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封印されし邪神の彼女  作者: 井戸正善/ido
第一章:封印されし邪神
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6.待ち伏せ

 アスカリア教団の本部は、マリィの遺体が安置されているというテーゲン支部があるサラハ王国内にある。

 テーゲンとは違う、また王都とも違う中規模の都市に教会本部が置かれているのは、国家とは一定の距離を置くという意思の表れであり、逆に言えば王の指示など受ける気は無いという意味もあった。


 本部には各地の支部から定期的に情報が入ってきているが、馬や徒歩が主であり、早くても鳥を使った速度はあっても不安定な情報伝達手段しかないこの世界では、かなり遅れてしまうのは致し方ないことだった。

 モンスターの存在が発覚しても、ほとんどの場合は支部レベルで討伐が完了してしまい、協力な相手でも同国内の支部が協調することで解決できている。


 しかし、その日に届いた報告は本部詰めの者たちに動揺では済まない衝撃を与えた。

 教長と呼ばれる教団の長は当然のこと、布教活動部門のトップである青年のところにも一報が届き、それぞれに頭を抱える状況に陥った。


「ウェロニエ支部が全滅だと……?」

「は。正確な状況はまだ調査中ですが、ウェロニエにいた聖騎士は全滅。職員も多くが殺害された模様です」

「敵は誰だ? まさか国家が歯向かったわけではあるまい」

「敵の正体は不明ですが……職員の中には『邪神が復活した』と言っている者もおります」


 補佐からの報告を聞いていた青年はザガン・フロストという名前で、まだ三十にも満たぬ若年で教団のナンバースリーの地位を手に入れた人物だった。

 教長の下に実務を行うナンバーツーがおり、その下に布教、経理、組織管理、武門にそれぞれの責任者がいるという組織構成になっている。

 何かしらの功績を上げることで特性を示して出世していくのが通例なのだが、魔法の才能や掻き集めた寄付金の額による出世もある。


 ザガンはその両方を駆使して出世してきた男だったが、この世界で平民の次男坊として生まれ、継ぐ物も持たない彼にとって、それが尤も手っ取り早い立身の方法であった。


「邪神?」

「はあ。生き残っていた事務員がそう言っていたようですが、まだ正確なところは確認ができておりません」

「……すぐに行く。部下たちから五十名の人員を急いで掻き集めておいてくれ。それから聖騎士も百名寄越すように連絡を」

「百名、ですか?」


 指示に対して疑問を返してきた部下を、ザガンは厳しい視線で睨みつけた。薄いブルーの髪の下から覗く緑色の瞳は、笑顔であれば涼やかな印象を与えるが、怒気を孕むと心までも見通されているような不安を掻き立てる色合いに変わる。

 部下の方が年上だが、彼は年齢や所属年数などは一切考慮しない。だからこそ信用されている部分もあるが、古参の中には『年上を敬わない、生意気な小僧』と見ている勢力もある。


「わからないか? ウェロニエがをこのまま放置するのは問題外だが、単に布教担当者だけが言っても意味が無い。治安や調査を理由に王国が戦力を送り込んでくるのは目に見えている。その前に、町の教会を封鎖して、王国の兵士どもを追いやるだけの威容を作っておかねばならん」

「ですが、百名規模となると、武官長どのの許可が……」

「周囲からかき集めろ。二十名以下の少数であれば許可はいらん。たった五枚や六枚の依頼書を作るのに何日もかかる程、お前は無能なのか? わかったらさっさと動け」


 叱責されて慌てて出て行った部下に嘆息しつつ、ザガンは手元にあった羊皮紙に向けてウェロニエ、邪神、復活、と書きつけた。

 部下にはピンとこなかったようだが、教団内部でも上位にいる者にはその三つの言葉が頭の中で繋がる。ウェロニエ支部には聖女によって討伐された邪神の妻が封印されている、と上位者にのみ知らされる。


 他にもいくつか秘匿事項はあるが、邪神がシロウという男一人では無かったこと、そしてその邪神に妻がいたことなど、民衆に知れてはパニックになりかねないことが、位階を上げるにつれて知らされるようになる。

