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封印されし邪神の彼女  作者: 井戸正善/ido
第一章:封印されし邪神
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7.確認された対立

「私たちが忘れてしまった“邪神”……?」

「そういうこと。どういうわけか、あたしは邪神シロウの伴侶で、邪神が消滅した時に封印されたことになっているわね?」

「な、なぜそれを……」


 エイミィは首を傾げていたが、教長であるディアックはディエナの言葉に狼狽している。


「お爺様……?」

「ここに来るまでにいくつかの教会支部を訪ねてみたのだけれど、どうやら偉い人の中ではそういうことになっているみたいね」

「馬鹿な。あれは上位のものだけが知る秘匿情報で……」

「申し訳ないけれど、教会にいた人を少しばかり強めに説得したら、ちゃんと話してくれたわ。嘘を本当だと思い込んでいたけれど」


 ディエナは人差し指を立てて、ディアックの目の前に突き付けた。


「一つだけ、わたしがシロウの伴侶であることを除いてね」

「まだ認められたわけでは……」

「しっ! スクアエは黙ってて!」

「はあ……」


 ここぞとばかりに都合の良い“設定”だけは生かしておこうとするディエナにスクアエは何も言わず、「これが外堀を埋めるってことよね」と言っている主人に対して訂正はしなかった。

 シロウが教団の作った話で邪神に関する部分を特に気にしていなかったからだ。


「わたしが聞きたいのはそこじゃないのよ。真実はわたしにはどうでもいいし、邪神とか呼ばれるのもあんまり好きじゃないけど、もう慣れた。それよりも大事なのは……」


 ディアックに付きつけられていた指が、エイミィへと向く。


「わ、私……?」

「あなたと同じように“聖女”と呼ばれていた女性が過去にいたでしょう? あなたたちの祖先に」

「マリィ様のことですか?」

「そう、そのマリィ・クナートルよ」


 それにしてもそっくりね、とディエナはエイミィの顔を真正面からじっと見据えて、ハッと何かに気付いた。

 細い両手を伸ばしてエイミィの顔を掴むと、真正面からさらに近づいて顔を見る。


「いひゃい……」

「こんなにマリィと似ていたら、シロウがこの子に味方しちゃわないかしら!?」

「待ってくれ! 孫だけは許してくれ! 彼女は何も知らない!」

「ふぅん?」


 あっさりとエイミィを解放したディエナは、今度はディアックの方へと視線を向けた。

 豪奢なローブを来た老人にもどこかマリィと似た雰囲気を感じるのはやはり血縁の成せる業なのだろうか。

 老齢の顔を蒼白にしている彼に、ディエナは何の脅威も感じなかったが。


「時間が無いのだろう? 頼むから、騎士たちは解放してくれんか」

「答えを聞いてから。わたしたちは“勇者”のシロウを裏切ったマリィと、その頃のアスカリア教団が何をやったかを知りたいだけよ」

「勇者? でも勇者はマリィ様で……」

「エイミィ! ……エイミィ、いい子だから耳を塞いでいなさい。今から話すことは、知らぬ方が良い……」


 今までに見たことも無い鬼気迫る形相で怒鳴られ、肩を震わせたエイミィは素直に祖父の指示に従った。

 だが、興味はある。わずかに耳と手の間に隙間を空けてしまったとき、ふとディエナが自分を見てニヤリと笑ったように見えた。

 驚いて瞬きをすると、彼女の視線は祖父の方へと戻っている。


「……わしも、詳しい内容までは知らぬが」

「知っている限りを教えて」

「当時の教団はシロウを危険視したようだ。人類を長きにわたって苦しめてきた邪神と対等に戦える力……それが邪神が封じられたあと、どう扱って良いかわからなかった」

「教団の魔法で異世界から呼び出したのなら、帰って貰えば良かったんじゃないの? 実際、そういう選択肢を提示してたんでしょう?」

「それは……教団の嘘だ」


 苦々しい顔をする祖父に驚いたエイミィを、ディアックは視線で外を見るようにと指示する。

 言われた通りに目を逸らすと、そこにはスクアエの姿があった。

 文献で見た通りのアイシーメイデンの姿。白く輝く冷気を纏ったその姿は、恐ろしくも美しい。

しかし、美貌は厳しい表情でやや歪んでいる。


「教団は召喚の方法こそ古い文献で再現できていたが、シロウを……勇者を帰還させるための術を持っていなかった。しかし、逆にこの世界に残るとなると、邪神と同等の危険が常に教団の側にあるということになる」


