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封印されし邪神の彼女  作者: 井戸正善/ido
第一章:封印されし邪神
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8.迎撃態勢

 嵐のような暴力が聖騎士たちを襲う。

 事務員たちは我先にと逃げ出したが、護衛のために騎士たちが周囲を囲んでいたせいで半数以上は逃げ遅れた。

 ジュノーたちは後方から追い立て、前方へ逃げても待ち構えているのはスクアエ。

 極寒の地獄と化した部隊の中央部分は、踏み込めば凍死の最期が待っている。


「街道から外れて……」


 隊列などもはや何の意味もなさない。

 まず後方から襲われた時点で、遠距離からの支援攻撃を得意とする魔法騎士が突然近接戦闘を強いられた。

 スクアエに凍らされたせいで隊列は分断され、本来前衛を担当するはずの剣騎士も槍騎士もまるで役に立たない。


 そしてその槍騎士たちも……。


「鉄砲が無いと、こうも戦いは楽なのか。戦国……はもう鉄砲があったか。源平の頃の戦いは、こうであったかも知れぬな」

「何をぶつぶつと!」

「昔を懐かしんでいただけだ」


 殺到する騎士たちの勢いは、今や最初より激しい。

 聖女が乗る馬車が氷と化した同僚たちに囲まれたことで一度は動きが鈍った彼らだったが、馬車が吹き飛ばされ、仲間がやられたとあっては復讐と名誉回復のために奮闘せざるを得ない。

 例え相手が、最上位のモンスターよりも強かったとしても。


 シロウの左手が敵の頭を掴み、引き寄せると同時に右手から伸びた刃が首を刈り取る。そのまま、掴んでいた頭を放り捨て、別の敵へと迫った。

 足を踏みつけ、踵に生やした刃で動きを止める。

 悲鳴と共にうずくまった騎士の背中へと、留めの刃が突き刺さる。


 彼が生み出す刃は、見た目は日本刀の刀身によく似ている。

 大帽子で切っ先鋭く、よく見るとうっすらと揺らめく刃紋が美しい。しかし、シロウにとっては全て自分が生み出したものであり、使い捨ての刃に過ぎない。

 それでも切れ味はどんな業物よりも優れている。


「召喚された時には腰のものが無くなって戸惑ったものだが……これも悪くない」


 腰にぶち込んでいた大小も維新のしばらく後に取り上げられそうになり、必死で抵抗したものだが、これはこれで悪くない、とシロウは自分の変節ぶりに苦笑しながら、また一人の騎士を殴り倒す。

 と、同時に背中に熱い衝撃が奔った。


「……俺としたことが、昔を思い出して油断するとは。日本にいた頃だったら、これで死んでいたな」

「な、な……」


 背後からシロウの心身体を串刺しにした槍騎士は、相手が涼しい顔をして振り向いたことに絶句した。

 シロウが槍を引き抜くと、傷が見る見るうちにふさがっていく。

 その光景は、周りにいた騎士たちにも衝撃を与えた。


「べっ! 痛みには慣れぬが、何より死ねぬというのが、どうもな……」


 寿命で死ぬまで戦い続けることを宿命づけられたようで、この世界にきてから目覚めたこの特性に対して、シロウは手放しで喜べなかった。

 御一新の前後に命を落としていった者たちを間近で見て来た彼にとって、同僚たちとのあの世での再会が際限なく先延ばしされてしまったようで、おいていかれてしまったようで、なんとも切ない。


「シロウ!」

「ディエナか」

「情報は仕入れたわ♪」

「だが、馬車を吹き飛ばすのはやりすぎだ」

「あれはわたしじゃない! 詳しいことは後で。今は思う存分暴れて。……それだけのことを、教団はしていたのだから」

「では……」


 教団が組織ぐるみでシロウを嵌めたことを確認できたのか、という意味でシロウは駆け付けたディエナに向けて目を細めた。

 応えるように、ディエナが頷く。


「彼女の……マリィの記録がテーゲンにあるかも。彼女の遺体と一緒に」

「テーゲン支部か。先日話を聞いた場所だな」


 シロウの記憶には無い支部だ。

 彼の死後に開設された支部だろうが、もしかすると亡きマリィのために作られたのかも知れない。

 いずれにせよ、そこに情報があるならば向かわねばならない。


「ディエナ」

「なぁに?」

「魂は充分か?」

「ええ。シロウのお蔭でかなり力は蓄えられた。ここまでに倒した相手も多いし、質も良かったもの」


 微笑むディエナに、シロウも顔を綻ばせた。


「やっと笑ってくれたわね」

「ん、そうか?」

「そうよ。ずっと眉間にしわを寄せて、厳しい顔をしていたもの。そんなシロウも格好良いけれど、笑顔も素敵ね」

「褒めても何も出ないぞ」


 二人が語らいながら周囲の騎士たちを次々に殺している間に、近くにいた敵以外はほとんど逃げ散ってしまった。

 逃げた者たちも、半数以上はスクアエに凍らされ、ジュノーたちに喰われてしまったのだが。

 新たな魂がディエナの身体へと導かれ、彼女が自分自身と配下たちを支えるための力へと生まれ変わっていく。


「いよいよ、俺も化物の仲間入り、か。あやかしを退治する噺は聞いたことがあるが、はて、あやかしになる噺はどれほどあったかな。折角ならもう少し都見物をしておけば良かった」

