013
感想等いただけると嬉しいです。
暗い、暗い室内。
窓を閉め切り、カーテンも閉められた部屋。
光源はカーテンの隙間から入り込む月明かりと、寝台の横のテーブルに置かれた蝋燭のみ。その蝋燭の火が、小さな風を受けてゆらゆらと小刻みに揺れる。
風の原因は寝台で身体を重ね合う二人の男女。
一人は、世の男が一度は抱いてみたいと思うほど、豊満な身体つきをした女。顔も良く、声も良く、そして、表情も良い。
その女は男が悦ぶ仕種を熟知しているかのように、男を悦ばせるために声を出し、身を奮わせる。そのたびに、男は喜び勇んで腰を振り、更に女を悦ばせようと、否、女を征服している自分へ愉悦を与えんとする。
夜の町の一室では珍しくない淫らな光景。
娼館に行けばどの部屋もこのような光景が行われており、また、そうでなくても夫婦の夜の営みとして行われている。それに、貴族ともなれば多くの女を侍らせ、時には常人には理解の及ばない趣向を行うことだろう。
それゆえに、この部屋で行われている行為はこの町、もっと言えば、この世界ではありふれた光景であった。
そう、このまま淫行が続けば。
「あ、な、が……ッ!?」
突然、男が苦しみだす。
腰を振るのを止めて、自らの喉を押さえ、もがきだす。
目を剥き出しに、口から泡を垂れ流し、まるで体中から水分がまるごと抜け出ているのではと思うほどの大量の汗をかく。
涙も、鼻水も、精液も、なにもかもが男の身体から垂れ流される。
もがき、苦しみ、喉や胸を掻きむしる。
あまりの苦しさに声も出ないのか出せないのか、呻き声らしきものが喉を通って漏らされる。
やがて、絞り出したように高い音が一つ鳴ると、男は息絶えた。
見るからに悍ましい光景。性行の最中の突然死。それも、見るからにおかしな死に方をすれば、誰でも怯えて喚きながら逃げ出すところだろう。けれど、彼女は違う。彼女にとっては、性行の最中に男が突然死するなど、日常茶飯事だ。
彼女は干からびて死んでいる男を見て物憂げに溜息を吐く。
「はぁ……この男もダメね。やっぱり、普通の男ではダメなのかしら?」
「それはそうだろうさ。僕らの特性を考えればね」
突然、男の声で返事が返ってくる。けれど、女は驚かない。
干からびた男の死体を寝台から蹴落とし、男の体液にまみれたシーツで身体を隠す。
「あら、ナグ。そっちはもう良いの?」
「ああ、イェブ。少し前に終わったところさ」
ナグと呼ばれた男は、イェブと並び立つ程の美丈夫だった。
服の上からでもわかる程の引き締まった身体に、一度見られただけで身体が疼くほどの目。そして、誰もが、ともすれば男も見とれる色香を醸し出す顔。
イェブに見劣りしないほどの容姿と身体、そして、色香を持つナグ。
しかし、そんな見た目のナグを見ても、イェブの表情や動作は変わることは無い。
そして、それはナグも同じである。
「それで? 何しに来たの?」
「兄が妹に会いに来るのに理由がいるかい?」
「あら、弟なんだから、場所とタイミングを弁えて姉に会いに来てほしかったわ」
「一応、事が済んだ頃を見計らったんだけど?」
「ふふ、知ってる。それで? 本当に何しに来たの? 誰か絡んできた?」
「いや、まだだよ。全員静観を決め込んでる」
「じゃあなに? わたし、次の男に移りたいんだけど?」
焦れったそうに眉を寄せるイェブ。
そんなイェブにまあまあと手の平を向けてもう少し待てと告げるナグ。
そして、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべて言った。
「どうやら、四番目が動いたらしい」
「ーーっ」