 当時からシロウは教団の教義に関しては然程興味が無く、単に“世の人の為になるならば”と協力していたに過ぎない。

 アスカリア教団にとっては、邪神封印という大きな成果を引っ提げていよいよ世界中に布教を本格化させる時期を見据えるとシロウは邪魔な存在だった。


「だから、殺した……」

「その通り。当時の教長が孫であるマリィ様を説得し、特殊な毒を勇者シロウに飲ませることに成功した。その後については詳しく聞いていないが、恐らくは邪神が封印されているよりも討伐したことにすり替えた方が良いと判断した教団上層部によって、毒殺した死体が見られないように、人の目に触れぬところへ密かに埋葬したのだろう」


 だが、教団はシロウがディエナから魂を分け与えられているとは知らなかった。

 完全に死亡したと考えた彼らは、復活する可能性があるディエナを“封印された邪神の伴侶”ということにして監視下に置き、シロウの死体は半ば打ち捨てた格好にした。


「どこまでも身勝手なことを……」

「わしらはその頃に生まれていたわけでない! 責任を問われても、何もできん!」

「誰も責任を取れなんて言ってないじゃない。もう一つだけ教えて。マリィはどうしてシロウを裏切る真似ができたの?」

「そんなことは、誰も知らない……。いや、記録はあるかも知れぬ。聖女様の墓所がこの国のテーゲン支部にある。そこには聖女様の遺品もあるというから、あるいは……」


 ディアックの言葉を聞いたディエナは、スクアエと目を合わせて頷いた。


「聞きたい話は聞けたわ。そろそろあなた達の前衛とシロウとの戦いも睨み合いになっているようだし、これで失礼するわね」

「……墓所を荒らす気か?」

「荒らしたりしない。見たい物を探すだけ。……シロウの人生を弄んだマリィの罪を考えれば、これくらい笑って許すべきじゃない?」


 行きましょ、と言ってディエナが馬車を降りる。

 ようやく耳を押さえていた手を放したエイミィは、憔悴した様子の祖父に恐る恐る声をかけた。


「お爺様、私……」

「エイミィ。その様子だと、聞いてしまったようだな。可哀想に、お前に背負わせる気は無かったのだが……」


 教団の醜聞。恥ずべき情報だが、責任者は知っておかねば、邪神の封印地を守護する意味を語り継ぐことが出来なければ、いずれ邪神が復活するという恐れがあった。

 そしてそれは現実となり、百年前の恥部を掘り起こしてきた。

 しかし、教団も長きにわたる研究で力をつけている。邪神に怯えていた過去とは違うのだ。魔法や魔道具の準備さえできれば、邪神を再び封印することもできるだろう。


「だが……」


 ディアックは孫の顔を見ていた。

 彼自身には大した魔法の才能は無く、早くに無くなってしまったエイミィの母親もそうだった。だが、エイミィは違う。聖女と並ぶか、あるいはそれ以上とも言われる才能がある。

