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ブックマーク等ありがとうございます。

 お風呂に言ったサクヤを見送り、僕は盛大に溜め息を吐く。


「相変わらずのにぶちんですね、サクヤ様は」


「いや、僕も悪い。僕がこんな喋り方なのがいけないんだ……」


 言って、テーブルの上に突っ伏す。


 そう、僕が女の子(・・・)なのにこんな喋り方なのがいけないんだ。


「サクヤは悪くない。僕が悪いんだ……」


 男兄弟の中にいて、一人称が僕になってしまったし、喋り方だって乱暴だ。僕が誤解されるような言動をするからいけないんだ。


 まあ、僕の一人称だけで僕を男だと思い込むサクヤも鈍いと言えば鈍いのだけれど、否定しなかった僕も悪い。


「いっそのこと、全て話してみては?」


「それはダメだ!」


 がばりと起き上がり、勢い良く否定する。


「なぜです?」


「……僕が女の子だって分かったら、サクヤは今みたいに接してくれないかもしれない」


 僕も、自分が女の子であるとばらせばいいと思った事はある。けれど、今の距離感が心地良いと思っているのも事実なのだ。この距離感を壊すかもしれないとなると、怖くて言い出せない。


「サクヤ様はそれくらいで距離を取るようなお方では無いように思いますが?」


「分かってる! けど、もしも僕への対応が変わったら……今みたいに軽く声をかけてもらえないかもしれない。それに、気を遣って触れてくれなくなるかも……」


「リツはサクヤに触ってほしいのか?」


 中途半端に聞いていたのか、ナイアが言う。


「違う! そんな変態じゃない! 僕を女の子だと認識して、僕に気兼ね無く触れてくれなくなるのが嫌なだけだ! 別に常に触れていて欲しいとかじゃない!」


「リツ様、誰も常にとは言っていません。おそらく、願望の部分がダダもれかと」


「ーーっ!!」


 言わなくて良いことを言ってしまい、羞恥で顔が赤くなる。


「そっか、リツはサクヤとくっついていたいんだな」


「あ、合ってるが、そういう意味合いじゃない!」


「ん? どういうことだ?」


「わからないなら良いんだ! 深く考えるな! ほら、ケーキでも食べていろ!」


 ナイアが余計なことを言わないように、追加のケーキをナイアの前に置く。


「おお! ありがとうだ!」


 ナイアは両手にフォークを持ってケーキを食べ始める。


 すでにホールを一つたいらげていると思えない食べっぷりだ。ナイアは細っこい身体の割に良く食べる。いったい細っこい身体のどこに入るのかと言うほどだ。


 それにしても、良く食べるのに全然太る気配がまったく無い。誰もが羨むプロポーションがまったく崩れない。僕なんて、胸と背が小さいことが悩みなのに……。


 そう考えていたからか、少し恨めしそうにナイアを見てしまう。が、彼女の境遇を考えれば、その考えもすぐに消えてなくなる。


「む。リツ、そんなに見てもケーキはあげないぞ? これはナイアさんのケーキだ」


 さっとケーキを隠すように腕で囲むナイア。


 口の周りにクリームをつけながら言うナイアに、つい頬が緩んでしまう。


「別に取りはしない。気にせず食べろ」


「む、そうか」


 僕がそう言えば、ナイアは素直にケーキを食べる。


 が、フォークに刺したケーキを口に運んだところで一度ぴたりと止まると、なにを思ったのか、ナイアはフォークをこちらに寄越してきた。


「どうした? 虫でもついてたか?」


「ううん。虫なら食べられる。ついてても関係無い」


「ばっちいから止めなさい……」


 ナイアの言葉に呆れながら返す。


 この子には常識というものが欠如している。虫を食べない。男の子と一緒にお風呂に入らない。等々。


 僕とサクヤでなんとか教え込んでいるけれど、それを吸収するまでに時間がかかる。見た目にそぐわず、本当に子供のようだ。


 苛立つことも呆れることもあるけれど、彼女の純粋さは見ていて癒される。だから、僕は彼女に優しく言う。


「それで、どうした?」


