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封印されし邪神の彼女  作者: 井戸正善/ido
第一章:封印されし邪神
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4.語り継がれた邪神

 町の仕立て屋にあれこれと注文を付けたシロウの服は、ディエナが積み上げた金のおかげでたった一日という短時間で仕上がって来た。

 隈が目立つ顔で宿まで納品しに来た職人は、試着したシロウが「良いものだ」と言うと、安心したように脱力している。

 貴族相手ではなく一般民衆の中でもそれなりに裕福な層を相手にしている職人だったようで、急ぎとはいえ手付だけでも大金を積み上げられたことで緊張していたらしい。


 ディエナが約束の残額を支払うと、職人は丁寧に押し頂いてから逃げるように去って行った。

 貴族でも無く、商家という雰囲気でもない一行で、金を潤沢に持っている相手に深入りすることの危険性を知っているからだ。

 職人が去っていくと、シロウは服の着心地を改めて確認する。


「また、大金を使わせてしまったな」

「良いのよ。どうせ教会がため込んでいた分だから」

「やはり、そうか」


 であれば、遠慮なく使っても良かろうとシロウは考えていた。

 少なくとも、殺された分の詫び金として貰ってしまう分にはばちはあたるまい。


「やっぱりその姿が一番ね」

「この世界に来てからの格好だがな。今ではこれが一番しっくりくる」


 ディエナとの戦いのときも同じ格好だった。

 ゆったりとしたズボンで足首周りだけをしっかりと紐で固め、上半身はぴったりとした黒いランニングシャツで、その上から丈の短いジャケットを羽織っている。

 腰にはゆったりとした帯を巻き、水などを入れる袋を下げていた。


 荷物は最小限。

 回復能力もあるので薬などは必要無く、どこででも眠り、すぐに覚醒する必要があったので野営の道具も必要無かった。

 食料は現地調達が基本で、必要があれば背負っていく。


 準備ができたところで宿を引き払った一行は、さらに一日中歩き続けて大きな町へとたどり着いた。

 徒歩と言っても、それぞれが尋常ではない体力の持ち主だ。

 休むことなく、しかもかなりの速度で歩き続けた彼らは、それでも体力が有り余っている。


「あんた、本当に人間?」


 最上位のモンスターに悠々とついてくるシロウに、スクアエが呆れた声で聞いた。

 シロウはしばらく考えてから、「わからん」と断じる。


「こっちに来てから、妙な力が使えるようになったり、傷がすぐに治るようになったりと、化け物じみてきたのは否定できん」

「それに今は、私の魂も分けてあげたからね」

「それもあったな。何より百余年も経って少しも年を取っていない。人は老いて死ぬのが道理よ。道理から外れた奴を、人とは呼ぶまい」


 整備された街道を進む一行は、目的の都市が見えて来たあたりで歩みを緩めた。悪目立ちするのを避けるためだ。

 普通の速度に落としながら、シロウは短い黒髪を撫でつけ、額に涼しい風を受ける。

 そして、大きく息を吐いた。

 疲れからではない。考えごとに迷いがあるからだ。


「逆に考えてみれば、モンスターというのは何者なのか。それぞれがまるで違う姿形をしているかと思えば……」


 シロウの視線が、スクアエやジュノーを見る。


「人と変わらぬ姿に化ける。狐狸の類とも違う。考えは人の理から逸脱しているが……妙に人間よりも情を優先することもある」

「わたしたちは、人間と変わらないよ。見た目と力が違うだけ。人間だって、特別な能力とか魔法が使える人はいるでしょう?」

「うむ……。御一新の際も珍しい面付きの連中が来て驚いたが、いずれ慣れたな」


 日本にいた頃のことを思い出し、シロウは自分を納得させた。


「やめだ、やめだ。言葉が通じるのであれば、あとは敵か味方か。この二択で良い」

「それはそれで乱暴じゃない?」

「分かりやすくて良いだろう」


 雑談を続ける間に、町の真正面へとたどり着く。

 都市スカルエヴォ。

 この国の第二の都市であり、アスカリア教団がこの国で最大の支部を置いていることから、宗教的には首都であるとも言われている。

 高い塀に囲まれてはいるが、不審な人物でなければ出入りに証明などは必要が無い。そういったものを持たない辺境からの巡礼者を受け入れるためだ。