ナグの報告にイェブは一度目を見開くも、すぐにナグと似通った邪悪な笑みを浮かべた。
「へぇ……あの”邪悪の皇太子”を倒した四番目が、ねぇ……」
「ああ。けど、確実な情報じゃない」
「でしょうね。一番目は北へ、二番目は西へ。東に三番目が陣取って、四番目の所在は知れない。それに、わたしの記憶も消えてるし。あなたも記憶が消えてるんでしょう?」
「ああ、綺麗さっぱり」
「ふふ、本当に厄介」
口ではそう言うが、イェブの顔には笑みが浮かんでいる。それは、ナグも同様である。
「まさか、神性の記憶からも逃れるだなんて……いえ、だからこそ、かしら?」
「さあね。そこらへんは母さんでも分からないらしい。ともかく、僕らに届く力だ。彼らと合わせて、厄介な相手には変わり無い」
「あら、弱気?」
「まさか。慎重なだけさ」
「ふふ、そういうことにしといてあげる」
くすくすと楽しそうに笑うイェブ。
そんなイェブにとくに苛立つこともない。いつもの事だからだ。
「まあ、互いに用心しよう。そのうち、母さんから呼ばれると思うよ」
「ええ、分かったわ」
「それじゃあ、僕は行くね。相手を待たせてるんだ」
「ええ、互いに励むとしましょう?」
「ああ」
頷くと、ナグは闇に溶けるように消えていった。
ナグのいなくなった部屋で、身体の疼きを覚え、一人シーツに包まれた自分の身体を弄るイェブ。
「あぁ……四番目……あなたなら、わたしの……」
未だ見えた事の無い相手を思い、イェブはその豊満な身体に手を這わせる。
まだ見ぬ四番目を思い、イェブは火照る身体を慰めた。
〇 〇 〇
それなりに長い旅路を経て、僕達はようやくアノリス王国の王都スクリードの目前まで来ていた。
とはいえ、旅慣れている僕にとってはいつもの旅路とそう変わらぬ道程だった。けれど、僕の隣を歩く|クイーンクゥェ(エロ本)がまったく自重してくれなかった。
下ネタ三昧、誘惑三昧の旅路に、僕の理性は幾度となく試された。
起きたら下着姿のクイーンクゥェがいたり、唐突に下ネタ言ってきたり、マッサージをすると言いながら執拗にお尻を揉んできたり、唐突に下ネタ言ってきたり、料理に精力作用のあるものを混ぜてきたり、唐突に下ネタ言ってきたり……本当に、大変な旅路だった。こう考えると大半下ネタしか言ってないけど、本当に大変だった。
それに加えナイアだ。
ナイアは純粋無垢なので、行動に悪気が無い。
僕と一緒の布団で寝ようとしてきたり、一緒にお風呂に入ろうとしてきたり……リツがいれば事前に止めてくれたのだろうけど、今はその歯止め役がいない。それゆえに、ナイアは自身の思うがままに行動をする。
本当に、クイーンクゥェ以上に理性を試された。悪気が無い分余計に気張った。
しかし、これからは敵の本拠地に入る。そうなれば、いくらクイーンクゥェでも自重してくれるはずだ。ナイアも少しは甘えるのを我慢してくれるはず。それに、いくらクイーンクゥェとはいえ、まさか敵陣の真っ只中で変なことはしないだろう。セプテムとも合流するし、歯止め役が増えるから楽になる……と、思いたい。
「ああ、不安だ……」
「大丈夫だ。サクヤにはナイアさんが付いてるぞ!」
ぽんと自信満々に胸を叩くナイア。
「それはありがたいよ、本当に」
「安心してください、私もおります」
「君の存在が僕は一番不安でならないんだ……」
「む、なにを言いますか。家事から戦闘、さらには夜のお供までこなせるんですよ?」
「最後が無ければ完璧なんだよなぁ……」
「サクヤ、夜のお供ってなんだ? 添い寝か?」
「ナイアさんはまだ知らなくて良いんだよ」
「そうかー」
僕の答えを聞いて興味を失ったのか、ナイアはそれ以上聞いてくることは無かった。
