表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/18

003

 町民にこそこそされた翌日。僕は、宿で朝食をとってから町長宅まで足を向けた。


「というわけで、町を囲む外壁を修復したいんですよね。後、簡単ながら魔術による補強も」


「そ、それは構わないのですが……」


 昨日の外壁を調査した結果を伝え、その修復と補強をしたいと簡単に説明をした。


 僕としてはとても理にかなった説明ができたと思うし、なにより、僕への給金は国が出してくれるので、町長は僕に払うお金の心配をしなくていいのだ。実質、ベテランの冒険者が修復を無料(ただ)でしてくれるというのだ。お得以外のなにものでもない。


 にも関わらず、町長は額に滲み出る汗をハンカチでせわしなく拭き取りながら、何かをとても気にかけている。


 もしかして、詐欺かなんかだと疑われてる?


無料(ただ)より怖いものはない、と?」


「いえ! 決してそのようなことは! ……ただ」


「ただ?」


「あなたのような方が動かなければならない事態というのは、これまで無かったものですから…………いったい、この町になにが起こると言うのです?」


 なるほど。僕よりも、この町に起こる事態の方が不安で仕方ないのか。


 無駄に不安を煽る必要もないし、有事の際にパニックになられても困る。少しくらい情報を開示して腹を決めておいてもらうか。


「極秘事項ですので、詳しくは教えられませんが、約六日後、この町に魔物の集団が押し寄せてきます」


「まっ!? そ、それは、本当なのですか……?」


「ええ。町の正門側からの侵攻です」


「正門、ということは平原ですな……外壁の強化だけでなく、罠なども張った方が良いのでは?」


「申し訳ありませんが、平地での罠の張り方を僕は知りません。それに、恐らく付け焼き刃にしかなりません」


「そうですか……」


「罠よりも、飛び道具の制作を進めてください。下手に前に出られるより、後ろから援護していただいた方が、僕も戦いやすいので」


 最悪、町を捨てることになるかもしれない。その時に飛び道具があれば逃げながらでも時間が稼げる。


 まあ、負ける気は無いけれど。


「最悪の場合は町を捨てて裏門から逃げてください。山道なら、奴らも追いにくいはずです」


「わかり、ました……」


 町を捨てろと言われ、町長は一瞬躊躇したものの、町民の命には変えられないと割りきったのか、こくりと頷いた。


「……まあ、そうならないためにも、頑張りますよ。それが僕の仕事ですから」


「よろしくお願いします……」


「ええ」


 深々と頭を下げる町長。町民の身の安全を危惧しているからこその低頭だと言うのは、町長と少し話をすれば分かることだ。


「それでは、早速外壁の補強をしたいのですが」


「木材であれば町の倉庫にあります。案内します」


「案内は大丈夫です。もうしてもらいましたから」


「そうですか。では、この書状をお持ちください。係の者に見せれば、自由に資材を持ち出せます」


「ありがとうございます。それでは、早速」


「はい。よろしくお願いします」


 町長から書状を受けとると、町長宅を後にする。


 これで、誰に邪魔されることなくスムーズに事に取り掛かれる。まあ、結局はなにをやっても付け焼き刃にしかならないけど。


 それよりも、恐らくは町の兵士に魔物の集団が侵攻して来ているという情報は知れ渡ることになる。


 町長としても町の平和を守るために、兵士にこのことを話さないわけにはいかない。少し町が騒然としてしまうが、仕方ないだろう。


 ともかく、まずは外壁の補強だ。後六日……いや、猶予を考えると五日程か。五日間で町を囲う外壁を全て補強しないといけないのだ。魔術による補強も考えると、結構時間がない。