 彼女であれば、邪神封印の為の魔法を操ることも、魔道具を使って邪神を弱らせることも可能だろう。


「お爺様、私に何かできることがあるのですね?」

「エイミィ……いや、これは……」

「やらせてください。これも聖女様の血を引いた者の宿命でしょう。あの女性はまだ……」


 彼女の話が終わる前に、激しい衝撃が馬車を叩いた。


「きゃあっ!?」

「邪神め! わしらを生かして帰さぬつもりか!」


 馬車は馬を引き摺りながら横倒しになり、周囲で凍りついていた騎士たちを粉々に砕きながら街道を外れ、滑っていく。

 その勢いは激しく、横倒しになった馬車がさらに転がる程だった。

 荒野に点在している巨大な岩の一つにぶつかってようやく止まった馬車の中で、エイミィは激しく打ちつけた身体中の痛みに呻いていた。


「エイミィ、逃げよ……!」

「お爺様も……お爺様!?」

「わしはもう無理だ……生きている者と、共に、逃げよ……」


 縋りつくエイミィに、息も絶え絶えのディアックは逃げるように繰り返す。

 破壊された馬車の一部が飛び出し、彼の腹部を完全に貫通していた。


「ち、治癒魔法を……」

「良い……これほどの傷、もう間に合わぬ……」


 治癒魔法も万能ではない。

 エイミィが得意だと言っても、発動までにも発動してから完治するまでにも時間がかかる。ディアックは、自分の身体が最早死の淵で辛うじて持ちこたえているだけであることを知っていた。


「こんなことを託したくは無かったが……エイミィよ、テーゲンへ行くのだ。邪神はいずれそこへ行く。そこで邪神を、再び、封印……」

「お爺様! お爺様!?」


 凄絶な表情のままでこと切れた祖父に縋りつくエイミィだったが、救出に駆け付けた騎士たちによって引きはがされた。

見れば、街道上でモンスターが暴れ回り、聖騎士たちとの戦闘が続いている。


「邪神……」

「エイミィ様、こちらへ!」


 街道から離れる格好で戦場から離脱していくエイミィは、周囲を聖騎士たちに守られながら、彼らの隙間から絶えず戦場を見ていた。

 やがて戦場が離れ、肉眼で見えなくなっても、彼女は何度も振り返った。

 その視線には、聖女の名に似つかわしくない、激しい憎悪がある。 



「ああ、もうっ! 突然やってくれたわね! それも馬車まで巻き込んで!」

「ディエナ様、ご無事ですか?」

「大丈夫! スクアエも平気?」

「も、問題ありません」


 馬車を吹き飛ばし、騎士たちを殺した攻撃はディエナが放ったものでは無い。逆に彼女を狙って撃ち出された魔法だった。

 後方にいた魔法騎士たちの誰かが、あるいは数名が協力して放ったと思しき攻撃魔法は、強烈な熱戦となって馬車を吹き飛ばし、その近くにいたディエナとスクアエに熱風を激しく叩きつけた。