 都市としての人口は二十万程度と言われているが、それ以上に巡礼者や教団の人間の出入りがあるとも言われており、町は活気に溢れている。

 すんなりと門を通った一行は、にぎわう通りへと踏み込んだ。

 所狭しと売り物を並べた商店が並ぶ様子はどこにでもある光景に見えたが、とりわけ教団に関する物品が多いのは宗教都市らしい。


「では、教会へ行くとしよう」

「いきなり?」

「話は早い方が良い」


 わかったよ、とディエナが妙な殺気を放ち始めたことに気づいて、シロウは彼女の頭を押さえて止めた。

 話し合いをするためであって、決して襲撃ではない。


「言葉が通じる相手ならば、まずは話す」

「わたしは、言葉を交わす機会も与えられないまま、人間に攻撃されたけれど?」

「悪かった。それについての愚痴は後でいくらでも聞く。今は俺のやりたいようにやらせてくれ」


 教会は町の中央にそびえ立っていた。

 いくつかの尖塔を持った建物は、やや小ぶりな城だと言っても差し支えない重厚で豪奢な雰囲気を醸し出している。

 広く開かれた門と広大な庭園には人々が行き来し、戦闘集団を抱えているという武断的な面は見えず、穏やかで牧歌的な時間が流れていた。


「以前とは随分と変わったな。昔は、教会と言えば飢えた者たちが縋る場所であり、モンスターの被害を訴える民衆や官吏が集まる場所だった。大きくはあっても古ぼけた建物ばかりだったのだがな」


 シロウは教会のバックアップを受けた勇者だったので、モンスターとの戦闘経験を積みながら邪神の本拠地を目指す間、各地の教会に立ち寄り、食料や休息の場を提供してもらっていた。

 その代わり、立ち寄った地域に出没していたモンスターの討伐を請け負っていたのだが、これは訓練も兼ねていたので、シロウとしては一宿一飯の恩を返すために、建物の修理なども請け負った。


 そしてマリィも訪れた人々に無償で治療を施していたことを思い出してしまい、シロウは押し黙ってしまった。

 彼女が当時に何を考えていたのか、今では確たることは言えないが、シロウはあの笑顔が嘘ではないことを信じていたかった。


 庭園を抜け、開放された扉から建物の中に入ると、そこには礼拝のためのスペースが用意されている。

 正面には神の姿を示す肖像や大小の彫像が並べれており、熱心な信徒は伸ばした指を交互に絡ませる独特の方法で祈りを捧げている。

 それはシロウにとっても懐かしい光景だった。


 昔、シロウが召喚された時代では、人々は恐るべきモンスターの姿に怯え、畑を耕すのも命がけという生活を続けていた。

 王都を中心に防衛する国家の軍隊と違い、全国に戦力を持つアスカリア教団は各地の国家から危険視されながらも、積極的に地方のモンスターから人々を守ってきた。

 その姿勢が今も民衆に語り継がれており、今の教団の人気を下支えしている。


 教会の様子を見ていたシロウ達に、一人の女性が近づいてきた。

 地味なローブを羽織っている姿は、アスカリア教団の女性が一般的に身に着けているものだ。


「何かお探しですか?」

「マリィ・クナートルの話が聞きたい」

「まあ、聖女様のお話を。では私で宜しければ、ご案内させていただきます」

「かたじけない」


 女性はこの教会に勤めており、信徒や観光客を相手に案内をする仕事を主に請け負っているという。

 シロウ達は彼女に案内されて礼拝室を抜け、奥にある一つの部屋へと案内された。

 礼拝室の裏手には、表にはあまりいなかった聖騎士たちの姿もある。彼らは一様に鎧を着こんで槍を担いでおり、裏手で訓練でもしていたのだろう様子があった。


「騎士、か」

「はい。彼らは槍騎士ですが、ここには魔法騎士も待機していますよ。強力な聖魔法があれば、モンスターが町を襲っても必ず撃退できます」

「魔法、か」


 部屋へと入り、席を勧めた女性はマリィの話のさわりとして魔法に付いて語った。

 元々は教団が行う特殊な訓練によって、それも一部の者だけが扱えるようになると言われている魔法。

 秘匿されている部分はまだ多いのだが、それでも教団の中ではマリィの尽力によって広まったらしい。


「人々を守る力を、せめて教団の中でももっと多くの者が使えるように、と特に女性たちを中心に魔法の訓練が行われました。それによって、教団は槍や剣を使う騎士たちの他に、魔法騎士という部隊が生まれたのです」


