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011

 百を超える神性の反応。その言葉だけで俺達が危惧していたことが起こってしまったことを理解した。


「シュブ=ニグラスかい?」


「まず間違いなく、な。こんな芸当ができるのはあいつくらいだ」


「はぁ……最悪の展開だね」


「まったくだ。後手に回っているとは思っていたが、こうも後手後手ではな……」


 リツが調査に向かわせている魔導書に出した指示は、落とし子を超える神性の反応を捉えた場合に報告せよというものだ。つまり、その百の神性は、少なくともこの間戦った落とし子よりも格上だと言うことになる。


「こうなってしまった以上、嘆いていてもしょうがない。とにかく、一刻も早くスクリードに向かってもらいたい」


「僕、帰ってきたばっかりなんだけどなぁ……まあ、仕方ないか……」


 正直なところ、もう少しだけゆっくりしていたかったけれど、事態が事態なのでそうも言ってられない。


「いつもお前に頼ってばかりですまない……」


 リツが申し訳なさそうに言う。


「いいって、リツがここを動くわけにはいかないことは重々承知してるから。それに、僕がサボってた分はちゃんと仕事をしないとね」


「別にサボってたわけじゃないだろう? 仕方の無いことだ」


「リツ達に全部押し付けてたのは事実だ。その分くらいは働くよ」


「なにを言う! それを言うのは僕等の方だ! 僕等は、最後は全部お前にーー」


 言い募ろうとするリツの口に人差し指を当て、それ以上言わないようにと釘を刺す。


「僕がやりたくてやったことだ。リツ達に押し付けられただなんて思ってないよ」


 いつだって、僕は僕のやりたいようにやってきた。戦いから逃げたのも僕がそうしたかったからだ。僕は逃げ出した僕を責めないでいてくれた皆に感謝している。


「最初に甘えてしまったのは僕だ。だから、リツにはこれからも甘えてほしい」


「ナイアさんはー?」


「ナイアさんも存分に甘えてくれていいよ? むしろ役得だ」


「じゃあ今度一緒にお風呂に入ろう。背中洗いっこだ」


「ごめん、それだけは辞退させて」


「むー! 今、甘えていいって言った!」


「それだけは割と本当にご勘弁を……!」


 ケーキを食べながらぷんすこと怒るナイアを、僕はどうにか宥める。


「って、い、いいいいいつまで人の唇を触ってるんだ変態!!」


 ナイアさんを宥めていると、顔を真っ赤にしたリツが僕の手を叩き落とす。


「ああ、ごめんごめん」


「お前は、すぐそんな……もう!」


 言葉にならないのか、最後に子供っぽく言って言葉を切るリツ。


 同性なんだからそんなに照れなくていいのにと思いつつ、出立について話を戻す。


「それで、クイーンが準備を済ませてるってことは、今から向かえばいいのかい?」


「ああ、済まないが頼む」


「わかった。じゃあ、もう出発しちゃおうか。ナイアさん、ケーキはそこまで。行くよ」


「待ってほしい。後三個だから!」


 言いながら、急いでケーキを食べるナイア。


 僕は浮かしかけた腰を降ろし、ソファに座り直す。


「あ、そ、そうだ、サクヤ。ナイアが食べ終わるまで、お茶でもーー」


「サクヤ、食べ終わったぞ!」


「本当に早食いだな貴様は!!」


 ナイアに言葉を遮られたリツは、怒ったように声を荒げるが、ナイアのやることと諦観したように溜め息を吐く。


「いい、なんでもない。行ってらっしゃい」


「うん、行ってきます。お茶は帰ってきてからね」


「美味しいお茶を期待してるぞ!」


「ああ、分かった分かった」


 早く行けと言わんばかりに手を振るリツ。


 僕は苦笑を浮かべながら部屋を出る間際にリツに言う。


「無理はしないでね。疲れたらちゃんと休むんだよ?」


「こっちの台詞だ馬鹿。死んだら承知しないからな」


「リツに怒られるなら、おちおち死んでもいられないなぁ」


 言いながら、リツに手を振って部屋を出る。ナイアも僕に倣って元気に手を振る。


 そんな僕等にリツも苦笑しながら手を振り返した。





