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016

 ルリエに案内されるまま、僕たちはスクリードの中心にして、この国の中心である王宮へと足を踏み入れた。


 王宮内は豪華絢爛というのが相応しく、所々に細かい衣裳が施されていた。下品にならず、けれど謙遜した様子の無い王宮内。


 僕らはそんな王宮の大理石でできた廊下を歩く。


 ここまで、特に邪魔が入ることなくすんなりと王宮内に入ることができた。罠の様子もなく、取り囲まれている様子も無い。


 いや、この町に入った時点で周囲を敵に包囲されているも同然なのだけれど、そうではなく、敵意を持って取り囲まれていないという意味だ。


 普通、敵が自身の守護する町に侵入してきたとあれば、即座に排除しようと動くはずだ。だというのに、そんな素振りは一切無い。


 相手の根城である王宮に入っても対応は変わらず、僕達は放置されている。それどころか、お姫様自ら、町の案内をするほどの歓待ぶりだ。


 もし。もし僕の予想が正しければ、今のシュブ=ニグラスに敵意は無いはずだ。


「さあ着いたわよ! この部屋でお母様が待ってるわ!」


 王宮内に入った途端自分の足で歩き始めたルリエは、笑顔で言いながら扉を乱暴にノックする。


「お母様! 言われた通りに連れて来たわよ!」


 ノックをした後、返事も聞かずに扉を開けるルリエ。


 そして、部屋に入るなり部屋の最奥の玉座に座る女に向かって走り出した。


「お母様!!」


 ぴょんと軽やかに跳んで、母と呼ぶ相手に抱き着く。


「ふふ、ルリエ、お行儀が悪いですよ?」


「ふふふ、はーい!」


 母親の咎めるような声に、しかし、ルリエは嬉しそうに笑うのみだ。


 広い広い部屋。


 王が玉座に座り、自身の臣下や騎士達と面通りする場所。


 俗に、玉座の間と呼ばれるその部屋の最奥の玉座に座する女は、ふふと妖艶に微笑みながら俺達を見据えた。


「待っていましたよ。ようこそいらしてくださいました、四番目。いえ、確か、サクヤという名前でしたね?」


 一音一音に色が見えるほどの艶やかさを持つ女は、言葉通り僕達を歓迎するように微笑みを向ける。


 僕は一目見ただけで確信する。目の前にいる存在こそ、僕が、僕達が倒すべき神性の家の一柱だと。


 千の仔孕む森の黒山羊。


 黒き豊穣の女神。


 狂気を産む黒の山羊。


 万物の母。


 豊穣を司る母神。その名を、シュブ=ニグラス。


 世の美の結晶を集めて作られたかのような、世の男の欲望を集めて作られたような、およそ人間と呼ぶのが躊躇われるほどの美を持つ彼女は、その者の視界に映るだけでその者の性的欲求を刺激する。