 私も訓練を受けましたが、才能が有りませんでした、と女性は言う。

 彼女は訓練で不適正だと判断されてからは主に事務仕事や対外対応の部署にいるのだという。


「他にも、聖女マリィ様は様々な功績を残されましたが、三十歳を前にしてご病気で亡くなられています。ちなみに今の教団の代表はマリィ様の孫にあたる方で、その孫娘であるエイミィ・クナートル様も、今世の聖女と呼ばれる程に魔法が堪能な方だと……ど、どうかされましたか?」


 女性が怯えた様子で声をかけたのはシロウに対してだった。

 彼はマリィがすでに亡くなっていることについては覚悟していた。彼女がもし生きているとしても、百年の月日が流れ年老いた姿のマリィに真実を話せと言うのも憚られる。

 しかし、子がいることに関しては、想定していなかった。

 恋人どころか身体を重ねたことも無い相手を指して奪われたと感じるのは、シロウ本人も理屈に合わないと頭では分かっていた。


 だが、やりきれなさは拭えない。


「……墓所はどこに?」

「聖女様のご遺体は、隣の国サラハにあるアスカリア教テーゲン支部にある……と聞いておりますが、支部の最奥に安置されていて公開もされていませんよ?」

「いや、それだけわかれば充分だ」


 場所がわかれば良い、とシロウはそれ以上追及しなかった。

 聖女に関する活躍についてもシロウの存在だけがぽっかりと抜け、彼の功績は全てマリィのものへとすり替わっている。

 完全に信じ込んでいるのだろう、女性は教団の伝説を真実として語っていた。


「邪神のことも教えてもらえる?」


 黙り込んでしまったシロウの代わりに、今度はディエナが訪ねる。

 ところが、先ほどまでマリィについて嬉々として語っていた女性は、戸惑ったように声を低くする。


「邪神、ですか……そのことについて、教団ではあまり話題にしないことになっているんです」

「あら、どうして?」

「聖女マリィの指示による、と噂されているんですけれど……邪神は違う世界から現れたといわれています。名はなんだか長い名前だったと思うんですが、確か略称があるんですよ、ええっと……」


 記憶を懸命に掘り起し、ようやく女性が口にした言葉に、ディエナだけでは無くシロウやスクアエ達も言葉が出なかった。


「そうそう、“シロウ”とかいう名前でした。邪神は長く生きていて、時には人間を喰らって……あれ?」


 無言で立ち上がったシロウは、「すまぬが、外の空気を吸ってくる」と言い残し、そのまま部屋を後にした。


「シ……ちょっと待って!」

「ディエナ様!」


 シロウを追って、ディエナが。そしてスクアエも部屋を出て行った。

 取り残され、何が起きたのかわからずぽかんとしている女性に対して、残っていたジュノーが拳ほどの大きさがある袋をテーブルに置く。


「わたくしたちからの寄進ですわ。よろしければ、もう少しお話を聞かせて下さるかしら?」

「はあ、ではありがた……ええっ!?」


 袋の中には大量の金貨が詰まっていた。

 豪商でもこれほどの大金を寄進として積み上げることは稀だ。まして、ただ話を聞くためだけとなれば、例が無い。


「こっそりと邪神の話を聞かせていただきたいので、その為のささやかなお礼ですわ。あとは今お話しがあったテーゲン支部に付いても、お聞かせいただけるかしら?」

「は、わ、わかりました! 知る限り全部お話させていただきます。貴女の、いえ、貴女方の信仰心に祝福がありますよう」


 通り一遍の祈りに、ジュノーは内心笑っていた。

 彼女が信仰しているのは、唯一ディエナの存在だけなのだから。

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