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002

 町の商店街を、エンリに手を引かれて歩く。


「ここが鍛冶屋。隣の薬屋と仲悪いの。でも、お互いの腕は信頼してるみたい」


 あれがこれ、それがあれ……なんて、大雑把な感じではないけれど、エンリは簡単に町を紹介してくれる。


 それはいい。町を案内してもらえるなんて(おん)の字だ。けれど、一つ言わせてもらうことがある。


「なあ、エンリさんやい」


「ん? なに?」


「どーして、手ぇなんて握ってるのか?」


「え? 逃げられないようにするため」


「どーして、僕が逃げると困るわけ?」


「だって、小麦とチーズ持ってもらうんだもの。逃げられたら困るわ」


「……僕がお手伝いすること前提?」


「もちろん。お茶の分は働いてもらうわ!」


「お茶の分はお金置いたと思うんだけどねぇ……」


「なら、か弱い婦女子を助けると思って。ほら、婦女子に手を指し述べるのが、紳士の役目でしょう?」


「生憎と僕は冒険者でね。紳士とは程遠い野蛮人なんですよ」


「あら。それなら力仕事には持ってこいね。良かった」


 ふふっと一つ微笑むと、この話は終わりとばかりに町の案内に戻る。


 どうやら、僕がどうこう言っても聞いてはくれないらしい。


 ……観念するか。


 僕は彼女を説得することを諦めて、素直に手伝いをすることにした。


 彼女の説明を聞きながら歩くと、程なくして目的の場所に到着した。


 その場所は、店構えは他の所と同程度だが、他のお店よりも敷地が広かった。


 周囲に大きく頑丈な柵があり、その中を牛が一頭、羊が二頭悠々と歩いていた。


 小さな牧場が隣接しているそのお店は、チーズやら小麦、それにミルクや穀物、胡桃(くるみ)などの木の実を売っている。


「バックスさーん! 客だよー!」


「おう、エンリちゃんか。今日はなにを買うんだい?」


 エンリが店の方に声をかければ、着古したオーバーオールを着た大男が出て来た。彼がこの店の店主であるバックスだ。


 ともすれば、気の弱い女性や子供は怖がりそうな顔と体格だが、エンリは物怖じすることなく、笑顔でバックスに声をかける。


「小麦とチーズ! 量はいつも通りで!」


「あいよ。ちょっと待ってな」


 気安い態度のエンリの注文に、バックスは気を悪くした素振りもなく店の奥に引っ込んで行った。


「バックスさん、怖いでしょ? でも、見た目以上に優しい人なんだよ?」


「ああ、見れば分かるよ」


「見るだけじゃ分からなくない? 見た目、凄く怖いよ?」


 中々失礼なことを言うな……。


 彼女のあっけからんとした物言いに、少し呆れてしまう。それと同時に、失礼なことを気軽に言ってしまえる、そして、それを相手が許してしまう間柄なのだと分かる。


「目に見える情報だけが真実じゃないさ」


「じゃあ、目に見えないことも見えるの?」


「いや? 全く見えない」


 僕に目に見える以上のことを見る力は無い。そういう恩恵(ギフト)を授かったわけでもないし、特殊な眼を持ったわけでもない。更に言えば、小さなことを拾い上げて、その情報を統合して相手を知ることのできる技術(スキル)があるわけでもない。コールドリーディングとか、憧れるけれど。


「からかってるの?」


 不機嫌そうに頬を膨らませるエンリ。腰に手を当てて、いかにも怒っていますといった態度だ。


「そんなつもりは無いよ。ただ、一目見て、良い人だなって思っただけさ」


「直感ってこと?」


「そう」


「……お兄さん、変わってるって言われない?」


「どうかな? そう言われる機会(・・)も、だいぶ減ったからね」


「……お兄さん、友達いないの?」


 勘繰ったのか、同情の眼差しを向けてくるエンリ。


 そんな可哀相な者を見る目で僕を見るんじゃない……。


「友達はいるよ」


「何人?」


「一人」


「……」


 僕の答えを聞くと、エンリはぽんと僕の肩に優しく手を置く。


 なんだ。なんだこの手は?


