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015

 スクリードに一歩足を踏み込めば、そこには雑多とした人混みがあった。


 僕達は難無くスクリードの中に踏み入ることが出来た。


 僕達の存在を相手は知っている。にも関わらず、僕達はスクリードに入れた。誘い込まれているのか、侮られているのか、はたまた他の目的があるのか。


 どちらにせよ、僕等が町の中に踏み入らなくてはいけないことには変わりが無い。であれば、堂々と踏み入ることにしようではないか。


 しかし、いつなにが起こるか分からない。僕達は、周囲を警戒しながら歩を進める。


 雑多とした町には人が多く、少し歩くだけで多くの人とすれ違う。まぁ、すれ違う者達の内、完全に人である者は二、三人程度だけれど。


 これは、思った以上にやっかいだな……。


 どこを見渡しても人が見えないところが無い。それ程までにスクリードは人で溢れ返っていた。いや、人ならざる者、か。


「どいつもこいつも神気(しんき)を放ってるなぁ……」


 神気とは、神が放つ気配のような、エネルギーのようなものだ。神性であれば、誰であっても多かれ少なかれ神気を放っている。


「そうであります。そのせいで、私の探査に支障がきたしたのであります」


「これだけの神気が放出されていれば、数を正しく認識するのは困難でしょう。恐らく、ウーヌスが大まかな数を割り出せる程度です。他の姉妹では更にざっくりとした数しか割り出せません」


「ああ。僕も、感知はあんまり得意じゃないから、セプテムと合流した時点でざっくりとした数しか分からなかったよ」


 これほど多くの者が神気を放っていれば、どれが誰の神気なのかまったく検討がつかないだろう。


 町の中に入っても余りに入り乱れすぎて把握がしづらい。けれど、圧倒的に大きな神気を見逃す程じゃない。


 町の外にいるときから感じていた大きな三つの神気はちゃんと捉えている。この神気の中に埋もれるほど、奴らの神気は小さくない。


 三つの神気が居る方へと視線を向ける。


 そこはアノリス王国の王宮。この国の中枢だ。


 このまま正面から向かうか、それとも少し時間を空けるか……いや、時間を空けたところで意味は無いだろう。日を跨ぐこともしたくはない。敵地のど真ん中で眠っていられるほど、僕は無用心じゃない。


「作戦は、正面突破で」


「わかったー」


「了解であります!」


「かしこまりました」


 雑な作戦内容だが、僕の頭ではこれくらいしか考えられない。それに、小賢しい小細工が通用するような相手でもない。


 呼吸を整え、いざ向かわんとしたその時、子供特有の甲高い声が響く。


「あ、あなた! こっち! こっちよ! そこの浮いてる女を連れてるあなた!」


 人混みの中から、そんな声が聞こえてきた。


 姿は見えないけれど、その声が誰に声をかけているのかは理解が出来た。


 この場所に浮いている女など、ナイアしかいない。つまり、呼ばれたのは僕だ。


「ちょっと、おどきなさい! わたしが通るのよ!? おどきなさいったら!」


 なかなかに不遜な言葉が聞こえて来たと思ったら、人混みがゆっくりと二つに割れた。


 人混みが二つに割れ、その間を悠然と歩く一人の幼女。


 歳の頃は十歳程度。しかして、幼いながらも将来を有望視されるほどの美麗な顔は、見るものを圧倒する程の存在感を放っていた。


 豪奢なドレスを着た美幼女は、自信に満ちた笑顔を浮かべながら、僕等に近づいて来た。


 美幼女を見て、姫様だ。姫殿下だ。どうしてここに? お付きは一人もいないのか? 等々、周囲がざわめく。


 お姫様、殿下。そのワードだけで、僕は猛烈に嫌な予感がする。


 僕の目の前で立ち止まった美幼女は、偉そうに踏ん反り返って言った。


「あなた、わたし自らこの町を案内してあげるわ! 感謝なさい!」


 偉そうに言う美幼女。


 僕は、彼女の言葉を勘繰る。


 彼女が、周囲が言うようにこの国の姫殿下であるならば、王宮とも関わりがあるということになる。であれば、彼女は少なくともシュブ=ニグラスに関わりがある可能性がある。


 そんな彼女が町の案内? 敵である僕達を? 意味が分からない。


「む! あなた! ここは感涙に咽び泣いて頭を下げるところでしょう!?」


 考えを巡らせていた僕は、図らずも彼女を無視する形になってしまった。それに気を悪くしたのか、彼女は眉尻を吊り上げて怒りをあらわにする。


「随分とまあ横柄な……」


「当たり前でしょう! わたしはこの国のお姫様なの! あなたのようなうだつの上がらない下民とは違うのよ!」


 ふふんと胸を張る美幼女。


 彼女からは悪意を感じない。そしてまた、敵意も一切感じない。


 本当になにが目的なんだ? シュブ=ニグラスが関わっているのか? でも、そしたらその真意は?


