか問題を出されたように難しく考えるような顔をするエンリ。


「何かの謎かけ?」


「ふふっ、世界の真理を知れば分かるかもね」


「その言い方だと、お兄さんはその世界の真理とやらを知ってるような口ぶりだけど?」


「まあ、多少は知ってるよ」


「……胡散臭い」


 じとーっとした目でこちらを見てくるエンリ。まあ、誰が聞いても、今の僕の言は胡散臭いと思うさ。


「信じるか信じないかは、君次第さ」


 僕がそう言えば、エンリは少しだけ考えるそぶりを見せた後、伺うようにこちらを見た。


「お兄さんは、信じてほしい?」


 ーーっ。


 ……少しだけ、ドキッとした。


 いや、ときめいたとか、そういう浮ついた感情ではない。


 僕は彼女にこの話を信じてほしいのか、それとも与太話として聞いてほしかったのか、僕自身が分からなかったからだ。


「……どうだろうね。けど、僕は無意味な嘘はつかない主義なんだ」


 だから、僕は誤魔化すようにそう言った。


「あー、誤魔化したー」


「分かってるなら言わないでよ……」


 にひひっと微笑む彼女。どうにも、彼女には僕の心中をよく読まれがちのような気がする……。


「そういえば、信じる信じないで言ったらさ、お兄さんは信じる?」


「なにを?」


「四番目の勇者様のこと」


「ーーっ」


 また、ドキッとさせられる。


 そんな僕の心中など知らず、エンリは話を続ける。


「誰も憶えてない四番目の勇者様。世間じゃ、そんな人居ない、作り話だって言う人の方が多い、謎多き勇者様。でも、三番目の勇者様が居るって言ってるんだから、居ると思うんだけどね」


「……三番目って言ったら、識者(しきしゃ)……様のことだよね?」


「そうそう。あの有名な、ネクロノミコンとエイボンの書の所有者」


「随分とまあ、欲張りな勇者様だ」


「ねー。ネクロノミコンは原典と写本合わせて七冊あるんだから、一冊くらい欲しいよねぇ」


「といっても、写本の方は不完全らしいけどね。それに、君が魔導書を手にしても、ろくにあつかえないんじゃないかな?」


「高値で売り捌く、とか?」


「それなら、その金額分識者様に貰った方が早いでしょうが……」


 あ、そっかと納得をするエンリ。


 それにしても、結構知ってるもんだな。識者って、やっぱり有名なのか。


「それでそれで! 話戻すけど! お兄さんは四番目の勇者様が本当に存在すると思う?」


 げっ。話が逸れたと思ってたのに……。


「謎は謎のままの方が、ロマンがあると思わない?」


「謎を追い求めるのが人間だよ!」


「好奇心猫を殺すって(ことわざ)知ってる?」


「なにそれ?」


「過剰な好奇心は身を滅ぼすって意味」


「過剰じゃないもん! 今や国中が噂してるじゃない! 皆が知りたいことじゃない! それに、お兄さんは気にならないわけ?」


「別に。世界が平和ならそれで良い」


「四番目の勇者様は、その世界の平和を作った立役者なんですけど?」


 じとーっとした目を向けてくるエンリ。彼女の視線の意味は、言葉にされなくても分かる。


 誰のお陰であんたがそんな口きけると思っとるんじゃ我ぇ! である。


「誰のお陰で、お兄さんがそんなこと言えてると思ってるの?」


 視線で一度、言葉で一度。計二度も訴えかけられてしまった。


「偉大なる四番目の勇者様ですよー」


「じゃあもっと興味持ってよ!」


「興味、ねぇ……果たして、四番目の勇者様は興味を持って欲しいと思ってるかねぇ」


「どういう意味?」


「目立ちたくないから、あえて雲隠れした、とは思わないの? それか、知られてはいけない何か不都合があった、とかさ」


「むむむ……確かに……」


 僕の言葉を聞いて、顎に手を当てて考えるエンリ。


 エンリが考えている間に、僕は止まっていた食事の手を動かす。


 うん、今日のサンドイッチも絶品だ。惜しむらくは、ハムが入ってないことが残念かな。ちょうど、売り切れでもしたんだろうか?