 リツに別れを告げた後、そそくさと王都を後にした僕等は、目的地である王都スクリード方面へと歩を進めていた。


 僕等の旅に馬車の(たぐい)は必要は無い。馬車よりも、僕等の方が早く移動ができるからだ。


 僕やナイアは昼夜を問わず歩き続けられるし、魔導書であるクイーンクゥェも同様だ。


 そのため、馬を休める必要がある馬車などは必要無いのだ。


 まあ、急ぎの事とはいえ、適度に休憩を挟んで行くつもりだ。有事の際にへとへとになっていたら元も子もないからね。


「そういえば、やっぱりついて来るのはクイーンなんだね」


「はい。不肖この私、クイーンクゥェがお供させていただきます」


「不審の間違いじゃない?」


「なにをおっしゃいます。私ほど潔白な魔導書は他にいませんよ?」


「歩くエロ本がなにを……」


「む、なんですかその魅力的ワード。……いえ、私は健全です。なんです? その不名誉な称号は? 失礼極まりないです」


 ぷんぷんと怒ったように言うクイーンクゥェ。しかし、最初に食い気味だったことは見逃してはいない。


 本当にこいつの中には十八禁な内容しか書かれていないのかと思いつつ、これ以上無意味な話をして疲れるのも嫌なので話題を変える。


「ていうか、ついて来るのはクイーンだけ? リツは他にもう一人付けるって言ってたけど?」


「現地でセプテムと合流予定です」


「ということは道中は君一人というわけか」


「む、ナイアさんもいるぞ?」


「ああ、そういう意味じゃなくてね」


 厄介なのがという言葉が最初に付くんだよ、とは言わないでおく。クイーンクゥェが物言いたげにこちらを見ているのからね。


 相変わらずふよふよ浮かんでいるナイアは「よくわからないけどわかった」と言って頷く。うん、深く詮索してこない素直さはナイアの魅力の一つだ。


「では、どういう意味なのでしょうか?」


 無駄に詮索して来るのはクイーンクゥェの悪いところの一つだ。


 物言いたげに見ているだけに留めておけばいいものを……。


「さあ、どう言う意味だろうね?」


「……はっ! まさか、夜のお誘い? 道中は大人が二人きりだからという意味ですか?」


「うん、全然違うから。クイーンはちょっとナイアさんを見習おうか」


「そうだぞ、見習えクイーン」


「ははぁ。見習わさせていただきますぅ」


「うむ、くるしゅうない」


 えっへんと胸を張るナイアに、クイーンクゥェがノリノリで返す。


 |魔導書(彼女達)は基本無表情がデフォルトなので感情が読み取りにくいけれど、皆結構ノリが良い子達ばかりだ。


 僕が面識のある魔導書はクイーンクゥェとトレース、セプテムくらいだけれど、他の子も皆良い子だとリツに聞いている。


 それにしても、セプテムか。


 彼女一人で百を超える神性のいる都を見張らせておくのは心配だな。いや、彼女の実力を疑っているわけではなく、彼女の見た目的に心配なのだ。


 彼女達は皆強いのだが、それでも、セプテムの見た目は、こう……か弱そうに見えるというか……庇護欲をそそられるというか……。


「ねえ、クイーン」


「なんでしょうか?」


「セプテム一人で大丈夫かな?」


「大丈夫でしょう。セプテムは|ネクロノミコン(私達)の中で一番隠密に優れていますので」


「君達、実力はそう変わらないんじゃなかったっけ?」


「ええ。しかし、セプテムの場合は見た目的に隠れやすいです」


「見た目的かよ! え、魔術的隠密力に優れてるわけではなく?」


「はい。見た目的に、です」


「まぁ、確かにそうだけどさぁ……」


 |魔導書(彼女達)の戦闘能力に大きな差が無いことはリツに聞いている。聞いていたからこそ、クイーンクゥェの言葉には驚いたのだが、見た目の話だったとは……。


 しかして、魔導書の中でも一番小柄な彼女なら、確かに小さいスペースに隠れられるので隠密には向いているのかもしれないとも思う。


 まあ、セプテムが聞いたら怒るだろうけど。


「大丈夫かなぁ……一気に心配になってきたぞ……」


「大丈夫でしょう。セプテムが捕まっていれば情報をこちらに流せなかったでしょうし」


「それもそうか」