「今日からわたしがお兄さんのお友達になってあげるよ」


「いや、遠慮するよ」


「なんで!?」


 即答すれば、ショックを受けたような顔で問うてくる。


「いや、僕、仕事が終わればこの町を出てくんだよ? 数日間だけの友達なんて虚しいじゃないか」


「む、むぅ……た、確かにそうだけど! けど……!」


 けど、と続けるけれど、エンリは二の句を継げない。


 エンリも、知っているのだ。冒険者は活動拠点を決めれば、その拠点に程近い依頼を受けて生計を立てる。今回の僕のように自分の町から遠く離れた町に来ること自体稀であり、そういった依頼を受けることも、受ける人員も希少だ。


 ベテラン冒険者になれば今回のように遠くに派遣されることもあるけれど、同じ町に行くというのは本当に稀なことだ。それに、この町のように争いとは無縁の場所になればなおさらだ。


 そして、拠点を決めた冒険者は中々その拠点から離れることは無い。


 根を張って短い者なら移動するかもしれないが、長年いれば情も生まれるし、家庭を持つ者だっている。人脈も広がれば、友も増える。離れがたい居場所になってしまえば、そこを離れることは無い。


 なにより、この町には冒険者ギルドが無い。依頼を受けるのにわざわざギルドのある町まで向かうのは非効率的だ。


 それをエンリも分かっている。僕の立場も、冒険者がどういった者なのかも。


「……お兄さん、もうこの町に寄らないつもりなの?」


「どうかな。旅費がかかるからね。なんとも」


「ベテランなのに、懐が寂しいね……」


 ベテランといっても懐具合はピンキリだ。こまめに依頼を受けるものもいれば、一度大金を手にした後は悠々自適に暮らすものもいる。まあ、僕はこまめに依頼を受ける方だけど。