「なんの話?」

「……昔の話だ」


 帰還の選択肢があったことを思いだし、教団のテーゲン支部を訪れた際には改めて調べてみる必要がある、と思いながらも、シロウはディエナの顔を見て迷っていた。

 まっすぐに自分を好いてくれる者を置いて、この世界を捨てて日本に帰るのが果たして良い選択だろうか、と。


 その後、大半の教団員たちがディエナとその配下モンスターに殺され、食われ、命からがら逃げた者たちも、多くが教団から離れて身を隠した。

 近隣の町に逃げ込んだ者がそこにある教会に飛び込んだ為に本部にも状況が伝わることになったものの、逃げた者たちも戦死扱いされたため、教団としては損害率八割という壊 滅的な打撃を受けたことになる。


 世界中に支部があり、まだまだ人員に余力は充分にある。とはいえ、地域で見れば大打撃には変わりない。

 しばらくは教団も人員補充や組織の整理に追われることだろう。

 こうして、邪神復活は教団に知れ渡ることになり、同時にトップを喪ったことで内部でも地位争いが勃発することになった。



 アスカリア教会テーゲン支部。

 建設から八十年以上経つここは、教会支部の中では然程目立たない場所にある。

 それほど大きくない町のはずれに立てられ、メインの礼拝施設へと信者たちが訪れる以外は、特に特徴の無い建物だ。

 町に住む人々はほとんどがアスカリア教徒で、多くの町と同様に周辺の村落に食料生産を頼り、町は職人や商人が主に生活している。


 そして今、この町には密かに“聖女”エイミィが訪れている。

 正確には、逃げ込んできたと言った方が正しいかも知れない。邪神の襲撃を受けて祖父が死亡し、近くの村まで一昼夜歩き続けた。

 そこからろくに休みもとらず馬で移動し、町へとたどり着いてからは馬車に乗り換えた。

 その間、馬車の中で眠り、騎士たちも交代で別の馬車に乗り込んで休息を取りながらの強行軍だった。


 アスカリア教団の聖騎士であれば、夜の街道でもモンスターを心配することは無い。下級のモンスターであれば各地の教会が保管しているモンスター避けの魔道具を使えば寄ってこないし、それが効かない相手でも、数名がいれば撃退は難しくない。