 ディエナは余裕で耐えきったが、氷属性のスクアエは熱に弱い。左腕と足を軽く溶かされてしまっている。

 それでも自らの冷気で修復を始めているあたりは、上位モンスターの一角らしい頑丈さだ。

 周囲で凍り付いていた騎士たちは粉々に打ち砕かれ、熱戦をもろに浴びた騎士の死体は、ごっそりと身体をえぐられて死んでいる。


「シロウは!?」

「無事なようですね。先頭集団とまだ戦っています」

「そう」


 一番気にしていたことを確認したディエナは、視界の端でエイミィが逃げ始めているのを確認しつつも見逃した。

 彼女が外に合図を出した様子は無かった。

 もしかすると教長のディアックが外を見た時に何か合図を送ったのかも知れないが、彼の姿は見えない。


「何を考えていたのか知らないけれど、こうなったら戦闘に入るのも仕方ないわね。スクアエ、合図を出せる?」

「かしこまりました」


 身体の修復をほぼ終えたスクアエは、上空に向けてきらきらと光る氷の弾を打ち上げた。

 それは周囲に迫っていた騎士たちの視線を浴びながら上空十メートルほどまで浮かび上がると、太陽の光を乱反射しながら砕け散った。


「ようやく出番ですわね。今回は留守で終わりかと思いましたわ」

「う、うわあああ!?」

「レディの顔を見てそんな大声で驚かないでくださいな。失礼でしょう?」


 そう言いながら姿を見せたジュノーは、最後尾に陣取っていた魔法騎士たちのさらに背後にいた。

 近くの岩陰に隠れていたのだが、合図を見て地面をカサカサと這ってきたのだ。長く伸びた、ムカデ状の首を使って。

 さらには、ジュノー以外のモンスターたちもいる。


「さあ、皆さん。ディエナ様の許可が出ました。存分に喰らいなさいな。魂はディエナ様へ。血肉はわたくしたちへ」


 立ち上がったジュノーの姿は、長いムカデ首も相まって見上げるほどに高い。

 それを目の当たりにした騎士たちが、次々と魔法を放つが、そのどれもがジュノーに当たる前にかき消される。


「あら、ありがとう」

「……拙僧の役目」

「熱心ですね。感心、感心」


 ジュノーの背後から現れた新たなモンスターに、騎士たちはさらなる混乱へと巻き込まれる。

 それは奇妙な形をしていた。異教の“僧”の格好をし、剃り上げた頭を揺らす人物。それだけであれば普通の人間にしか見えないだろう。

 だが、彼は逆さに浮いている。その腰から毛深い蜘蛛の足が八方に伸びており、もぞもぞと足を動かして騎士に迫ると、僧の頭部が騎士の頭部と逆さに向かい合う。碧眼の両目は、よく見ると複眼になっていたが、それを気にするほど近距離の騎士には余裕が無い。


「く、来るなぁ!」

「修業が足りぬ」


 魔法騎士らしく攻撃魔法を放つが、全て僧のモンスターが作り出した障壁に弾かれてしまった。

 その光景が、周囲の騎士たちに絶望感を与える。

 魔法を使うモンスターとなると、間違いなく最上位の一角なのだ。余程の大軍でなければ相手にはならない。


「次は拙僧から行くぞ。久方ぶりの戦い故、手加減はできぬ。許せよ」

「あらハーバード。手加減なんて、いつもしていないでしょう?」

「している。だから生きたまま喰えるのだ」

「ああ、そういうこと」


 蜘蛛の足先で二、三人をまとめて串刺しにしたモンスターは、ハーバードと呼ばれた。

 種族名は『ウォーカー』だが、彼はスクアエ同様、あまりそれで呼ばれることを好まない。彼にはディエナから与えられた名前がちゃんとある。

 彼はディエナがいくつかの教会支部を潰し、自分の体調がもどった後に復活したモンスターの一人だ。


 防御のための障壁を張る魔法を自在に使い、太く鋭い足で敵を串刺しにしては生きたまま喰らう。

 碧眼の僧は、変わらず涼し気な表情だったが、その頭部がバックリと四つに裂け、中に無数の牙と数本の長い舌が見える。そこが本物の口なのだ。

 ぐしゃぐしゃと乱暴に騎士を喰らっていく彼と、無造作に拾い上げた敵に噛り付くジュノー。


 そしてもう一体、ディエナの力によって復活したモンスターがいる。

 それは戦っている聖騎士たちと同様にフルプレートの鎧を身にまとっている。さが、その大きさは三メートル以上の巨大な身体を誇り、何よりも異様な物を乗り回していた。


「き、騎士!? あれもモンスターなのか?」

「て、手だ! 手に乗って……」


 猛然と聖騎士たちの集団へと突入した騎士モンスターは、巨大な左手にまたがっていた。

 手首から先だけしかないその左手は五本の指すべてに指輪が嵌められ、そこから伸びた鎖は、手の甲部分に乗る騎士の左手にまとめて掴まれている。

 その移動速度は早い。

 がさがさと地面を滑るように這う左手から、聖騎士たちは逃げられない。モンスターが右手に握ったランスによって、次々と突きを受けて頭部を突き潰されていく。


 種族はハンドライダー。

 無口な鎧騎士が本体だが、基本的に何も語らない。何故かディエナは彼の名がレイヴンであると知っているが、他の誰も彼の声を聞いたことは無い。

 彼は人間を喰らうことは無い。魂も欲しない。

 誰のものかわからぬ巨大な左手首を乗り回し、ただただ敵を殺す。


「なんだか懐かしいですわ」

「うむ。心躍る光景である」

「……」


 ディエナのモンスター軍団は、確実に復活しつつあった。

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