 彼女の行動の真意が分からず、思考がただただ巡る。


「サクヤ様」


 そんな僕に後ろからクイーンクゥェが耳打ちをする。


「ここは敵の思惑に乗るのも手かと」


「どうして?」


「奴らが時間稼ぎをするとも思えませんし、なにより、彼女に案内をさせることになんらかの意図を感じます」


「意図は僕も感じてる。でも、その意図が分からないんだ」


「しかし、害を加える様子もまた無いようです。それに、私としてもきちんと一度見ておきたいと思います。私の予測していた町とは、どうやら違うようですので」


 確かに、僕がイメージしていた町の様子とは少し、いや、大分違う。


 僕は、シュブ=ニグラスらに作られた神性が、人の形をしているだけ(・・・・・・・・・・)だと思っていた。


 しかしどうだ? 彼らは今起きてる騒ぎに驚き、困惑している。そこに違和感は無く、正しく人らしい。


 僕の想像では、外面だけ取り繕った不出来な人間もどきが闊歩しているだけだと思っていたのだが……。


「確かに、これは少し様子を見た方が良いかもしれないね」


「では、ご随意に」


「ああ」


 憤慨している美幼女をナイアとセプテムが宥めている間に、僕達は内緒話を済ませた。


 僕達の内緒話が終わったのを見計らい、セプテムが自然に後ろに下がり、ナイアはーー何故か美幼女をおんぶしていた。


 いや、敵かもしれない相手に背中を……いや、いい。ナイアはそんなことを気にしないし、それに彼女程度がどうこう出来る相手でも無い。


 僕は、ナイアの背に捕まっている美幼女に視線を合わせる。


「それじゃあ、案内お願い出来るかな?」


「ええ、良いわよ! それに、最初からあなたたちに拒否権なんて無いわ! 黙って案内されてれば良いのよ!」


「良いのよー」


 ナイアの背で偉そうに言い、ナイアは最後だけ真似する。


 僕は、苦笑を顔に貼付ける。


「じゃあ、お願いするね」


「任せない! さあ、ナイア! まずはあっちよ!」


「おーさー」


 美幼女が進行方向を指差し、ナイアがそこに向かって進む。


 ナイアに進ませながら、美幼女はこちらを振り返る。


「自己紹介がまだだったわね! わたしはルリエ・アノリスよ! あなたは?」


「僕はサクヤだよ」


「そう! 珍しい名前ね!」


 自己紹介が済めば、美幼女ーールリエは正面に向き直る。


 その後ろ姿は無邪気で、どこからどうみても子供のそれだ。


 警戒もしていない。そして、何かが起こるとも思っていない様子。


 ルリエは楽しそうにナイアと話ながら、時折こちらを振り返っては自信満々に、そして、誇らしげに解説をする。


「ここは呉服屋よ! いつも素敵な服をこしらえてくれるの!」


「ここは甘味屋よ! いつも美味しい焼き菓子を(おろ)してくれるの!」


「ここは武具屋よ! お城の兵士は皆ここの武器を使ってるの!」


 楽しげに町の店の事を語るルリエ。


「まあ! 見て、あの猫! 目の周りだけ白い毛よ! きっと全防型兜(フルフェイス)を被ってるんだわ!」


「まあ、雲を見てちょうだい! あれはきっと魚ね! その隣は馬よ!」


「見てちょうだい! あの木に鳥が止まってるわ! きっと(つが)いなのね!」


 ナイアの上で、楽しそうに騒ぐルリエ。そんなルリエに、ナイアが言葉を返す。


 見た感じ、ルリエは本心から楽しんでいるように見える。


「どう?」


「見たままの状態です。彼女の行動と感情に乖離や偽りはありません」


「私も同じ見解であります」


 僕の一歩後ろを歩く二人に聞いてみるが、ルリエの言動に芝居や演技の様子は見られない。


 なら、彼女は真に振る舞っている。


 やはり、おかしい。


 僕は不出来な容姿のーーある意味ではあれで完成形ではあるがーー落とし仔を見た。落とし仔に知性は無く、自我もまた薄い。本能が大半を占めており、神性でありながらその性質は獣以下だ。


 けれど、目の前の神性(ルリエ)はどうだ? 町の住人達は? 彼らは僕の知るような普通の人間らしく振る舞い、人間と同じように生活している。


 この町にいた人間が違和感を覚えるほどに急激に増えているが、言ってしまえばそれだけだ。


 それ以外に、特におかしな点は見当たらない。


 元々中にいた者ならともかく、外から来た人間には違和感など無いだろう。ただ、人が多く活気がある程度にしか思わないはずだ。


 これでは、人間の中に混じろうとしているようだ。


 ……いや、待て? 混じる?


 違和感を覚え、僕は考える。


 そして、その違和感の正体を掴むと、クイーンクゥェに声をかける。


「クイーン」


「はい」


「少し。ほんの少し分かったかもだ」


「それは重畳です。それで? どこまで分かったのですか?」


「どこまでが正解かはわからないけど、足の先に引っ掛かる程度には、かな?」


「違和感を掴んだ、と解釈しても?」


「ああ、それくらいだ」


「では、その違和感を教えていただいても?」


「いや、その必要はおそらく無い」


 後ろで、クイーンクゥェが小首を傾げるのを雰囲気で感じとる。


「どういう意味ですか?」


「多分、お呼びがかかる」


「お呼び?」


「ああ。どうやら、元々招待するつもりだったみたいだよ。今頃、自慢したくてうずうずしてるんじゃないかな?」


 僕のそんな言葉が聞こえてきたわけでは無いだろうけれど、見計らったかのようなタイミングでルリエは振り返った。


「さあ、もう案内も終わりよ! 最後はわたしのお家に案内するわ!」


 ルリエの言うお家と言うのは、言わずもがな王宮のことである。


 そして、そこはシュブ=ニグラスの根城でもある。


「ねえ、ちなみに聞くけど、君は誰に僕らを案内するように言われたの?」


 今まで、彼女が明かさなかった部分。恐らく、言わなくても良いことと判断したからだろう。彼女にとって、誰に頼まれたかよりも、自分がなにをするかの方が優先だったのだ。


 僕が聞けば、彼女は嬉しそうな顔で言った。


「もちろん、お母様よ!」


 その一言で、クイーンクゥェとセプテムが僕が言ったことを理解する。多分、分かってないのはナイアだけだ。


「それじゃあ、最後の案内お願いしようかな」


「ええ、任せなさい!」


 ルリエはぽんと薄い胸を自信満々に叩いた。

 

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