 存在そのものが性の象徴のような彼女は、しかし、その所作は楚々としており、彼女の色香が言動によるものではなく、彼女の性質なのだということを知らしめる。


 そこにある、そこにいるだけで、彼女は周りを惑わす。


 が、しかし、僕には意味が無い。


 それは僕に性欲が無いとかそんな話ではない。


 彼女の色香に惑わされるのは、存在値が低い者のみだ。その存在値が同じくらいの僕には、彼女の色香は牙を向かない。


 とは言え、多少はくらっときている。


 けれど、それをおくびにも出すことは無く、僕は彼女を真正面から見据える。


 彼女は嬉しそうに笑う。


「ふふ、惑わされないのですね」


「生憎、見た目だけで人を判断するような男じゃないんでね」


「あら、あら。私、振られちゃいました?」


「まだ告白もされてないのに、振るも振らないも無いよ」


「ふふ、そう。なら、私にもチャンスがあるかしら?」


「どうかな。僕の一番にしたい人はもういるから、難しいかもね」


「あら、あら。じゃあ、どうしようかしら……」


 すっと目が怪しく細められる。


「それよりも、ここまで招いたってことは、僕に話があるんじゃないのかい?」


「ああ、そうでした。私としては腰を据えて話をしたいのですが……」


 言いながら、ふっと苦笑を漏らす。


「どうやら、そちらにその気は無いようですね」


「君と席を同じにするほど、僕の肝は据わって無いんだ」


「あら、あら。正直ですね」


 くすくすと楽しそうに笑う彼女。


「では、改めまして、私から提案させていただきます。サクヤさん。私達と手を組みませんか?」


 事もなげに、まるで、ちょっとお散歩でもしませんかと気軽に誘うように、シュブ=ニグラスはそう口にした。


 僕の後ろでクイーンクゥェとセプテムが驚きで身じろぎするのが分かった。ナイアは相変わらず分かっていない様子だけれど。


 ともあれ、彼女達とっては意外な提案でも、僕は少しばかり予想ができていたので、そう意外な提案でもない。


「理由を聞こうか」


「あら、驚かないのですね?」


「まあね。少しだけ、予想できてたから」


「あら、あら。ふふ、察しが良いのか、観察力に優れているのか。どちらにせよ、ご慧眼恐れ入ります」


「茶化すなよ。わざわざ僕等に考える暇を与えたのは君だろう? 僕がこの可能性に気付くことも含めて、君の予想通りなんだろう?」


「あら、あら」


 ふふふと誤魔化すように笑うシュブ=ニグラス。


「それで、僕の手を組みたい理由は?」


「まあ、それをお聞きになるのですか? もう、分かっておられるのではなくて?」


「言ったろ? 予想だって。僕はリツほど頭が良くないんだ。一を見て十を知ることなんてできないさ」


 できても、精々三、四くらいだ。それも、予想でしかないので確証が無い。


「ふふ、ご謙遜を。ですが、私に華を持たせてくださるというのなら、お答えしないわけにはいきませんね」


 ふふ、ふふふと至極楽しそうに笑うシュブ=ニグラス。


 見る者全てをふやかすような笑みであるが、しかし、僕等にはその笑みが薄ら寒いものにしか見えなかった。


 シュブ=ニグラスはルリエを抱き上げ、自身の膝の上に座らせる。


「いかがでして? 私の国の可愛い住民達は?」


「ああ、驚いたよ」


 素直に、率直に、驚いた。その一言に尽きる。


「僕は、ハスターを倒してからのこの二年、いろんな神性と戦ってきた。君の落とし仔もそうだ」


 旧支配者(グレート・オールド・ワン)の復活に伴い、彼らには及ばないでも、他の種族を圧倒することを容易とする神性が現れた。


 僕は彼等を倒すために各地を転々としていた。


 そして、彼等に共通するのは、その見た目が常人が耐えうることのできないほどの異形だということだ。


 見る者の正気を奪うその悪辣にして冒涜的な容姿は、嫌でも記憶に焼き付く。


 僕は、そんな神性をいくつも見て来た。


 だからこそ、僕はこの町を一目見た瞬間に驚いた。


 彼等は人のように振る舞い、人のように過ごしていた。


 他の神性とは違い、考え、感情を抑制し、理性を働かせる。


 見た目も行動も、まるで人そのもの。


「彼等は他の神性に比べて、理性を持ってた。人の皮を被っただけかと思ってたけど、予想以上に人らしかったよ」


「ふふ、お褒めに預かり光栄です」


「いや、褒めてはいない。ただただ、悪趣味だ」


「ふふ、それも褒め言葉です。悪辣は|邪神(私達)の本質ですので」


 本当に、心底から愉悦を覚えているように笑うシュブ=ニグラス。


「しかし、そのような物言いをするということは、本当に私達の真意を理解しているご様子。どうです? 私と手を組みませんか?」


「だから、その理由を僕は聞いているんだよ」


 くす、くす、と低く、怪しい笑い声が聞こえてくる。


 次の瞬間、周囲の空気が重力を伴ったかのように重く、冷たいものになる。


 今までの人を魅了する笑みから、見る者の精神を疲弊させ、心底から恐怖を沸き立たせるような、そんな笑みに変わる。


 そんな笑みで見据えられ、僕は思わず身構える。


「ねえ、サクヤさん。あなた、元の世界に帰りたくはありませんか?」


「ーーっ」


 元の世界。それは、僕の生まれ故郷のある世界。つまり、地球ということになる。


「ああ、思うよ」


「なら、私と手を組むのが一番近道です。私には世界を壊す備え(・・・・・・・)はあっても、他を出し抜く備えはありません。けれど、あなたがいれば話は変わります。あなたと、私達。そして、そこにいる彼女……ナイアと言いましたか? 彼女がいれば、私達は確実に世界を手にできます」