「そうだね」


 僕はこれ以上なにを言うでも無く、ただ頷く。


 それが面白くないのか、エンリはぷうっと頬を膨らませる。


「お兄さんって、優しいのか優しくないのか、分からないよね」


「僕は優しいよ? …………自分に」


「他人には優しくないってことじゃんか!」


「自分に優しく出来ない奴は他人に優しく出来ないんだよ?」


「良いことみたいに言ってまとめようとしない!」


 ぶんぶんと手を振って怒りをあらわにするエンリ。


 そうやってエンリをからかって遊んでいると、店の奥からバックスが小麦とチーズの入った袋を持って出て来た。


「おーい、店で騒がしくすんなよー。ほら、エンリちゃん、いつもの量だ」


「あ、ありがとうバックスさん。はい! これ持って!」


「僕ってやっぱり優しいと思うんだけどなぁ……」


 文句を言いつつも、ここで荷物を持たなくてはエンリが拗ねてしまう。エンリを拗ねさせて、滞在期間中に気まずい思いをするのも望むべく所ではない。


「エンリちゃん、当たり前のように荷物持たせてるが、こいつは誰なんだ?」


「冒険者さん。名前は……そういえば、お兄さんの名前まだ聞いてなかった」


「普通、会ってすぐに自己紹介だろうが……」


 エンリの言葉に、バックスは呆れたように息を吐く。


 バックスの様子を気にした風もなく、エンリはこちらを見る。


「それで! お兄さん名前は?」


「サクヤ」


「サクヤ……? 珍しい名前だな」


「ええ、まあ」


 荷物を担ぎ上げながら答える。


 む、確かに、この荷物はエンリ一人じゃ辛いかもしれないな……。


「見かけの割に、案外力があるんだな」


「冒険者だからね!」


 バックスさんの言葉に、なぜかエンリが自慢げに言う。


「お前さん、そのなりで冒険者か?」


「冒険に必要なのは格好ではなく、冒険心ですよ」


「いや、そんな、子供の遊びじゃねぇんだからよう……」


「冗談ですよ」


「……お前さん、冗談はそれっぽい顔で言うもんだぜ?」


「ええ、よく言われます。エンリちゃん、これはお店まで運べば良いのかな?」


「うん。よろしくー!」


 荷物を抱え、それではとバックスに一言告げてからお店を後にする。


 エンリは僕の隣に並ぶ。行きの時のように手をつないできたりはしない。というか、出来ないというのが本当のところだけれど。だって、僕の手は荷物で埋まってるし。


 しかして、エンリはそれに気付いていなかったのか、すっと僕の手を取ろうと手を上げて、けれど僕の両手が埋まっていることに気付けば所在なさ気に手をうろつかせる。


 やがて、とりあえずの行き場と決めたのか、僕の服の裾をちょこんと掴む。


「ねえ、サクヤさん」


「ん、なにかな?」


「サクヤさん、もうこの町には寄らないの?」


 適当にあしらえたと思ったけれど、彼女にとって僕の回答は不服だったらしく、もう一度問うてくる。


「……そもそも、だ。今日会ったばかりの僕を、どうしてそこまで気にかけるのかな?」


「質問に質問で返さないで。……まあ、あえて答えるなら、一目見てサクヤさんが気に入ったからですよ」


「なら、また新しいお気に入りを作ってくれ。僕は仕事が無い限りこんな平和な町には来ない」


 意地悪が過ぎる物言い。ちょっと言い過ぎたかなとも思ったけれど、彼女はこれくらい言わなければ引かないだろう。いや、彼女の性質上、むしろ噛み付いてくるかもしれない。


 さてどうかなと横目で見やれば、思いの外冷静な素振りである。


「そっか……ならさ、できるだけうちに寄ってってよ。美味しいパン焼いて待ってるからさ」


 少し悲しげな顔で言うエンリ。


 言い過ぎた、とは思っているけれど、言わなければ良かったとは思わない。これは、僕にとっても彼女にとっても必要なことだ。


 少し気まずい空気が流れる中、その後は黙々と歩いて荷物をパン屋に届けた。


 名残惜しげにこちらに手を振っていたエンリの姿が、嫌に脳裏に張り付いた。





 エンリと別れ町の外へ向かった。


 仕事が早く終わる分には良いけれど、当分僕が仕事をすることはなさそうだ。


 今回の仕事に関しては、できれば思い過ごしであって欲しいと思うけれど、そうはならないことを僕は知っている。刻限がいつまでなのかも知っている。いや、分かるといった方が適切か。


 ともあれ、刻限が来るまで僕は暇だ。その間、本当に余暇を楽しむだけでも良いのだが、いざという時のために調べられることは調べておいた方が良いだろう。


 町の正面は見渡す限り平原。ゲリラ戦にも防衛戦にも向かない。それは知っている。今からどうこうすることもできない。地形を荒れさせることも可能だが、付け焼き刃にしかならない上に全く意味をなさないのだからやるだけ無駄である。


 町を囲うように堀を作っても良いけれど、それも意味をなさないだろう。それに、むやみやたらに堀を作って地盤が緩んで町に危害が及んでしまったら元も子も無い。


 ゆえに、今回の任務において小細工はできない。


 裏は山になっているけれど、奴ら(・・)は山越をして来ない。奴らには奇をてらうことはできない。


「真っ向から迎え撃つしか無い、か……」


 少しでも楽ができればそれに越したことは無いのだけれど……まあ、無理ならば仕方がない。これも、分かりきっていたことだ。


「後は、この壁の強度を確認しないとな……って、壁の補強くらいならできるじゃんか」


 壁の補強くらいならば、事が済んだ後でも安心して残しておける。


 そうと決まれば、壁の強度の確認と町長に補強を申入れるか。


 壁沿いを歩きながら、左手で壁をこんこんと鳴らし脆い部分を探す。木材をベースにしている壁なので、雨風による腐食が進んでいる箇所が多かった。


 土木関係よりも飲食店や商業の盛んな町なので壁の修復ができなかったのだろう。定期的に壁の修復しているのだろうけれど、その定期までが長いのだろう。


 それに、この町は特に争いに巻き込まれることもなく平和な町だ。だからこそ、危機意識が低く、壁の修復も後回しになっているのかもしれない。


 刻限までになんとか修復するか。後は、魔術的な補強も少しはした方が良いかもしれないな。


 魔術には疎いけれど、ただ一人の友人に少しだけ習っている。初歩の初歩になるが、やらないよりは良いだろう。町民にも教えて、今後の糧にしてもらおう。


 今後の、自分ができる範囲の方針を決めながら、壁を調べた。


 しかして、こっちは真面目に壁の調子を調べていたと言うのに、壁の上から僕のことを見ていた兵士達には、壁を叩きながら歩いている頭のおかしい奴と思われてしまった。そのことが町民にも知れ渡り、調査が終わって町に戻る頃には町民にひそひそと小声で話されるようになってしまった。


 ………………解せぬ。

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