「リツにも分けてあげようと思った。ほら、食べろ。美味しいぞ」


 そう言って、くいっとフォークをさらにこちらに向けてくるナイア。


 食べるか? ではなく、食べろ。自分が美味しいと思ったものを共有したいから出る言葉。本当に、幼い子供のようだ。


「ああ、わかった」


 そう言い、ナイアが差し出したケーキを食べる。


 僕が食べたのを見たナイアは満足そうに頷くと、自分でケーキを食べはじめた。


「リツ様は、なにかとナイア様には甘いですよね」


「しょうがないだろ、サクヤに頼まれたのだからな」


 僕は、サクヤにナイアのことを頼まれている。


 サクヤ(いわ)く、自分よりもナイアが憶えている相手に任せた方がナイアも安心するからとのことだ。


 確かに、僕もサクヤのことを知ることができるとは言え、記憶を消去されるごとにサクヤとは始めましてになる。僕はサクヤのことを魔導書を読んで事前に知ることができるけれど、ナイアは自分の大好きな臭いという不確定なものにしか頼れない。しかも、記憶を消去されるたびに、ナイアはその大好きな臭いを忘れてしまうのだ。


 自分の大切な人のことを忘れてしまい、自分がしっくりくる臭いという曖昧なものを探さなくてはいけないナイアの心中は、僕には計り知れない。だって、僕はサクヤがどういう人間だか知っているのだから。この世界で誰よりもサクヤを知っているのだから。見つけれられるかどうか、多少の不安はあるけど、見つけることもできない人たちよりもずっとマシだ。


 それに、再会が始めましてになる僕らは、どこかよそよそしくなってしまう。


 僕だって、サクヤとの距離感を知ることができるけれど、それでもその距離感を意識しすぎて表情や言葉が固くなってしまう時がある。


 ナイアはいつも通りに見えるけれど、その心中は分からない。


 サクヤは、そんなナイアを心配して彼女を僕に託した。


 見た目と言動の不一致、そして知る人ぞ知る境遇によって、彼女は疎まれがちだ。彼女に味方は少なく、敵は多い。だからこそ、サクヤは、ナイアが信頼できる誰かを必要としているのだ。


 臭いという不確かな手掛かりを無くした時、彼女が頼るべき寄る辺があるように。


「まったく、本当に難儀だな……」


「この世界の現状で難儀でないことなど無いかと」


「嫌な話だ。本当に、厄介なことに巻き込まれたと思うよ」


「私も、厄介な時に起こされたと思いましたよ」


「仕方が無いだろう? お前達は僕の大事な戦力なんだから」


「あなた様が戦うには、エイボンの書一つあれば済むことでは?」


「済むか。僕の戦いは直接戦闘だけじゃない。必要なのは有能な駒と手数だ」


「はぁ。魔導書使いの荒いご主人です。遠方に飛ばされた姉妹達がかわいそうでなりません」


 よよよとわざとらしくハンカチで涙を拭う仕種をするトレース。


「本音は?」


「私じゃなくて良かったです本当に」


「お前は、本当に……」


 我が魔導書ながらなんて薄情な奴だ。他の姉妹がかわいそうだとは思わないのか? まあ、こき使ってるのは僕だけど。


 じとっと湿度のこもった視線を向ければ、すすすっと視線を逸らすトレース。


 が、急に耳元に手を当て、こくこくと頷き始める。


「はい、はい。分かりました。リツ様、スクリードを調査中のセプテムより報告です」


「なんだ?」


「はい。実はーーーー」


 トレースが遠方の姉妹から通達された情報を淡々と口にする。


 僕はその報告を聞くと胃がぎゅうっと圧縮されたように痛みだした。


 背筋と額を濡らす脂汗の不快感を感じながら、真剣な声音でトレースにたずねる。


「トレース、その話は本当なのか?」


「はい。セプテムの調査が正しければ、まず間違いなく本当です」


「……そうか」


 くそっ、厄介な……。


 最初に手を打つべきと決めたばかりだが、本当に早々に動かないとまずいことになる……。


「トレース、セプテムには調査の続行と現地待機を伝えろ。相手に覚られぬ程度の調査で良い。それと、クイーンにすぐに旅支度をするように伝えろ。サクヤが近くに居るようなら、すぐに僕の執務室に来るようにも伝えろ」