「久々に、寝る間を惜しみますかね……」


 数日間徹夜したところで戦闘に支障は出ない。とは言え、動けば人間腹が減るもの。


「気は乗らないけど、行くかなぁ……」


 資材のある倉庫に向かう前に、僕はある場所へ向かった。





 からんころんとドアベルが鳴る。店内に足を踏み入れれば、店先まで香っていた香ばしい匂いが更に良く薫ってくる。


 僕の存在に気付いた彼女は、一瞬、笑顔で挨拶をするけれど、僕だと認識すると拗ねたような顔になる。


「いらっしゃい……って、なんだ。お兄さんか」


「どうも。寄ってって言われたから来たのに、なんだは酷いな」


「あんなこっぴどく振られたから、もう寄ってくれないと思ってた」


「人聞きの悪いことを……」


 苦笑しながら言えば、彼女はんべーっと舌を出す。どうやら、結構ご立腹のようである。


「それで、今日は何かご用ですか?」


「ああ、そうだ。僕、これから外壁の修復作業をするんだけど、お昼になったらパンを届けに来てほしいんだ。できれば、お夕飯も」


「別に良いけど、でも、どこに持っていけば良いの?」


「喧しく音のする方に」


「そんなの、日中ならどこだって喧しいわよ」


「じゃあ、外壁が剥がれてるところ」


「こっからじゃ見えないところもあるんだけど?」


「……」


 つーんとした顔で僕の意見を突っぱねるエンリ。どうやら、結構どころか、かなりご立腹の様子だ。


 さてどうしようか……。他に代案も思いつかないし、かと言って別のお店にしたら今以上に拗ねるだろうし……。


 どうしようかと思案を巡らせていると、エンリはじとーっとした目で僕の方を見ていた。


「そこは、ここに戻ってきて一緒に食べるって言うところじゃ無いんですかー」


 外壁からここまで戻ってきて一緒に食事を取る。できれば、食事をしながら作業を進めたいのだけど……。


「じー」


 口に出しながらじーっとこちらを見てくるエンリ。


 ……はぁ。頷く以外の返答をしたら、もっと機嫌悪くなるだろうな……。


「分かったよ。食べに来る。それで良いかい?」


 僕が折れて食べに来ると言えば、エンリは満足げな笑みを浮かべる。


「よろしい! じゃあ、お昼とお夕飯、ちゃんと来てね?」


「はいはい」


 こちらがおざなりに返事をしてもにこにこと笑むばかり。


「それじゃあ、行って来るね」


「はーい、行ってらっしゃい!」


 パン屋を出て今度こそ倉庫に向かう。


 彼女の嬉しそうな笑顔を見て、少しだけほっとした。





 倉庫に着き、倉庫の管理者さんに町長から預かった書状を見せると、疑われることもなくあっさりと倉庫の中を案内された。


「外壁の高さに合わせた木材はここです。一応、一周できる分はあります」


 木材のところに案内され、山積みになっている木材を見上げる。


 木材の長さは約五メートル程。厚さは二十センチ程だ。


 こんこんと叩いてみれば良い音が返ってくる。うん。状態は良いみたいだ。


「これだけあれば大丈夫かな。全部取り替えるわけじゃないし」


「では、資材を運び出しますね。今、人を呼んできますので……」


「ああ、その必要は無いですよっと……」


「へ?」


 積んである木材を持てる分だけまとめて持ち上げる。両腕合わせて二十本程持てたかな。


「この通り、見た目以上に力持ちなものでね」


「お、驚きました。いやはや、流石は銀一等と言ったところですか……」


 驚いたような呆れたような顔をする管理者さん。


 まあ、慣れてるよ。そういう顔は。一度や二度じゃないからね。それに、人からそういう目を向けられるくらいなら、まだマシさ。


「とりあえず、正門付近を優先的にやっていきます。なんか不都合とか連絡事項があったら、正門にいると思うので。あ、でも、昼と夕方はご飯を食べに行くんで、多分いないと思います」