 僕がよそのことに頭を使っていると、エンリは考えるのが終わったのか、こちらに視線を戻す。


「お兄さんの言いたいことは分かるけどさ、でも、それにしたって、ここまでする?」


「さあ? するんじゃないかな。よっぽどの理由があればさ」


「でも、さ、国中の人間から自分の(・・・・・・・・・・)事に関する記憶を抹消(・・・・・・・・・・)する(・・)なんてこと、するかな? 皆が、自分のことを忘れちゃうんだよ?」


「そうだね。まあ、寂しくはあるよね」


 四番目の勇者が世間から騒がれ、その姿が謎に包まれている理由は、彼女の言った通りだ。


 皆、四番目の勇者に関しての記憶が一切無いのだ。


 四番目の勇者に接触した人も、そうでない人も、皆が一様に四番目の勇者のことを憶えていないのだ。それどころか、四番目の勇者を記した書物からも、その名前や出自など、四番目の勇者に関する情報が全て消失しているのだ。


 誰も彼も、四番目の勇者を憶えておらず、四番目の勇者がそれを成したという事実だけが残った。事実だけが、記憶も記録も消失した四番目の勇者の、唯一の存在証明だ。


 いや、唯一では無いか。


「でも、唯一四番目の勇者を知っている人が居るじゃないか」


「唯一、でしょ? 一人にしか知られないって、寂しいじゃん……」


「でも、一人っきりじゃないだろう?」


「まぁ、そうだけど……」


 四番目の勇者を唯一知る者。それは、先程話に出た三番目の勇者である識者だ。


 彼は、四番目の勇者の事を知っていた。四番目の勇者が残した事実だけが残り、空白の過程を誰もが知らない。何かを誰かがしてくれたことだけは憶えているのに、その誰かを憶えていないのだ。


 けれど、空白の過程を、識者だけは正しく知っていた。


 彼は憶えていたわけではない。彼は、知ることが出来たのだ。どんな媒体に残った記録も、どんな人の頭に残った記憶も消えてしまったけれど、彼の持つある物だけは、正確に記録を残していた。


 エイボンの書。


 全ての魔導書の頂点に立つ禁断の魔導書。


 そのエイボンの書にだけは、記されていたのだ。


 だから、彼は知ることが出来た。四番目の勇者の事を。


 一度だけ、彼は四番目の勇者が誰であるのかを公表したことがある。けれど、皆がそれを憶えていられたのは、およそ一月の事。一月を過ぎれば、皆が四番目の勇者の事を忘れてしまった。


 それから、彼は四番目の勇者については語らなくなった。だから、皆知らないし、知れないのだ。


 そのため、噂や憶測だけが独り歩きし、皆の世間話や酒の肴になっている始末。都市伝説や、怪談だと言う輩もいる。


 ともあれ、そんなこともあって、皆は口々に四番目の勇者について語っているのだ。まあ、識者の嘘だと言う者の方が多いけれど。


「というか、君はどうなんだい? 四番目の勇者、居ると思うの?」


「居るよ。絶対居る」


「即答だね……」


「だって、わたし会ったことあるもん」


「へぇ、珍しいね……」


 四番目の勇者が居ないという者が多い理由は、四番目の勇者があまり人と接触していないからだ。だから、違和感を感じる者も少なく、また、四番目の勇者について記されている記録も少ない。


 四番目の勇者の存在証明である、過程の無い事実が少な過ぎるのだ。


「誰だかは憶えて無いけど……けど、わたしの中に空白があるってことは、そこに四番目の勇者様が居たってことでしょ? だから、わたしは四番目の勇者様に会ったことがあるの。町の人も、皆四番目の勇者様に会ったことがあるんだよ?」


「てことは、この町に滞在してたってことか。休暇でも楽しんでたのかな?」


「そこまではわかんないけど、一年は一緒にいたよ。お兄さんみたいに、毎日パン食べに来てくれたんだ」


「へぇ、よく飽きなかったな……」


「お兄さんと違って、四番目の勇者様は優しいんですー! 美味しいって言って、いっぱい食べてくれたに違いないんだから!」


「どうだかねー?」


「美味しいって言ってくれたの! わたしが、四番目の勇者様と一緒に居て嬉しいって思ってたんだから、きっと美味しいって言ってくれたの!」


 今や誰も知る由もない四番目の勇者の感情。けれど、彼と過ごした人たちは、その時感じた事や、思いを憶えている。


 彼らの感情もまた、四番目の勇者の存在証明なのだ。まあ、皆の共通認識である魔王討伐や、識者の持つエイボンの書よりかは、不確定な存在証明ではあるけれど。


「はいはい、そうだね」


「適当すぎる! ……って、なんでお兄さん赤くなってるの?」


「温かいお茶を飲んだから、かな……?」


(ぬる)いけど?」


 わざわざ飲んで確認しなくてもいいじゃないか……。


「ま、まあ、良いじゃないか、僕のことは。それよりも、四番目の勇者様について、語り明かそうじゃあないか!」


「露骨にテンション上げてきたね……まあ、良いけど」


 僕にはさして興味も無いエンリは、話を四番目の勇者に戻してくれた。


 その後は、エンリの気が済むまで、四番目の勇者について話をした。


 いつもより饒舌に話をするエンリに着いていけず、店を出るときには仕事をした後よりもぐったりしていた。


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