「かしこまりました」


 一礼すると、耳に手を当てて指令を伝えるトレース。


「リツ、どうした?」


 話を聞いていなかったナイアがきょとんと小首を傾げる。


「ナイア、後からまた話すが、一つだけ確かなことを教えてやろう」


「ん?」


「しばらくケーキはお預けになりそうだ」


 僕がそう言った途端、ナイアの眉毛が悲しそうに降りた。



 〇 〇 〇



 お風呂に入っていると、突如としてクイーンクゥェがお風呂に乱入してきて一言。


「サクヤ様。すぐにリツ様の執務室に来て欲しいとのことです」


「うん、まずはノックをしようか」


「さあ、早く。早く湯舟から上がってそのご立派様をお見せーーーー早く湯舟から上がって着替えてください」


「ちょっと気になる単語が聞こえた気がしないでもないけど、とりあえず着替えるから出て行ってくれるかな?」


「手伝います」


「結構です」


 僕がきっぱりと断れば、クイーンクゥェは無表情の中に残念そうな色を浮かべながらお風呂から出て行った。


 音と気配で脱衣所からも出て行ったことを確認すると、僕はようやく湯舟から上がる。


 そして、簡単に布で水気を拭き取ると、すぐに着替える。


 いつあの魔導書(へんたい)が戻って来るかわからないからだ。


 着替え終わり、リツの部屋を後にしようと扉に向かって歩き出した直後、扉が勢い良く開かれる。


 扉を無作法にも勢い良く開けたのは、先程脱衣所どころか部屋から出て行ったクイーンクゥェであった。


 彼女はとてつもなく大きなリュックサックを背負っていた。


 僕が彼女の背にあるリュックについてたずねる前に、彼女がアクションを起こした。


「ちっ……」


「えぇ、態度悪……」


 僕を見るなりいきなり舌打ちをするクイーンクゥェ。いったいなにが彼女の怒りに触れてしまったのか。僕にはまったくもってわからない。


「……なんで服着てるんですか」


 僕にはまったくもってわからない。


「せっかくリツ様に頼まれたことを急いで済ませて来たのに。私が急いだ意味が無いじゃないですか」


「いや、知らないよ」


「はぁ……サクヤ様にはがっかりです」


「僕は君にがっかりだよ……」


 なんなんだこの魔導書は。魔導書と言うからにはもっと理知的だと思っていたのに。もしかしてクイーンクゥェだけ十八禁の情報しか書かれて無いんじゃないだろうか? いや、魔導書なんてある意味十八禁だけれども、そうではなく、クイーンクゥェには情事の事しか書かれていないのではないだろうかと言うことだ。


「君を一回隅々まで読んでみたいよ……」


「それは新手の夜のお誘いですか?」


「そんな気色悪い誘い方しないよ」


 なんだ隅々まで読んでみたいって。どんな誘い文句だ。


「それより、リツに呼ばれてるんだろう? 早く行こう」


「そうですね」


 クイーンクゥェは大きなリュックを背負ったままリツの執務室まで僕を先導する。


 といっても、僕はこの城の構造を知っている。これは、僕が一人で王宮内を歩いていると怪しまれるので、リツの客人であるというていを装うためだ。


 少し歩き、リツの執務室に到着する。


「リツ様、サクヤ様をお連れしました」


「ああ、入ってくれ」


「かしこまりました。サクヤ様、それでは中へ」


「ああ」


 いつもならばクイーンクゥェが扉を開けて中へ促してくれるけれど、今は大きなリュックを背負っているので開けることができない。そのため、僕に開けるように促して来る。


 僕は特に気にすることもなく執務室の扉を開ける。


「来たか」


「呼ばれたからね。それで、どうしたの?」


 執務室に入ると、リツが険しい顔で僕を見る。ナイアはいつも通りの無表情……ではなく、悲しそうに眉を下げながらたくさんのホールケーキを頬張っている。


「ああ、ナイアか」


 僕の視線に気付いたリツが、苦笑いを浮かべる。


「しばらくケーキはお預けになるって言ったら、食い溜めするんだって言ってな」


「ナイアさん、ケーキを食べられなくなるのは嫌なんだ……だからお腹にいっぱい溜めておくんだ……」


「だそうだ」


「あはは……」


 ナイアらしくて思わず笑ってしまう。


 しかし、笑ってばかりもいられない。リツが僕を呼び付けたということは、それ相応の理由があるからだろう。


「それにしても、リツの物言いだと、僕もしばらくは忙しくなるってことなのかな?」


 僕から話を向ければ、リツは表情を引き締めた。


「ああ。早速だが、二人には行ってもらいたい場所がある」


「できれば近場が良いなぁ」


「残念だが遠くだ。場所はアノリス王国王都スクリード。そこで、百を超える神性が確認された」

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