「それに、今からあまり考えすぎてもよくありません。最悪の事態を想定しておきながら、最善策を考えましょう」


「そうだね。ありがとう、クイーン」


「いえ」


 本当、真面目にしてれば普通に頼りになるお姉さんなんだけどなぁ……。たまに変な方向に暴走するから評価がいちいち下がるんだよなぁ……。


「む、今サクヤ様の中で私の好感度が上がった気がします。今なら攻略できるのでは?」


「本当、真面目にしてれば頼りになるお姉さんなんだけどなぁ……」


「む、今まさに好感度が下がりました」


「ええ、下がりましたとも」


「ナイアさんの好感度はあげあげだぞ」


「ありがとうございます、ナイアさん。私、百合は守備範囲外でしたが、今日から守備範囲内に入れることにします」


「ん? ああ、よくわからないけどいいぞ」


「ナイアさん、そこは了承しちゃダメ!」


 本当になにを言ってるんだこの|魔導書(エロ本)は!? 話に脈絡が無さすぎるだろう!?


「うちの純情なナイアさんに変なことを言うの止めてくれるかい? 情操教育に悪いからさ。あ、後、ナイアさんの三メートル以内に近づかないでね? 煩悩が移るから」


「私は色情魔かなにかですか?」


「なにかじゃなくてそのものだよね?」


「否定はしません」


「そこはしてほしかったな……」


 どうしよう。僕も寝るときは気をつけたほうが良いかな? 寝るときだけクイーンクゥェを縛っておくか?


「安心してください。寝込みを襲うのは趣味じゃありません。むしろ私は襲われたい方です」


「聞きたくない情報をありがとう」


「つでに私のウィークポイントをお教えしましょうか?」


「結構です!」


「ふむ。サクヤ様は自分で探りたいタイプですね?」


「どうしてそうなるのかな!?」


「ん? サクヤはなにかを探すのか? ナイアさんも手伝うか?」


「手伝わなくて良いです! クイーン! この話は終わり!」


「むぅ、私は話したりません」


「シュブ=ニグラスと戦う前に僕を疲れさせる気か!?」


「それも本望ではありません。リツ様に怒られるのは嫌ですから」


 ひとまず、ナイアの情操教育に悪そうな話題は終わりになりそうなので、僕はホッと一安心する。


 本当に、ナイアは純粋だから気になる単語を聞いてきたり、さっきみたいに親切心で提案してきたりする。


 会話の内容をわかっていないので言っているのだろうが、ナイアの見た目でたずねられると、女性経験はおろか、女性と付き合った事さえ無い僕には対処しづらい。


 そして、とりわけ僕を困らせるのがナイアの純粋さだ。純粋なナイアにそういうことを質問されると、答えを言ったとたんに彼女を汚してしまうのじゃないかと思ってしまう。


 彼女には純粋なままでいてほしいけれど、彼女の成長には知識が必要だし、いずれそういうことも教えないといけないし、でも、それは今じゃなくても言い分けで……。


 等々、いろいろ考えてしまう。


 まあ、そういう知識を得たからといってナイアが不純になるかと言われればそうでは無いのだけれど、ともかく見た目年齢が僕と同じくらいであるナイアにそんなことを聞かれると、同学年にそういうことを教えていると思ってしまって気恥ずかしいのだ。


 ……後でリツと相談しよう。


 リツもナイアを大切に思ってくれているので、相談をしたら協力してくれるだろう。うん。この仕事が終わったら早速相談しよう。リツならそういうことをきちんと教えてくれる魔導書ーークイーンクゥェを除くーーを紹介してくれるだろう。


 しかし、ナイアがこの調子なら教えるのはもっと後になるだろう。彼女の精神が成熟、あるいは、元に戻ったら(・・・・・・)の話になる。まあ、相談だけ先にしておこう。後でわたわたするよりは良い。


 そんなことを考えながら、僕等は神性巣くう都、スクリードに向かった。


 因みに、クイーンクゥェは本人の言葉通り寝込みを襲ってくることは無かった。僕は密かにほっと胸を撫で下ろしたが、ほんの少しだけがっかりした。思春期男子の心は難しいのだ。

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