本当に、ナイアが純粋な質問としてこういうことを聞いてくるから困る。からかわれてるのなら他に対処のしようもあるけれど、ナイアはただの好奇心だ。彼女を責められないし、懇切丁寧に説明し返すわけにもいかない。
僕はキッとクイーンクゥェに余計なことを言うなと鋭い視線を向けるも、彼女は柳に風と受け流す。
「それよりも、もうそろそろセプテムとの合流地点です」
「露骨に話題変えたね。まあいいけど」
クイーンクゥェの言う通り、もうすぐでセプテムとの合流地点だ。
セプテムの無事は定期的に確認しているけれど、それでも、早く自分の目で無事を確かめたい。
「ああ、ここですね。セプテムが指定した座標は」
「え、ここ?」
言いながら、クイーンクゥェが立ち止まった場所は、何もないただの平原だ。遠くの方に目的地である王都スクリードが見えているが、それ以外は小さな茂みがいくつかあるくらいだ。
本当にここにセプテムがいるのかと視線を巡らせたその時、茂みの一つががさごそと音を立てて動いた。
「ここであります、サクヤ様」
「……セプテム?」
「はい。セプテムであります。私の凛々しい姿をお忘れでありますか?」
「あ、いや、忘れてはいないけど……ごめん、正直その状態で分かれって方が無理があると思う」
僕がそう言えば、茂みががガサッとショックを受けたように揺れる。
「ま、まさか……サクヤ様が私を忘れるだなんて……。私はサクヤ様にとても可愛がってもらったとクイーンクゥェからお聞きしていただけに、ショックが大きいであります……」
しゅーんと茂みが肩を落としたように揺れる。
僕は痛くも無い頭を押さえながら、クイーンクゥェに助けを求める。
「ねえ、クイーン、ヘルプ」
「はぁ……仕方ないですねぇ。セプテム、今一度自分の格好を見てみなさい」
「格好……? はっ! 私としたことが忘れていたであります!」
クイーンクゥェに言われてようやく気づいたのか、セプテムはようやく体中にくくりつけた木々を取り外す。
そう、セプテムは全身に木々や草花をくくりつけて茂みの一つとなっていたのだ。
そりゃあ気づけないよ。だった顔が見えないほどなんだもん。
「ふぅ……木々と一体になる生活が長かったせいか、すっかり忘れていたであります。改めまして、お久しぶりで始めましてであります。サクヤ様」
人工茂みの中から出て来たのは、一人の可憐な少女。
背が低く、起伏の少ない身体。見るからに子供と称するのが適切な少女。
その身長と精巧な顔のパーツ配置は、一瞬、人形ではないかと見間違える程綺麗なものだった。
人形のような少女。名を、セプテム。ネクロノミコンの写本の内の一冊。第七冊目の写本。
セプテムは、綺麗にカーテシーをすると、にこりと一つ微笑んでみせる。
基本的に無表情なことが多い|ネクロノミコン(彼女達)ではあるけれど、セプテムは比較的に表情をよく作る方だ。
僕は微笑むセプテムに笑みを返す。
「ああ、久しぶり。一人で大丈夫だった?」
「はい。手を出されることは無かったであります」
「そうか。なら良かったよ」
彼女の報告を受け、ほっと胸を撫で下ろす。
しかし、クイーンクゥェはぴくりとその綺麗な眉を歪める。
「セプテム、その言い方をするなら、先に報告をする事があるのではないですか?」
「そうでありますね。サクヤ様、申し分け無いであります。私は完璧な任務遂行ができなかったであります」
セプテムのその言葉で、僕は半ば嫌な予感を覚える。
セプテムは申し訳なさそうに眉を下げると、報告をした。
「私がここにいることを敵方に知られてしまったであります。隠密行動は、出来そうに無いであります」