014
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ありがとうございます。
セプテムにもたらされた報告は、最悪と言って良いほどの報告だ。
けれど、僕はそれを半ば予感していた。というよりは、遅かれ早かれそうなるのではと思っていた。
「気にしないで良いよ、セプテム。僕が動いた時点で、こうなることはわかってたから」
「サクヤ様、それはどういうことですか?」
「君達は、僕が何者か忘れた訳じゃないだろう?」
「ええ。まだ、忘れてはいません」
彼女の物言いは、僕が存在昇華を使ったことによる記憶の消去が行われていないから憶えてる、という意図を含んでいる。
そしてそれは、何度も彼女達にリツが僕の存在を教え込んでいるということに他ならない。
リツには苦労をかけてばかりだなと思いながらも、僕は続ける。
「なら分かるだろう? 僕という存在を彼らは無視できない。だから、元々僕が来た時点で隠密行動は出来ないんだ」
「なるほど」
「なるほどであります」
クイーンクゥェとセプテムは要点を欠いた僕の説明でも理解してくれた。けれど、ナイアは小首を傾げている。
「ナイアさんはよくわからないぞ」
「ナイアさんはあんまり気にしなくても大丈夫だよ。僕が……というか、ナイアさんもかな? 僕とナイアさんが敵に見つかりやすいって事だけ憶えてくれればいいよ」
「そうか。分かったぞ」
こくりと一つ頷くナイア。
ナイアの生い立ちを考えれば、恐らくは僕と似通っていると考えても良いだろう。予めそう考えていた方が、いざという時に対処がしやすい。
それにしても、クイーンクゥェとセプテムだけでも隠密行動をさせたかったな。この距離なら僕とナイア、クイーンクゥェとセプテムの二手に別れて忍び込めると思ったんだけど……ちょっと見通しが甘かったみたいだ。
彼女達が優秀だから大丈夫かなと、楽観的に高をくくってた。
相手は邪神だ。それも、恐ろしいほどの力を持った。楽観視なんてしてる場合か? もっとしっかり考えて行動しないと。
「それで、どうやって見つかったの? 一応、状況だけでも聞かせてくれるかな?」
僕は、少しでも情報を得るために、セプテムに見つかったときの状況をたずねた。
セプテムは申し訳なさそうな顔をしながら口を開く。
「了解であります。私が偵察のため、ぎりーすーつに身を包んで遠望魔術でスクリードを監視している時であります」
ああ、あれギリースーツだったんだ……。
あの茂みの格好の意味を思いがけずに知ったけれど、話の腰が折れそうだったので口には出さない。
「王宮を見ていると、最上階に位置する部屋の窓から、一人の女がこちらを見ていたであります。気のせいかと思ったのでありますが、女とはちゃんと目が合ったであります」
嘘だろ? この距離で?
僕は思わずスクリードの方を見る。
こちらからはスクリードは石ころ程度の大きさにしか見えない。それに、セプテムが魔術を使っていたとはいえ、魔力量の少ない魔術だ。そう簡単にばれるはずが無い。
セプテムは、そんな僕に補足するように言う。
「そして、微笑みかけられ、私に手を振ってきたのであります。そこで、監視が気付かれていることに気付いたであります。ぎりーすーつを纏っていたのに目が合ったという事は、女は完全に私の位置を把握していると考えていいであります」
「なるほどねぇ……」
魔導書である彼女の特有の魔力を見極めたのか? いや、しかし魔力の差異なんて微々たるものだ。そう簡単に見分けが付くはずが……いや、そういうことを簡単にやってのける連中だったな。
「相手の容姿とか分かるかい?」
「この世のものとは思えぬ程、美しい女であります」
「ということは、シュブ=ニグラスか……」
はたまた”冒涜の双子”か。
どちらにしろ、相手に見つかったことは確実だ。
ちょっとやそっと離れただけじゃ簡単に見つかるということは分かった。なら、
「セプテム、クイーン。このことをリツに伝えて」
「かしこまりました」
「了解であります」
二人は耳に手を当てると、姉妹達に念話を送る。
この情報で少しは皆の活動が楽になればいいのだけれど、根本的な解決方法にはなんにも直結しない情報なので、情報としては微妙なものだ。
二人の念話が終わるのを待ってから、僕らは改めてスクリードに足を向ける。
「さて、それじゃあ行こうか」
「わかったー」
「はい」
「了解であります」
クイーンクゥェ達が隠密行動が出来なくなった以上、戦力を分散するリスクを冒す必要は無い。このまま、真正面からスクリードに突入する。
落とし仔より少し上の百やそこらの神性など僕らにはものの数にもならない。問題はシュブ=ニグラスと”冒涜の双子”だ。さすがに、旧支配者を三体も一気に相手取るのは無理だ。
双子をナイアとクイーンクゥェ、セプテムに相手してもらって、シュブ=ニグラスを僕が相手する。ここから感じられる神性の反応は、ハスターを凌駕する程のものが一つに、それよりは少し劣るもののハスターに並び立つ程のものが二つだ。
ハスターと戦ったときよりも戦力は少ない。それなのに、相手はハスター以上の戦闘力を有する神性。あれから何回か存在昇華してしまったとは言え、勝てる見込はそう高くはない。
「これを僕等だけで相手にしろっていうんだから、リツも無茶を言うよねぇ……」
スクリードに向かいながら、僕はそんな愚痴を言う。