 最上位に近い彼はほとんどの情報を持っているはずだが、それでも教長でなければ知らないこともあるかも知れない。


「封印されていた女が邪神となった? あるいは勘違いされたか? しかし……」


 デスクに座ったまま、ペン先を羊皮紙に幾度も押し付ける。

 にじみ出たインクが、いたずらに紙面を汚していく。


「考えてみれば、元からがおかしな話だ。なぜ邪神は滅ぼされたというのに、その伴侶は封印されただけなのか。邪神と共に滅ぶのが自然では無いか」


 邪神など自分とは無関係だと考えていたし、現在でも布教活動や人材の育成で手いっぱいの彼は、ふと改めて思い至る不自然さに首を傾げた。

 邪神の妻が封印されているとして、それが一般の職員には知らされていないことは、情報を守るためということでわからなくは無い。

 聖女に関しても同様に、本部では無く別の場所に奉られている。こちらは敢えて情報を小出しにすることで教団へ向けられる“探り”の目を引き付け、邪神について秘匿することにも使われているが。


「少し、調べておく必要があるかも知れんな。とはいえ、教長に直接あたってもとぼけられるだけだろう、ならば……」


 ザガンが思い浮かべたのは、教長の孫娘であり、組織の中では特別な地位にあるエイミィの存在だ。

 現代の聖女と持て囃される彼女であれば、あるいは祖父や母親から何か聞いているかも知れない。そして、彼女に近づくのはザガンにとっては難しくなかった。

 彼はエイミィの婚約者なのだから。


 しかし、その目論見はすぐに潰えることになる。

 教長直々の命令であるとしてザガンの頭越しに人員が組織され、聖女エイミィを中心としたウェロニエの人々を慰撫するための特別部隊が作られることになった。

 そこにザガンは入り込めていない。人を取られてしまった支部への応援人員を用意するために忙殺されてしまったのだ。

 特に功績の無いエイミィの為に教長が活躍の場を用意したかったが為の措置だろう。ザガンでもこれに表立っては反発できない。


 肩書を利用した矢先に、肩書で行動を制限されてしまったザガンは、仕方なくエイミィへ手紙だけを送り、無事に戻ったら食事を共にしようという約束だけを取り付けた。

 だが、彼は指を咥えて状況を見ているだけではない。


「表向きの情報だけでは駄目だ」


 彼は息のかかった部下を数名、特別部隊に潜り込ませることに成功した。

 現場で何が起きたとしても、全ての情報がザガンの下へと届くはずだ。


 そのはずだったが、部下たちは戻って来なかった。

 それどころか、エイミィと数名の護衛だけを残し、特別部隊は全滅してしまった。


「邪神、か」


 スカルエヴォでも宿に踏み込んだ聖騎士たちがモンスターに殺害されたと言う情報が同時に舞い込んできた。

 少々強いモンスターが出た程度ではないかとも考えていたザガンは、本格的に教団の危機が訪れていることを感じながらも、これを良い機会だと見ていた。

 邪神騒動を終結させれば、教団の権力を握る良い材料になるからだ。



 シロウたちがウェロニエを目指す教団の動きを掴むのは簡単だった。なにせ当の教団が協力者を募りながら宣伝をして回っているのだから。

 どうやら聖女であるエイミィの宣伝を兼ねているようで、町々を巡りながらの移動はかなりゆっくりしたものだ。

 もしザガンが指揮していれば、宣伝などさせずにまっすぐ現地へ向かわせ、そこから噂が広まるように工作しただろう。


 先頭に槍騎士、中央にエイミィや教長と布教や雑用のための職員たち、そしてそれを護衛する剣騎士たちが周りを囲み、後方には魔法騎士たちが追従する。

 三百を越えるかという人員は、国境を越えてウェロニエがる隣国へと入ってから、さらに人数を増す予定だった。


 整然とした隊列を無し、町々を回っていた彼らは今、国境を目指して整備された街道を進んでいる。

 時折通り過ぎる旅人や行商人たちは、彼らを見つけては道を譲る。

 世界最強の騎士団と各界に最大の影響力を持つ教団を敵に回す愚を犯そうという者は、この世界にはそういない。


 そのはずだった。

 フードを目深にかぶり、マントを羽織った一人の男が、街道の中央で立ちふさがっているのを見て、馬に乗ったまま先頭を進んでいた槍騎士は不愉快を通り越して笑みすら浮かべていた。