「分かりました」


 管理者さんに必要な事を伝え木材を持って倉庫を後にする。


 正門に向かう間に奇異な視線を向けられはしたものの、特に何があるでもなく、無事到着した。


 けど、もう一度倉庫に戻らないといけない。木材をそれなりの数移動させておいて、まとめて作業をしてしまいたいのだ。


 移動距離と木材の重さを考えれば人力では億劫になる作業だが、距離も重さも僕には大した苦にはならない。むしろ、木材に至っては倉庫にあった木材の山程度であればなんの問題も無く持ち上げることができる。バラけてなかったり、倉庫の入口が広かったら一気に運べるのだが、木材はロープで括りつけられてるわけでもなければ、一塊になっているわけでもない。なので、回数にわけて運び出すしか無いのだ。


 こう言うとき、転移の魔術があれば楽なんだけどなぁ……僕に魔術の才能は無いし……。


 まあ、できないことをあれこれ考えても仕方が無い。自分にできることをこつこつやるか……。




 何回か往復を繰り返して木材をある程度運び終えれば、次は壁の修復だ。


 といっても、腐食したり虫に食われたりしている部分を外して新しい木材に代えるだけだ。


 木材を留めている金具を外して木材を取り外し、新しい木材と入れ替える。簡単だけど、しっかりと固定しないといけないので気は抜けない。


 複雑な造りじゃなくて良かった。もしもプロの技術が必要だったら、僕じゃあ修復なんて出来ないからね。


 ……いや、もっと複雑堅固な造りだったら、良かったのかな。


 この外壁は町民が手造りした壁だ。職人に技術指導を多少あおいで造ったけれど、素人でもできる簡単な造りになっている。


 なまじ平和な町だから、外壁に力を入れる必要が無かったことがあだになった。


 大きな騒ぎも無ければ、小さい騒ぎがあっても町民同士の酒の席での喧嘩程度だ。そんな些細なことに兵士が駆り出されるわけも無いので、兵士に実質的な戦闘経験があるものは少ない。


 平和故に危機意識も薄いし、そういう事態に慣れていないからパニックにもなりやすい。


「平和が過ぎるのも考え物か……」


 別に、平和が悪いわけではないけれど、戦乱の残り火が燻る現状では多少の危機が隣にあった方が良いのかもしれない。


 まあ、僕からしたら残り火どころの騒ぎでは無いけれど……。


「極秘任務って、壁の修復の事だったのかい?」


 不意に、声をかけられる。


 作業の手を止めて振り向けば、宿谷の女将さんのライラさんが立っていた。


「ええ、極秘任務の一環です」


「極秘ってわりには、おおっぴらにやってるねぇ」


「まあ、ついでみたいなものですから。それに、魔術師でもない僕には皆に気付かれずに外壁の修復なんて無理ですからね」


「そりゃそうだ」


 それにしても、ライラさんは何故こんなところにいるのだろうか。仕入れなら、市場に向かうはずだけれど……。


 手ぶらだし、格好はいつもの服装だ。町を出て遠出をするようにも見えない。


「ライラさんは、どうしてここに?」


「ああ、ちょいとね」


 僕が問えば、ライラさんは苦笑する。


「ちょいと?」


「店で暇してる我が儘な娘に頼まれたのさ。様子を見に行ってくれって」


「……あぁ」


 なるほど。理解した。


「それは、ご迷惑おかけしました」


「いいさ。あの子のこの手の我が儘は今に始まったことじゃないしね。それじゃ、あたしは戻るよ。昼の仕込み、旦那に任せっぱなしだからね」


「お疲れ様です」


「お互いね」


 最後にからかうように笑い、ライラさんは宿に戻って行った。


「お互い、ね……」


 まあ、確かに、彼女に振り回されてはいるけどね。


 けど、疲れるよりも…………いや、やめよう。こんなこと、僕の自己満足でしかない。


 どうせ、この仕事が終わったら終わる関係だ。


 その後は、余計なことを考えずに無心で作業の手を進めた。


 この仕事が終わるまで、僕は余計なことは考えないほうが良いから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