「一度撤退なさいますか?」
「いや、撤退してる時間が無い。戻ってからここまで来る間に準備を整えられたら犠牲は今以上だ。それは看過できない」
「では、|ネクロノミコン(姉妹)を呼びますか?」
「同じ事だよ。戦力が増えたとなれば、向こうも準備を急ぐだろうね。僕等だけだと油断している今が叩きやすい。時間が経てば経つほど向こうの戦力が増える。今が一番戦力が少ないんだ。今のうちに叩きたい」
「かしこまりました。ですが、もしもの時の援軍は必要だと思います。ですので、|ネクロノミコン(姉妹)で一番速い者をこちらに向かわせます」
「ああ、分かった」
僕が頷くと、クイーンクゥェは|ネクロノミコン(姉妹)に念話を送る。
こうしてみると、本当に出来る女性って感じがする。色々気が利くし、僕の考えにちゃんと異議をとなえてくれる。彼女は優秀過ぎるほどに優秀だ。普段の言動がアレなのが至極残念でならない。
僕が若干失礼なことをーー普段の言動がアレなので仕方がないのだがーー考えていると、念話を終えたクイーンクゥェが僕に視線を向ける。
「惚れました?」
「それが無ければ完全に惚れてたよ」
「そうですか。それは残念です」
まったくもって残念そうな顔をしないクイーンクゥェ。彼女にとってはこういった会話はただのおふざけだ。たまにおふざけが過ぎるけれど、それ以外の時はちょっとした冗句である。
ネクロノミコンの中で一番付き合いが長いのがクイーンクゥェなのでーー至極残念ではあるがーー彼女のことはよくわかっている。
だから、僕は彼女の冗句に冗句で返したのだ。
しかし、一連のやり取りを冗句だと分からない者もいた。
「サクヤ様は出来る女がこのみなのでありますな」
ふむふむと納得したように頷くセプテム。
それに合わせて、僕の後ろから、なにやら柔らかいものにふわりと抱き着かれる。
「むー」
「な、ナイアさん?」
ふよふよと浮いているナイアが抱き着いているのだと分かるのに、そう時間はかからなかった。
恐らく、ぷーっと頬を膨らませているであろうナイアが、拗ねたような口調で言う。
「ナイアさんは空が飛べるぞ?」
「え?」
「口からびーむも出せるぞ?」
「あ、うん」
「堅い岩だって食べられるぞ?」
「うん。ばっちいから、あんまり食べないでね?」
「ナイアさんもいっぱい出来るぞ?」
「うん。……うん?」
出来る? ああ、そういうことか。
ナイアが突然自分の出来ることを言い出したのは、セプテムが出来る女が好みと言ったからか。
ナイアの精神性は子供とよく似ている。大方、自分の大好きな人が他の人に取られてしまうのが嫌なのだろう。この場合、大好きな人と言うのは異性のことではなく、特に気を許した人という意味だ。そこに男女間の複雑な恋愛感情は無い。
僕は苦笑を浮かべながらナイアの頭を撫でる。
「大丈夫だよ、ナイアさん。別に、ナイアさんから離れる訳じゃないから」
「むー」
僕の言葉だけでは納得しないのか、頬を膨らませ続けるナイア。それに、どうやらこのまま離れる気は無いようだ。
仕方がない、ナイアの好きにさせよう。
僕はナイアを無理に剥がすことなく、そのまま歩く。
「そういえば、連絡を入れた|ネクロノミコン(姉妹)って誰? 僕も面識ある子?」
「ドゥオです。一番近いので彼女に頼みました。サクヤ様との面識は無いはずです」
「ドゥオ、か……確かに、面識は無いね」
僕が面識があるのが、今いる二人を除けばトレースくらいだ。トレースは基本的にリツの手伝いなので、よくよく考えれば僕が面識のある子は来られるはずが無い。
ちなみに、姉妹の名前だけは知っている。
長女から、ウーヌス、ドゥオ、トレース、クァットゥオル、クイーンクゥェ、セクス、セプテムの順番だ。
僕が知らない姉妹達は残り四人ということになっている。
とは言え、彼女達とはなかなか会うことができない。
勇者に一人は必ず|ネクロノミコン(彼女達)をサポートに付けているため、勇者が帰ってこないと、基本的に会うことができない子が二人はいるのだ。そうでなくても、セプテムのように遠方調査に駆り出されたりするので、こうして会いに来たりしないとめったに会うことが出来ない。
確か、一番目の勇者にウーヌス、二番目の勇者にクァットゥオル、三番目の勇者にトレースだったはずだ。
他は、セプテムのように遠方調査や、ドゥオのように遊撃に回されている。
因みにだが、僕のサポート役はクイーンクゥェだ。まことに遺憾ながら。
彼女が他の魔導書と違い王宮に残っていたのは、仕事が無かった訳ではなく、僕の帰りを待っていただけだ。
ていうか、なんで僕のサポートがクイーンクゥェなんだ? いや、能力面にはなんら問題は無い。しかし、性格面では問題有りだ。こんなエロ本と一緒にいたら、僕の理性は試練の連続だ。せめて、トレースと交換してほしいものだ。
まぁ、文句ばかりも言ってられないか。それに、そんな事よりも、今は目の前の敵に集中だ。
僕は段々と近づいて来るスクリードを囲う外壁を睨みつける。
スクリードからは神性の反応を感じる。
それも、百や二百ではすまない程の反応だ。小さいのから大きいのまでバラバラで、とてもここからでは詳しく判別出来ない。いや、おそらく、中に入っても細かな判別は難しいだろう。
出たとこ勝負なのは間違いない。うまくいくかどうかは、僕等の実力次第だ。
はてさて、どうなることやら……。
心中の不安を押し殺しながら、僕は歩を進めた。