 本部への帰還を進言する聖騎士たちの言葉に、エイミィは耳を貸さなかった。それどころか、護衛の一部を本部へ急ぎの伝令へと振り分けたのだ。


「ザガン様!」

「エイミィ様。よくぞご無事で……」


 碌な睡眠もとれぬままにテーゲン支部へとたどり着いたエイミィを迎えたのは、布教担当の青年ザガン・フロストだった。

 彼は伝令からの連絡を受けて即座にテーゲン行きを決定した。

 同時に受け取った“教長死す”の報に驚きはしたが、彼にとっては出世の機会以外の何でもない。労せずトップがいなくなり、残った孫娘は自分の婚約者。

 ザガンはほどなくアスカリア教団を手にするはずだった。


 しかし、エイミィが語る状況を聞いて、手放しに喜べる状況ではないことを知る。


「では、邪神というのは本物だったわけですか……」

「本物、と言っていいか、どうか」

「いずれにせよ、敢えて貴女の無事を喜ばせていただきます。そして、教長様には祈りを」


 支部の中にある会議室に入り、端正な顔つきのザガンが目を閉じて祈りの姿勢になると、護衛についていた騎士たちもつられるようにして祈った。

 彼らには詳しいことは知らされていないが、それでもザガンが祈りを捧げるのであれば、それに従うのが当然だと考えている。

 ザガンにとっては、内心阿呆らしい習慣だったのだが。


 目の前で応えるように祈っているエイミィをちらりと見て、ザガンはこれからのことを考えていた。

 エイミィは聖女として祭り上げられているだけの傀儡でしかなく、誰かにそうしろと言われて素直に従って生きて来た。

 言われるままに魔法の修行を行い、比類なき才能を認められると、さらに修行を繰り返し、指示されるままに聖女として教団の行事をこなしていく。


 今、その指示を出せる者はザガンしかいない。

 教長死去の報告はエイミィからザガンへと急ぎで送られたものが最初の報であり、彼はそれを教団内で共有せず、自分だけで握りつぶしていた。

 そのため、他の同階級の者たちは状況を知らず、それぞれの任地に残ったままだ。

 もし彼の独占行為が発覚したとしても、不確定な情報を確認もせずに広めるわけがない、と言って一蹴すれば良い。


 後は唯一の問題さえ片付けば、ザガンはこの世界で最高と言って良い地位を手に入れられる。


「それで、このテーゲンを指定されたのは?」

「……ここに聖女マリィ様のご遺体が安置されていますが、同時に遺品も所蔵されています。それを、邪神と勇者……いえ、元勇者というべきか……とにかく、説明します」


 エイミィは護衛の騎士たちを室外に出してから、邪神を名乗る少女ディエナが自分たちを襲撃し、この支部にある書簡を狙っていることを説明した。

 彼女が語っている姿に、ザガンは妙な違和感を覚える。

 今までのような、どこか優等生な雰囲気の整然とした語り方ではない、もっと感情的な部分が見えていた。


「お爺様はここに行くように、そしてここを狙ってくる邪神を迎え撃つようにと言い残しました。その遺言を果たすために、私はここに来たのです」

「では、ここで邪神を迎え撃つ、と?」

「はい。そのための設備がここにはあります。ご存知でしょう?」

「……わかります。ここには邪神を封印したとされる道具の改良品があります。また、魔法騎士が扱うための強力な武器が保管されていることも、私や私と同じ階級の者であれば知っていることです」


 エイミィの言葉を認めながらも、ザガンは内心で舌打ちしていた。彼女はこのテーゲン支部で邪神一行を迎え撃つつもりなのだ。

 ザガンとしては邪神であろうとその配下であろうと、充分な数と質を揃えた魔法騎士と、テーゲン支部に保管されている魔道具があれば勝てないことは無いと考えている。それでも、危険な場所でエイミィが矢面に立つのは好ましくない。

 万が一にもエイミィが死んでしまえば、ザガンの栄達は遠回りしてしまうのだ。


「協力をお願いします。貴方であれば祖父が遺した秘密を託しても問題ないと思ったのですが……」

「ありがとうございます。もちろん、邪神の秘密は一切知らせません」

「ああ、きっとそう言ってくださると思っていました」

「ですが、ここで戦闘を行うとなるのであれば、時間と人手が必要です」


 しばしの考えの後、邪神を向かえ撃つというエイミィの選択をザガンは支持することに決めた。

 ここでエイミィと共に結果を出しておけば、彼女と共にザガンは教団の英雄となる。エイミィの婿となり、次期教長として信徒たちの支持を得るには充分すぎる材料になる。

 そのためには、準備が必要だった。


「エイミィ様はまずはゆっくりお休みください。私が魔法騎士を中心に聖騎士たちを集めておきます。それと念のため、テーゲンの住人は戦闘に参加できない職員に指示させて避難させましょう」

「そうでした。私としたことが、民衆のことを考えないなんて……」

「何をおっしゃるのです。民衆のことを思えばこそ、人々が苦しみを味わう前に邪神を再び封じようとお考えなのでしょう?」


 エイミィの視線が自分に寄せる信頼の色をより濃くしていることを感じ、ザガンは流れが上手く行っていることを確信する。

 邪神の登場は、彼にとって好材料となった。


「問題はありません。人々は激しい戦闘の傷跡を目にするでしょうし、中には家を失うものも出ましょうが……」

「それほどまでに、ここにある魔道具は強力なのですか?」

「邪神をも弱らせるためのものです。邪神を打倒した聖女様の考案によるもので、以前のようにただ邪神に怯えるだけの日が再び訪れぬように、教団が長く研究した成果でもあるのですから」


 それでも「人々が家を失う」という言葉が引っかかっているらしく、エイミィは不安な表情を隠しきれない。

 ザガンは舌打ちしそうになる自分を押さえた。

 強力な相手を倒すのに、たかだか数十棟程度の被害で済むなら天秤はまだ邪神封印の方に傾くのは当然であろうに、その程度のことを気にしていて、攻撃を躊躇うようなことがあっては困るのだ。


「ご心配は無用です。とにかく人々には生き延びていただければ、後は教団で補償することにいたしましょう。避難を呼びかける際にも、そう約束すれば人々も安心して家を空けられますから」

「申し訳ありません。私がもっとしっかりしていれば……」

「これが私の仕事ですよ、エイミィ様。貴女は聖女として人々を守るために戦うことに集中を。そして今はゆっくり眠り、英気を養うのです」


 ホッとした表情を見せたエイミィは、思い出したように睡魔に襲われたらしい。

 長いまつ毛がゆらゆらとして、瞼は今にも閉ざされそうになっている。


「では、何かあればすぐに起こしてください」

「ええ。頼りにしております」


 用意された寝室へと向かったエイミィを見送り、ザガンは護衛の騎士たちにそれぞれ伝令に向かう町を指示した。同時に町の人々の避難も始まる。

 為政者からすれば無茶苦茶な話だが、それでも教会の者たちが町中に散らばってそう言って回れば、ほとんどの人々が戸締りをして重要な家財を抱えて避難する。

 それだけ、教団は人々にとって絶対なのだ。


 こうして、人口数千人のテーゲンの町は一部のお調子者やひねくれ者などを除いてほぼ空になり、教会周辺には多くの聖騎士たちが集まる厳戒態勢が整えられていく。

 邪神を再び封印するために。

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