 この手のお調子者はどこにでもいる。

 自分は周りとは違うと考え、結果も考えずに無謀な相手に歯向かう。若気の至りと言えば簡単だが、命を失ってしまうこともあるのだ。


「どけ。我らはアスカリア教団である」

「知っている」

「わかっているのならば、すぐに道を空けろ。我らは特に戦いを好まぬが、我らが正義の邪魔をしようというのであれば、躊躇いは無い」


 威圧するかのように戦闘の槍騎士たちがそれぞれに握った武器を構え、穂先を男へと向ける。

 それでも、男は動く様子を見せない。

 フードの下から見える口元は、歯をむき出しにして口角を上げているが、笑っているのか、怒りを表しているのか、定かでは無い。


 ただ、声は平坦だ。


「その中にエイミィというのがいるだろう。教団の頭目も。姿を見せよ。話しを聞きに来た」

「何者かもわからぬ奴に、聖女様も教長様もお会いになるはずが無いだろう。悪ふざけもいい加減にしないと、痛い目を見るだけではすまんぞ」

「悪ふざけでは無い。……百年前のことを確かめようと思っただけよ」


 言いながら、男はマントを取りさった。

 広く広がる荒野に待ったマントは、風に流されていく。

 見事に鍛え上げられた肉体。無手ではあるが重厚な迫力を持って悠然と立っている人物は、シロウだった。


 彼は先頭にて先ほどから離している相手を指差す。


「俺はシロウ。それとも、志岐しき士郎しろう禎信さだのぶと名乗った方が良いか?」

「妙な……それは名か? 冗談に付き合っている暇は……」

「冗談では無いと言っている! お前などと話をしていても進まぬ。さっさと頭目に知らせぬか!」


 大喝された騎士は、ビリビリと響く大音声に痺れるような感覚を味わいながらも、その脳裏は自分を虚仮にしているシロウに対して怒りを覚えた。

 誰もが恐れる教団の騎士。その一人である自分を、目の前の男は余人の前で叱り飛ばしたのだ。


「……殺せ」

「はっ?」

「あれは敵だ。聖女様に危害を加える恐れが濃厚である。殺せ!」


 殺到する槍騎士達に対し、シロウは右足を前にした構えを取り、軽く拳を作った両手を前へと突き出して敵を迎えた。


「馬鹿者共め。死に急ぐか」


 接敵。

 こうしてシロウが戦闘集団との戦いに突入すると、中央にいたエイミィや教長である祖父のディアック・クナートルにも音が聞こえてきた。

 重厚な馬車の中で騎士たちに囲まれていたエイミィは、外から聞こえてきた大音声を聞いた。


「お爺様、先ほど男性の声で“シロウ”と……」

「どこかで知恵をつけてきた愚か者の戯言よ。邪神はとうに滅んでいる。時に体制を嫌う者や、組織に歯向かうことを立派だと勘違いしている者が現れるものだ」


 そんな連中の言葉に惑わされないように、とディアックは孫娘に優しく説いた。

 エイミィは「わかりました」と頷き、それでも不安は隠せない。


「戦いになっているようですね……」

「ああ。だが人数は少ないようだし、聖騎士達に任せておけば良い。またすぐに進むだろう。お腹は空いていないかね?」

「ええ、大丈夫です、お爺様」


 自分を気遣う祖父に礼を言ったエイミィは、ちらりと後ろを振り返った。

 馬車の小さな窓からは、前方の集団が慌ただしく動いているのが遠くに見えた。しかし馬車の周りにいる騎士たちが直立不動の状態であることに気付いて、慌てて祖父の方を向く。


「お爺様、騎士たちが……」


 そう言いかけたところで、馬車の扉をノックする音が響いた。


「どうした?」

「お話をしに来たのよ♪」


 鍵がかかっていたはずの扉がべきべきと音を立てて引きはがされたかと思うと、一人の少女がにこりと笑いながら一礼する。


「何者か」

「わたしはレイディエーナ。あなた達が忘れてしまった方の“邪神”よ」


 深い笑みを浮かべるディエナの背後では、モンスター姿に戻ったスクアエが冷気をまき散らしながら立っていた。


「騒がれても困るから、彼女に頼んで馬車の周りにいる騎士さん達には凍って貰ったわ。大人しく素直にお話してくれたら、死ぬ間に融かしてあげる」


 話している間に、氷が砕ける音がした。


「あらあら。お仲間の誰かが、うっかり凍っている騎士さんを倒しちゃったみたい。魂はいただいておくけれど、それはわたしのせいじゃないないわよね?」


 血色を変えたディアックが反対側の扉を開いて外を見ると、砕けた人型を前にして、事務員の一人が青褪めた顔をしていた。

 その周囲には、凍った同僚たちを前にして戸惑う騎士たちの姿も見える。馬車を囲む騎士達が邪魔で、ディアックたちの馬車へと近付けないでいるのだ。


「貴女がエイミィね。ちょっと、こっちのお爺さんの方へ移ってくれる?」

「わかりました……」


 抵抗するのは危険だと判断したエイミィは、ディエナに指示された通りに祖父の隣へと移動する。

 空いたベンチシートへとディエナが腰を下ろし、スクアエは出入り口を塞ぐように立ったままだ。


「それじゃ、お話合いを始めましょうか?」

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