 世界を壊す備えがある。そんな恐ろしい言葉に、僕は嫌な予感が的中してしまったことを悟り、それと同時に、シュブ=ニグラスが他の邪神よりも先んじていることを理解する。


 世界を壊すことくらいどの邪神にもできる。けれど、それは自らの命と引き換えにだ。それでは、世界を壊す意味も無いし、他の邪神に美味しいところを譲ることになる。悪辣なる彼等は、自分の手柄で誰かが得をするのを許さない。


 だからこそ、邪神どもは他の方法を模索し、準備を進めているのだ。


 しかし、シュブ=ニグラスは言った。世界を壊す備えがあると。


 それはつまり、自身の命と引き換えにすることなく、世界を壊せるということだ。


 心に生まれる動揺を押さえ込み、僕は表情に出さないように注意する。


「……いや、はったりだね。ここだけじゃ(・・・・・・)到底足りない。そうだろう?」


 僕の言葉に、彼女は嬉しそうに笑む。


「ええ、ええ。足りませんとも。けれど、いずれ足り得ます。その日は、そう遠くも無いでしょう」


 嬉しそうな笑みに、残虐さが垣間見える。


 いや、無慈悲、というべきだろうか。


 しかして、それで理解する。彼女は、世界を壊す方法について、なんの良心の呵責も無いことを。尊い犠牲とも思ってない。必要な数合わせをしているだけなのだ。


「本当に度し難い。君の子だろう?」


「ええ、ええ。私の子です。子は親のために尽くす、親も子のために尽くす。私は彼等に愛情と豊穣、繁栄と安寧を与える。彼等は私のためにその命を捧げる。それだけのことです」


 ふふ、ふふふと、シュブ=ニグラスは笑う。


「なるほど、そういう事ですか」


 僕達の話を聞いて合点がいったのか、クイーンクゥェが言葉を漏らして頷く。


 僕も、彼女と話をしている内に正しく確信した。


「そうだよ、クイーン。彼女は、世界を壊すために、この町の住民の命を代償にするつもりだ」


「大正解でございます。花丸満点差し上げましょう」


 嬉しそうに、笑う、哂う、嗤う。


 この町の住人こそ、シュブ=ニグラスが世界を壊すための備え。


 つまり、彼女は世界を壊すためだけに子を産み落とし続けたのだ。


 しかし、これで百点満点の正解ではない。この話には続きがある。


「花丸満点には気が早いんじゃないか?」


「あら、そちらもお気づきで?」


「ああ。むしろ、最初の疑問はそれだったよ」


 世界を壊すための備えとして彼等が産み落とされたのは理解できる。しかし、それなら人間らしさは必要が無いのだ。


 他の神性同様に、自我を薄くし、子が親に従う動物並の本能のみを残せば良いだけの話だ。わざわざ、理性と知性を持たせる必要性が無いのだ。


 理性と知性を持たせれば戦わせるのにも不便だし、対人を想定して人間が彼等を殺しにくいようにという意図があったとしても、それも不要の意図である。そも、戦闘力からして神性の方が数段高いのだ。相手の精神的な動揺を誘う必要など全くない。


 であれば、なぜ人の姿にして、理性と知性を与えたのか。


 疑問に思い、考えれば、なんとなくだが分かってきた。


「これ、シミュレーションだろう? 世界を壊した後の」


 僕の言葉を聞いた途端、シュブ=ニグラスは心底から嬉しそうに、その口を三日月のように歪めた。


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